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コットvsカネロ。メイウェザー時代を継承する生き残りマッチ

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
メイウェザーをはさんでカネロ(左)とコット。12年5月の会見から

揺るぎないファンベースを持つ両雄

フロイド・メイウェザーvsマニー・パッキアオのスーパーイベントが実現した今年のボクシング界。米国リングで2番目に注目度が高い一戦が成立した。ミゲール・コット(プエルトリコ)vsサウル“カネロ”アルバレス(メキシコ)。コットの持つWBC世界ミドル級王座が争われる試合は、11月21日ラスベガスのマンダレイベイ・リゾート&カジノで開始ゴングが鳴る。

プエルトリコ-メキシコのクラシックなラテンスター対決。プエルトリコ系ファンの絶大な支持を得るコットとメキシコおよびメキシコ系米国人ファンに愛されるカネロ。すでにコットはメイウェザーとパッキアオの軍門に下り、カネロも2年前メイウェザーに屈しているが、それらの敗北が対決ムードに水をさすことはない。両者は単独でもビッグマッチを設立できる人気があり、その2人が相見るのだから、ファンが熱狂しないわけがない。

ただ実現まで少し時間を要した。

まず試合地。ファンベースのニューヨーク、マジソン・スクエア・ガーデン(MSG)あるいはバークレイズ・センター、ラスベガスを希望したコットに対し、カネロはテキサスでの開催を要望。メジャーリーグ、ヒューストン・アストロズの本拠地ミニッツ・メイド・パークで行われた最新のジェームズ・カークランド戦で3万1588人。それ以前、サンアントニオの巨大アリーナ、アストロドームで挙行されたオースティン・トラウト戦で4万人近い観衆を集めたカネロは“味を占めた”に違いない。圧倒的なメキシコ系ファンに後押しされて勝利に近づくプランを描いた。当然、コット側は反論。地盤のニューヨーク開催は成らなかったが、中立地ラスベガスへ引き寄せた。

これはコット側の“勝利”と見ることもできるが、一概にそうとも言えない。カネロはメイウェザー戦をはじめ、ラスベガスでメインを張っており、アリーナ(MGMグランド)を埋めている。距離的にもプエルトリコやニューヨークより“ボクシングの首都”はメキシコやロサンゼルスに近い。ともかく、この対決は7月下旬に内定のニュースが聞かれた。しかし正式発表されたのは8月13日。一時は折衝が難航しているとも伝えられた。それはなぜか?

コットの報酬はカネロの3倍

一つはコットvsカネロであることだ。メキシカンが脇役であることはないが、コットは「主役はあくまで俺だ」と主張する。プエルトリコ人として初めて4階級制覇に成功した昨年のセルヒオ・マルティネス(アルゼンチン。会場はMSG)との一戦では挑戦者にもかかわらず、キャッチは“コットvsマルティネス”。カネロの集客力も相当だが、大都会ニューヨークの著名アリーナを満員にするコットはイベントの収支に最大限に貢献していると力説。ラスベガスのパッキアオ戦、メイウェザー戦などでも多大なサポーターを動員しており、彼の要求は説得力を持つ。

ポスターもコットvsカネロ
ポスターもコットvsカネロ

コットは交渉の最終段階でそのアドバンテージを活用したと推測される。今回ファイトマネーはキャリアハイの3000万ドル(約37億円)。対するカネロは1000万ドル(約12億円)と保証額は3分の1。6月のダニエル・ゲール(豪州)戦から著名ミュージシャンでプロジューサーのジェイZが興した「ロック・ネーション・スポーツ」と3試合の契約を結んだコットは、ビジネスを有利に進めたことは間違いない。ただ2人の間で負けて失うものが多いのはコット。取り分をめぐり、必死の様相が垣間見える。

コットが活躍の舞台にするウェイトクラス周辺ではフェリックス・トリニダードというカリスマ王者がいた。“ティト”の愛称で呼ばれたトリニダードは無類のハードパンチャーだったが、アゴに弱点があり、防衛戦では毎試合のようにノックダウンを喫しながら最後は相手を沈めてしまうスリリングなファイトを売り物にした。同じプエルトカンのコットは試合ぶりも性格もトリニダードに比べてクールな印象を与える。それでも最初に獲得したWBO世界スーパーライト級王者時代にはKO負け寸前の激闘(05年9月のリカルド・トーレス戦=コットの7回KO勝ち)も体験。またメイウェザー戦では一世一代のパフォーマンスを披露。無敵メイウェザーをもっとも苦しめた男の一人にあげられる。

ローチ効果で再生したコット

ボクサーのスタイルをアウトボクサー、ブルファイターと大雑把に区分けすれば、コットは前者に入る。だがコットの強みはオリンピック代表から出世したようにテクニックが優秀な上にインファイトでも対応可能なこと。スピードもパワーも兼備し、プレスも重厚。先輩トリニダードのような派手な場面は少ないが、ボクシングが理詰めで堅実性は高い。

そして米国メディアが指摘する幸運は敗北を喫してもファンがけっしてコットを見捨てなかったことだ。とりわけ12年にメイウェザーとトラウトに連敗した時は人気にかげりが出るのではと思えた。ところがカムバックしたデルビン・ロドリゲス戦、マルティネスとの戴冠戦、ゲールとの防衛戦とアリーナは埋まり、ファンは以前と変わらぬ声援を送っている。

同時に復帰にあたり、フレディ・ローチ・トレーナーを迎えたことがコットに味方している。もちろんスキルやディフェンスの向上、作戦面などで効果があるのだが、最大のメリットはリフレッシュし、精神的に若返ったことではないだろうか。マルティネス戦、ゲール戦のパフォーマンスから新生コットのイメージが湧いてくる。ボクシングの幅が広がった――と言い換えられる。

ローチ氏とトレーニングに励むコット
ローチ氏とトレーニングに励むコット

メキシコのジェームズ・ディーン

「メキシコに怪童出現。その名はサウル・アルバレス。17歳!」といったフレーズで私はカネロを紹介してきた。ボクシング・ビート誌の海外リング・レポートの頁である。もっともカネロがプロ入りしたのは15歳だったから、時はすでに2年ほど経過していた。

私はそのメキシカンらしい試合スタイル、倒し屋ぶりに惚れていたのだが、総合的な目で振り返れば、カネロは人気先行型の若者だった。カネロとはスペイン語で赤毛を意味し、そこから派生してシナモン色。“シナモンボーイ”と呼ばれたこともある。7人兄弟の末っ子で全員がボクサーという家庭環境。長兄のリゴベルト“エスパニョール”アルバレスは石田順裕からWBAスーパーウェルター級王座を獲得した男である。

グアダラハラでカネロを発掘し、スターダムにのし上げた功労者、ホセ、エジソンのレイノソ親子はメキシコでも一目置かれる存在となった。私は彼らと旧知の仲なのだが、カネロの台頭とともに逆に疎遠になってしまった。息子のエジソン(通称エディ)はカネロ・プロモーションを切り盛りし、本来のトレーナー業で多忙の日々。父のホセ(通称チェポ)もカネロ人気の沸騰で、自身もテレビの連ドラに出演するほどに。2人は試合前にテレビが流す前ものシリーズでも頻繁に登場するなど露出度が飛躍的に増えてしまった。だがカネロが試合前にキャンプを自宅近くで行うようになり、昔話に花を咲かせたり、旧交を温めた次第だ。

さて、カネロを自身のプロモーション傘下に加えたオスカー・デラホーヤは“メキシコのジェームズ・ディーン”として売り出す。このキャッチフレーズはイマイチ定着しなかったが、カネロは多くの若い女性をアリーナへ引き寄せた。女性に絶大な人気を誇ったデラホーヤは文字通り自身の後継者としてカネロに社運を託した。ゴールデンボーイ・プロモーションズ(GBP)の下でリングに上がっていた選手の多くがアル・ヘイモンのPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)へ移っても、カネロは忠実にGBPに残留。押しも押されぬエースとしてコット戦を迎える。

オッズは2-1でカネロ

コット(40勝33KO4敗)が敗北を喫するたびに蘇生してキャリアを切り開いたのに対し、カネロ(45勝32KO1敗1分)は唯一の黒星メイウェザー戦は、それほどショッキングな内容ではなかった。試合前から言われていたように高尚なレッスンを施されたと見られる。だが11月の試合でカネロが敗れると、どんな形にせよ、ダメージは甚大だと思える。再建に必要なメンタリティーの厳しさはメイウェザー戦の比ではない。これは下馬評がカネロに傾いている証拠であり、オッズメーカーの賭け率は8月18日現在、2-1でカネロ優位の出ている。

カネロ&デラホーヤの磐石コンビ
カネロ&デラホーヤの磐石コンビ

熾烈なサバイバル戦を制するのは?

前記のようにコットは、この試合を落とすと後がない。これは相当なプレッシャーを与えるはずだ。試合が締結した直後のコメントで「この一戦は他の試合と変わらない。私にはカネロはキャリアの1勝に過ぎない」とコットは平常心を強調したものの、9歳年少のカネロ(25歳)の若さと勢いは脅威と感じているに違いない。彼に批判的なメディアは、もう一人のライバル、ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン。WBA世界ミドル級“スーパー”チャンピオン)からコットは逃げていると報道。もしカネロに勝ってもゴロフキンとは対戦しないだろうと記す。

一方カネロはメイウェザー戦以後の3試合でレベル向上が顕著だと評価される。だが、その水準をキープして行くためにカネロはコットクラスの相手とコンスタントに戦うべきだという意見がある。そうしないと次代を背負う実力が養えないというのだ。「ハイレベルな試合はどれも非常に重要だけど、これは特別だ」とカネロ本人も意気込んでいる。

この対決にはお互い、サバイバルするために相手のビッグネームが必要だという背景がある。全米にPPV放映するHBOは、同じく10月にPPVで中継するゴロフキンvsダビ・レミュー(カナダ)の勝者とのビッグファイトを計画。ミドル級タイトルマッチにもかかわらず、体重設定は同級リミット160ポンドより5ポンドアンダーの155ポンド(70.31キロ)に落ち着くもよう。事実上スーパーウェルター級(リミット154ポンド)タイトルマッチとも揶揄されるが、両者の思惑が合致した結果と映る。

メイウェザー引退後(続行の可能性も大きいが)のリングシーンを占う意味でもカギとなる一戦。ラスベガス開催ながら、ビッグマッチのメッカ、MGMグランドではなく、かつてトリニダードvsデラホーヤ、デラホーヤvsフェルナンド・バルガスなどが挙行されたマンダレイベイが会場に選ばれた。コット、カネロともメイウェザーの城(MGM)で戦うのを強く拒絶したためである。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

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