Yahoo!ニュース

説得力に欠けるベルト抜擢。メイウェザー49連勝の向こうに見えるもの

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
プレゼンに臨んだメイウェザー(左)とベルト

やはりベルトだった・・・

8月6日午後3時、ロサンゼルスのJ.W.マリオット・ホテルで開催された試合のプレゼンテーション。5月のマニー・パッキアオ戦でボクシングの興行収益を大幅に塗り替え、小国の国内総生産を超える巨万の報酬を手にしたフロイド・メイウェザーは声がかれ、明らかに風邪気味だった。もしパッキアオ戦前だったら、コンディション不良を叩かれていたことだろう。だが今回それに言及するメディアは皆無に等しかった。

メイウェザーは公約どおり9月12日、ラスベガスMGMグランド・ガーデン・アリーナのリングに登場する。試合まで1ヵ月あまりの時点で発表された対戦者は一時内定のニュースが流れた元WBC世界ウェルター級王者アンドレ・ベルト(米)。現在WBAウェルター級暫定王座を保持する。WBAは近年、1階級に3人チャンピオンを認定する不可解なシステムを採り、権威の失墜を招いている。ちなみにウェルター級は“スーパー”チャンピオンがメイウェザー、“レギュラー”チャンピオンにキース・サーマン(米)が君臨する。

ガラガラの喉でメイウェザーはベルトを選んだ理由を説明し始めた。「ベルトを選択したのは彼がエキサイティングだからだ。(2日前に発表してから)私は随分、反発を買っている。でもアンドレ・ベルトはフロイド・メイウェザーを限界まで追い込んでくれる。ベルトは攻略しにくい相手で、非常にタフでハングリーだ。ベルトとマニー・パッキアオの違いは、みんながパッキアオに過剰に反応したことだ。それをメディアが煽り立てた。この試合はとても興味深いカードだ。私は自分自身に『誰が常にエキサイティングな試合を提供してくれる?』と問いかけていたんだ」

その答がベルトということらしい。最強ボクサーは続けて言う。「ジュニア・ミドル級(=スーパーウェルター級。メイウェザーはこの階級でもWBCとWBAの“スーパー”王者に君臨する)とウェルター級を見渡すと、ハンドスピードがあるボクサーパンチャーで、どの試合でも100%の力を発揮する選手はアンドレ・ベルトだ」

メイウェザーは「ベルトしかいない」とは強調しなかったが、「もっとも自分の力を引き出してくれる相手、かみ合うタイプ」とベルトを評している。彼が主張するように試合はパッキアオ戦とは正反対の好ファイトが待っているかもしれないが、ベルトが現時点で最高の相手だと認める者はいない。この一戦がテレビ(ショータイム)との6試合パックの最後となるメイウェザーが契約第1戦で快勝したロバート・ゲレロ(米)にベルトは惨敗している。またメイウェザーが最後にKO勝ちしたビクトル・オルティス(米)にベルトはノックダウン応酬の激戦の末、タイトルを明け渡している。試合発表の段階で予想賭け率は80-1と大差でメイウェザー有利に傾く。

「最後に勝った男」も宣戦布告

会見でメイウェザーは「なぜベルトなのか?」という疑問に答えたが、周知を納得させることはできなかった。また今回も有力候補といわれたアミール・カーン(英)に関してステージから降りた最強ボクサーは「ダニー・ガルシア(米=前WBC&WBA世界統一スーパーライト級王者。ウェルター級進出のため王座返上)との再戦に勝たなければいけない。今後、対戦することがあるかもしれないが、今は眼中にない」と語った。「ガルシアにTKO負けした過去を修復せよ」と言いたいのだろうが、ならばいっそのことガルシアを抜擢しても不思議ではなかった。ちなみにカーンは同じトレーナー(バージル・ハンター)に指導されるベルトのジムメート。プライドも相当高いだけに、メイウェザーになりきり、ベルトのスパーリングパートナーを務めることはまずないだろう。

カーンを敬遠し続けるのは2人のスタイルから試合は距離が開く場面が多く、ファンの観戦意欲が刺激されないという回避しがたい理由がある。同時に、もしカーンがペースをつかめば、かなり手ごわい相手に思える。徹底したヒット・アンド・アウェー戦法で逃げ切ってしまう結末も予測される。伝説の元ヘビー級チャンピオン、ロッキー・マルシアノの持つデビュー以来49連勝の記録がかかるメイウェザーにすれば、負けるリスクは極力避けたい。どうしてもカーンを遠ざけることになってしまう。

WBCウェルター級1位カーンのほかに落選したのは、前述のサーマン、ティモシー・ブラッドリー(米=WBO世界ウェルター級王者)、ケル・ブルック(英=IBF世界ウェルター級)の対抗チャンピオンで、メイウェザーとの王座統一戦が期待される相手ばかり。このうちサーマンに関して「彼のことは詳しく知らない。2試合ざっと見た程度。まずはエロール・スペンスとやってからだな」とコメント。スペンスはメイウェザーが称賛するスター候補だが、彼にサーマンを潰させてライバルを一人削ろうと思案しているのかもしれない。ブラッドリーはパッキアオと同じトップランク社傘下で、プロモーターが違うため、これも即対戦はない。ブロックは米国内で知名度が低く、メイウェザーは乗り気ではない。

他方で東欧ブルガリアから驚きのニュース。「メイウェザーに最後の勝った男」、アトランタ五輪フェザー級金メダリスト、セラフィム・トドロフがメイウェザー49戦目の相手に名乗り出たのだ。トドロフは7月26日、地元で12年ぶりにリングに上がり、4回戦でダウンを奪って判定勝ち。戦績を6勝1KO1敗とした。トドロフはアトランタで準決勝でメイウェザーと当たり、ポイント勝ち(スコアは10-9)。試合を優勢に進めたともいわれたメイウェザーは銅メダルに終わった。

実現すれば19年ぶりのリベンジマッチとなるが、メイウェザーとトドロフではプロのキャリアが違い過ぎる。またブルガリア人はすでに46歳になっており、ミスマッチに終わることは明らかだ。トドロフが今回下した相手は彼より20歳も年下で、元金メダリストはそれなりに健在のようだが、当然、話は具体化することなく立ち消えた。

無敵の女子格闘家からオファー

もう一人、対決を希望する選手がいた。UFCで人気沸騰の女子格闘家ロンダ・ラウジーだ。スポーツ・アワードの授賞式などでメイウェザーとラウジーは同席しているはずだが、“マネー”は彼女のことを知らなかったという。破竹の勢いで秒殺劇を続ける彼女の対戦オファーをメイウェザーは一笑に伏した。「あなた方はコメディアンなのか」。これが質問を浴びせたメディアに対する彼の返答だった。

だがラウジーの名前が聞かれたのは、期待されていなかったベルトが抜擢されたことに対するクッション、カモフラージュの意味もあったのではないか?話題を少し逸らすことで、自身に対する反発を少しでもやわらげようとする意図が感じられる。質問したのはメディア側にしても、メイウェザーは当然その話題に振られることを予知していたはずだ。

柔道、北京五輪銅メダリストからUFCでスターになったラウジー
柔道、北京五輪銅メダリストからUFCでスターになったラウジー

主役は俺だ!

ところで、もし数年前に実現していれば5千万ドル(約62億円)程度のイベントに終わっていたと推測されるパッキアオ戦。それをなんと3億ドルから4億ドル(約372億円から496億円)規模に膨らませたのは誰に功績があったのだろう?

「私の利口な、抜け目のない行動がそれを実現させた」と真っ先にメイウェザーは自慢する。一方で彼の後ろ盾、強力代理人アル・ヘイモンの力が大きいという意見がある。間違いなくヘイモン氏の金庫にも莫大な金額が挿入されたであろう。自身のPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)を運営して行く資金源としても「世紀の一戦」は大きく貢献したと思われる。

今回のベルト戦締結にもヘイモン代理人は関与したに違いない。メイウェザーの弁明の歯切れが悪かったことで、2人の間には何かしらの紆余曲折があったはずだ。それでもどちらがコントロールしているかというと私は実権を握っているのはメイウェザーだと思っている。「ボクシング業界で影響力を持つ50人」という特集が毎年、英国のボクシングニュース誌に掲載される。以前はテレビ関係者、プロモーター、代理人やマネジャーが上位を占めていたが、最近トップは現役選手のメイウェザーなのだ。私は、この権威ある英国誌のランキングを信じたい。

次に待っているものは?

さて、勝利を確約されているベルト戦後、メイウェザーはどんなキャリアを送るだろう。もちろん、そのままグローブを吊るすことも予想される。何しろベルトと戦うモチベーションは“49”という数字以外に見当たらないのだから。そのまま家族と悠々自適に暮らして行くことを欲する発言が聞かれる。だが大台の50、マルシアノ超えに執着することは十分に予測可能だ。今回、ベルト戦のプレゼンでも「次で引退する」とは公言しなかった。推測できる彼の去就を列記してみる。

1.来年5月、「シンコ・デ・マヨ」(5月第1週の土曜日)再びMGMグランドに登場。その場合、相手は11月に対戦予定のミゲール・コットvsカネロ・アルバレスの勝者が抜擢される可能性が高い。すでにメイウェザーは2人に勝っているが、50連勝なるかの背景からファンの関心を呼ぶ。

2.以前も半引退状態から復帰したように1,2年のブランクを経て、ビッグマッチ限定でカムバックする。このケース、相手にパッキアオが選ばれることもあるだろう。あるいはサーマンやブルック、スペンスなどがビッグネームに成長し、新旧対決の趣になるかもしれない。ただしその時、年齢を重ねたメイウェザーがどこまで実力をキープしているか疑問だ。

3.まさかロンダ・ラウジーと戦うことはないだろうが、米国ヤフースポーツのケビン・アイオール記者はメイウェザーとUFCのダナ・ホワイト会長との親密さを明かす。デビュー当時メイウェザーは当時無名のホワイト氏に頼まれ、MMA(総合格闘技)のロゴマークを服に縫いつけ、普及に一役買ったのだという。恩を感じているのはホワイト氏で、ボクシングで天文学的な報酬を得たメイウェザーが勝手が違うUFCに参戦するとは信じがたい。ファイトマネーも限界があるだろう。しかしアイオール記者は「彼(メイウェザー)はボクシングが好きだったが、もう成功を収めたから、次の準備ができていると言った」と意味深なコメントを紹介。以前プロレスに出場したことがあるメイウェザーがUFCに身を投じる可能性を暗示する。

3番目は非現実的だろうが、もしそうなった場合、ルールが異なるUFCでメイウェザーといえども勝てる保証はない。むしろ敗北を喫してボクシングで築いた栄光に泥を塗る確率の方が高いかもしれない。「私は1億ドルのビジネスはするが、10万ドルのビジネスはしない」とメイウェザーは断言したらしいが、密かに新たなる挑戦、冒険に執心しているのかもしれない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事