メイウェザーの後継者争いがスタート。本命スペンスの本物度

最新試合でメキシコの強打者バレラをKOしたスペンス(右)PHOTO/PBC

統一チャンピオンは生まれるか?

無敵を誇ったフロイド・メイウェザー(米)がリングに別れを告げ4ヵ月が過ぎた。世界的に注目度が高いウェルター級とスーパーウェルター級で同時に統一王座に君臨したメイウェザーが保持したベルトの一つWBC世界ウェルター級王座の決定戦が現地時間1月23日(日本時間24日)ロサンゼルスで行われる。対戦するのは1階級下のスーパーライト級でWBCとWBAの統一チャンピオンに君臨したダニー・ガルシア(米)とメイウェザーとの対戦歴があるロバート・ゲレロ(米)。予想は2階級制覇をめざすガルシアが最近の試合で精彩を欠くゲレロに大きく勝っている。(前日の賭け率は7-1ほどでガルシア有利)

もう一つのWBA世界ウェルター級王座はすでにベルトを巻いているキース・サーマン(米)が前IBF王者ショーン・ポーター(米)と3月12日、防衛戦を予定している。“急造”の印象がぬぐえないガルシアvsゲレロ戦に比べ、このカードの方が事実上の頂上戦だと見る向きが多い。サーマン(26勝22KO無敗)は次代のスーパースターに昇華するポテンシャルを秘めたボクサー・パンチャー。ポーター(26勝16KO1敗1分)はケル・ブルック(英)に王座を明け渡したものの、最新試合でお騒がせ男ながら天才と畏怖されるエイドリアン・ブローナー(米=現WBA世界スーパーライト級王者)を下し実力を再認識させた。

この2試合は昨年3月船出し、瞬く間に米国リングシーンを席巻した強力代理人アル・ヘイモン代理人が先導するPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)シリーズのイベント。同じPBC傘下の選手がベルトを争うことから今後、勝者同士が統一王座を懸けて対決することも十分予想される。WBC、WBAベルト同時保持となれば、形式上はメイウェザーと同格。ファンファーレが鳴り響き、晴れて王位継承となる。

ただボクシングのマッチメークは水物、予測困難なだけにスムーズに統一王者が誕生するとは保証できない。そもそもIBF王者はブルックだし、もう一つのWBOは王者ティモシー・ブラッドリー(米)vsマニー・パッキアオ(フィリピン)第3戦が4月9日ラスベガスで予定される。メイウェザーという巨星が去り、いや去ったからこそ、ファンの夢、統一チャンピオン誕生は遠のいて行く運命にある。

注目のポーター(左)とサーマンの一騎打ち
注目のポーター(左)とサーマンの一騎打ち

メイウェザーが絶賛する万能選手

それでもメイウェザー本人が自身の後継者として太鼓判を押す男がいる。ロンドン・オリンピック米国代表からプロ入り。19勝16KO無敗の戦績で“ネクスト・メイウェザー”あるいは“ザ・フィーチャー・オブ・ボクシング”と騒がれるエロール・スペンスJr(米=25歳)である。果たして彼は、そのニックネーム“ザ・トゥルース”(真実)どおり本物なのか、それとも?

オリンピック代表選手になったほどだからアマチュア時代のスペンスの実績は特筆ものだ。テキサス州ダラス近郊デソトで育ったサウスポーは全米チャンピオンに3度就いている。ロンドンではベスト8で、銅メダルを獲ったアンドレイ・ザムコボイ(ロシア)に敗れメダルへの道を断たれた。アマチュアレコードは135勝12敗。

そのオリンピックイヤー(2012年)の11月9日、スペンスは他のロンドン組4人といっしょにプロデビューした。無名相手に楽々TKO勝ちしたが、特別注目される存在ではなかった。米国では有望選手にキャリアを積ませて実力を磨かせる。頻繁にリングに上がる中、「これは違うな」と思わせたのがスペンスの戦いぶり。端的に表現すれば「インでもアウトでもよし」、「ボクシングができるし、打ち合いも厭わない」といえるか。同時にプロ選手の重要ポイント、パワーが加味されており、ボディーアタックも執拗に繰り出す。ありきたりの形容だが万能型という言葉がフィットする。

スパーで伝説を創る

スペンスの名が一躍クローズアップされるのは「世紀の一戦」メイウェザーvsパッキアオが終わり、メイウェザーがアンドレ・ベルトとの最終戦(彼がカムバックする噂は絶えないが)へ向かうあたりからだった。といっても話題となったのは、それより2年以上前の出来事。一時の引退状態から復帰したメイウェザーがゲレロとの一戦に備えメイン・スパーリングパートナーに起用したのが左利きのスペンスだった。

当時スペンスはプロで5戦程度消化した新人。「最初サウスポーを一人雇ったんだけど、本当に有益だったのはエロール。私を奮い立たせてくれたし、トップコンディションでリングに立てたのも彼のおかげだ」(メイウェザー)。これだけではただの称賛の言葉に過ぎないが、スパーリングの目撃者から「メイウェザーは目に黒いアザをつくった」という噂が広まった。よくスパーリングの出来事は話半分、マユツバ物といわれる。そしてこんなトピックスが2年余を経て語られるのは不思議だという見方がある。しかし雇用主メイウェザーがムキになって否定しないところから少なくともスペンスは最強ボクサーに重大なダメージングブローを叩き込んだことは事実だと推測される。

メイウェザーをボコった?ことで幕開けた“スペンス伝説”は彼のリトル・ブラザー(弟分)エイドリアン“ザ・プロブレム”ブローナーに飛び火した。これもスパーリングでの出来事だが、なんとスペンスは4階級制覇王者(ブローナー)をノックアウトしたというのだ。ブローナーは24歳の誕生日を迎える前に3階級制覇を達成した天才ボクサーだが、ウェルター級ではマルコス・マイダナ(アルゼンチン)、ポーターに屈し、期待を裏切った。現在やっと1クラス下のスーパーライト級で王者に復帰し、“安住の地”を見つけた気配がある。だが普段、破廉恥な挙動が目立ち“嫌われキャラ”で売る問題児。スパーリングとはいえ、“悪童”を打ち負かしたスペンスの株は急カーブで上昇。もちろん実戦でのスペンスのパフォーマンスも期待に応えるもので、スポーツケーブルESPNなど著名メディアは多くの優秀新人の中から2015年の「プロスペクト・オブ・ジ・イヤー」(新鋭賞)にスペンスを選出している。

ロンドンでは米国を代表して出場
ロンドンでは米国を代表して出場

弟分の座を継承

ネットの映像メディアへの登場も増えたシペンスはそれでも、謙虚な態度を忘れない。メイウェザーに激賞されたことで、リトル・ブラザーのポジションはブローナーから彼へと移行した印象。それに伴い、もしかしたらブローナーが陥った下降線をスペンスもたどるのではないかという心配が一部でささやかれる。正直、現時点ではそれはわからない。ただブローナーが過信や自己陶酔で自滅したような現象にスペンスは無縁であることは確かだろう。練習熱心であることが伝えられ、上記のような伝説があるにもかかわらず、天狗になる様子はうかがえない。

とはいえ、このまま順風満帆、世界王者に就けるとは想像できない。一戦ごとにランキングを上げているが、まだ真の強敵を相手にしていない。たとえ連勝をキープするにしても、きっと正念場の試合、局面が待っているはずだ。そこが“ネクスト・メイウェザー”になれるか、“ネクスト・ブローナー”で終わるかの分れ目になってくる。

ある記者はスペンスの特徴を広いステップワークとセミ・クラウチング・スタイルだという。広いステップは出入りの激しい攻撃、特に左右フックをヒットするのに有効だと解説。また後者は構え(ガード)というよりもポジション取りで効果を発揮すると説明。ボディー攻撃で相手のガードを下げさせ、顔面へフック、アッパーを返すことが容易になり、そこへまたボディーアタックが仕掛けられると分析する。

私も同意したいが、これまで対戦してきた相手はそんな戦法が自由自在に駆使できるレベル。ただサウスポーという利点は今後、強豪との対決でも効力を保ち続けるだろう。

一方でスペンス・ウォッチャーは彼がオーソドックスの選手と対戦した場合、リードブロー(右ジャブ)を放つ時、右足が相手の左足と交錯し、ややバランスを失う場面があると指摘。そこへパンチを食らい、重大なピッチに陥る危険性があると憂慮する。逆にサウスポースタイルが失策につながると気遣う。これも的を得た分析だと思える。

メイウェザーとのジムワークで腕を磨くスペンス
メイウェザーとのジムワークで腕を磨くスペンス

ゴールドではなくダイヤの輝き

冒頭に“本命”と記したが、話を進めて行くと断言できなくなった。だが話題をメイウェザーvsベルト戦前後に戻すと、兄貴“マネー”はキース・サーマンvsエロール・スペンスの実現を強く希望する発言をしていた。スペンスは乗り気だったが、サーマンは徹底して拒否。暗に「ハイ・リスク、ロー・リターン」を嫌う姿勢が感じられた。3月のポーター戦の結果と内容から判断したいが、このメイウェザーが去ったウェルター級ウォーズの究極カードはサーマンvsスペンスだと信じている。お楽しみは少し先でもよさそうだ。

いずれにせよ、サーマンがスペンスに一目置いているのは事実。メイウェザーとのスパーリングで吸収した技巧、駆け引きの妙は計り知れない。メディア関係者の中にはこれまでサーマンが下してきた相手よりもスペンスが対戦してきた選手の方が骨太だと断言するする者もいる。そして今、両者が対決すればスペンスの破壊劇が待っていると。私はその意見にまだ賛同できないが、それだけスペンスの将来が高く買われている証拠に映る。

ロンドン五輪で米国の男子ボクシングチームは屈辱のメダルゼロに終わった。だが今、メディアの論調は「金は発掘できなかったが、ダイヤモンドは発見した」に変わりつつある。輝きを放ち始めた“真実の男”は果たして1年後どこまで到達しているだろう?