Yahoo!ニュース

「サルー!」(乾杯)。メイウェザーvsパッキアオを巡るメキシカン・ビール戦争

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
世紀の一戦のスポンサーはメキシコ産のテカテ

===テカテvsコロナ===

自宅近くのフリーウェーの出口に2週間ほど前からメイウェザーvsパッキアオ戦の大きな広告がデーンと貼られた。いよいよ決戦間近だなと実感する毎日だ。看板は試合の宣伝には違いないが、スポンサーのビールメーカーが設置したもの。缶ビールのイラストといっしょに“TECATE”のロゴが目立つ。

他のスポーツ同様、ボクシング観戦もビールを一杯やりながらというのが基本的なスタイル。以前アメリカのリングではバドワイザー、クアーズ、ミラーといった米国メーカーがボクシング試合のメイン・スポンサーに名を連ねていた。とりわけ“バド”はボクシング・イベントをサポートする代表的存在だった。だが、ここ数年アメリカでスポンサーに君臨するのはコロナ、テカテのメキシコ・ブランド。ビッグマッチや注目ファイトは必ずと言っていいほど、どちらかのビールがスポンサーについている。

5月2日の「世紀の一戦」は“シンコ・デ・マヨ”(5月5日の意味)というメキシコの戦勝記念日がバックグラウンドにある。メイウェザー、パッキアオともメキシコ人ではないが、不動のビッグネームだけに今回、その背景はあまり関係ない。それでも、これまでパッキアオをバックアップしたテカテとメイウェザーの試合のスポンサーだったコロナがこの絶好の“商機”を逃す手はない。スーパーファイトが締結後、当初2つのブランドは共同でスポンサーに就くと思われたが、実はオフィシャル・スポンサーの座を巡り、激しいバトルを繰り広げていた。

外国資本がバックアップ

メキシコ勢が米国のメーカーを抑えてボクシング界で幅を利かせる理由は何だろう。

最初、メキシコ経済が全体的に隆盛で、その恩恵を享受しているのではと推測したが、今、特筆すべき状況にあるわけでない。ではビール業界が、わが世の春を謳歌しているかというと、これもそこまで至っていない。以前ボクシング・ビート誌でこのテーマを取り上げた時、米国への輸出でこの2つのブランドは確固たる実績を上げていると記した。同時に私はコロナ、テカテとも米国では売り上げが好調だが、本国メキシコではナンバーワン・ブランドではないと書いた。ところが今回もう一度調べてみると、コロナ、テカテともメキシコではトップを争うシェアを占めていることが判明。コロナに至っては同じモデロ・グループが製造するビクトリアと合わせて国内で80%のシェアがあるといわれる。

ではテカテが自国で押されているかというと、どうもそうではないらしい。知り合いの記者にたずねてみると、コロナが売れているのはメキシコの中央部から南部にかけて、北部ではテカテが圧倒的にシェアを占めているという。前記の80%という数字はどうやら地域に偏ったデータらしい。米国カリフォルニアとの国境に同名の町があり、そこに工場の一つを構えることもテカテが北部で強い理由かもしれない。

コロナがモデロ・グループの一つの銘柄であると同様、テカテもクワウテモク-モクテスマ・ビール会社が生産する一ブランドである。メキシコでも最近、地ビールが人気を集めているらしいが、市場に出回っている銘柄は、このどちらかのメーカーで造られていると思って間違いない。そして前者はベルギーのAB-インベブという会社とブラジル人投資家たちに買収されたと報じられた。そして後者もオランダの有名メーカー、ハイネケンに5年前、買収されていた。外国資本が入ったメキシコのビール業界は完全な寡占競争状態に置かれている。

サッカーのヨーロッパ・チャンピオンズ・リーグのスポンサーでもあるハイネケンがパトロンにいることで、テカテが業績を伸ばしたことは想像がつく。そして子会社ハイネケンUSAは米国内のテカテ・ビール輸入総代理店となり、ビジネスを展開。特にヒスパニック系住民の間で愛飲されていると聞く。テレビコマーシャルには銀幕スター、シルベスター・スタローンを起用し、一気に販売攻勢をかけている。

コロナ・ガールがリングに花を添える
コロナ・ガールがリングに花を添える

これに対してコロナも最近までもっとも羽振りがよかったオスカー・デラホーヤのゴールデンボーイ・プロモーションズ、あるいはメイウェザー・プロモーションズ、メキシコで一大勢力になりつつあるプエブロ・プロモーションズと提携し、有名ブランドの意地を見せて対抗。強力代理人アル・ヘイモン率いるPBC(プレミア・ボクシング・チャンピオンズ)シリーズもコロナがスポンサーだ。

しかしコロナ(王冠の意味)は昨年2014年の上半期の売り上げが21〜24%もダウン。それが影響し、足掛け60年にもわたり、メキシコのテレビ・ボクシングを支えた老舗ブランドが突然スポンサーを降りてしまう。業績が悪化したのはブラジル人企業家の経営ミスともいわれるが、理由は定かではない。ソーシャル・メディア上では「ボクシングを裏切るなら、もうコロナは飲まない」などの書き込みもたくさん見られたという。

ビールを買えばPPVが割引きに

寄り道が長くなったが、オフィシャル・スポンサーの座をゲットしたのはテカテだった。ESPNドットコムの報道によれば、テカテは560万ドル(約6億7000万円)を提示し、520万ドル(約6億2000万円)のコロナを上回った。最近の勢いからすると、コロナもかなり健闘したといえる。

別のデータによると、米国でテカテが売り上げを伸ばしているのはカリフォルニア、ネバダ、ニューメキシコ、アリゾナ、テキサスの各州。いずれもメキシコと接しているか近い州でヒスパニック系が多い地域。味は?と問われると個人的にはコロナが断然うまいと思うのだが、テカテはよく“特売セール”をやっていて、それが販売数に直結しているのかもしれない。

最近、町のドラッグストア(薬品のほか日用雑貨、化粧品、酒類、文房具などを売っている店)で見たが、普通サイズのテカテの缶ビール20個入りパックを1つ買うと15ドル、2パック買うと30ドル、3パック買うと50ドル、メイウェザーvsパッキアオのPPV価格から割引きされると表示されていた。もし3パック買うと、90ドルのPPVが40ドルに値引きされる計算になる。1パックの販売価格は20ドル。60ドルの投資で50ドル下がる。これはなかなか上手い商売だと思った。(税金等が加算されるので、数字はアバウト)

こちらはテカテ・ガールに囲まれゴキゲンのパッキアオ
こちらはテカテ・ガールに囲まれゴキゲンのパッキアオ

ビールの前哨戦はパッキアオをサポートするテカテに軍配が上がった。なぜアメリカの著名メーカーが以前から、ボクシングのスポンサーから降りたのかは、正確な答が見つからない。ただ、バドワイザーにしてもクアーズにしても種類が限られる(たとえばオリジナルとライトぐらい)のに対し、メキシコの2大メーカーはテカテ、コロナ以外にもそれぞれ10を超える銘柄を販売しており、消費者に受け入れられている印象がする。テカテの企業努力が金的(スーパーファイトのメインスポンサー)を射止めたと信じたい。

それでは両者の健闘を期待してみんなで「サルー!」。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事