Yahoo!ニュース

賭け率ほど楽ではない和毅の相手エルナンデス

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
暫定王座決定戦でロサス(左)を3-0判定で下したエルナンデス

8-1で和毅有利

今週土曜日11月1日、シカゴのイリノイ州立大学キャンパス内にあるUICパビリオンで行われるWBO世界バンタム級チャンピオン亀田和毅-同暫定王者アレハンドロ“パヤシート”エルナンデス(メキシコ)の一戦が迫ってきた。無敗で世界王者に就いた亀田家三男和毅は鮮やかなKO劇でプンルアン・ソーシンユー(タイ)を沈めた前回の防衛戦に続き、2度目の米国リング登場となる。

米国のブックメーカーが出すオッズ(賭け率)は試合2日前の時点で8-1と大きく和毅に傾いている。メキシカンにはほとんど勝ち目がないような予想だが、果たしてそうなのだろうか?

メキシコでプロデビューした和毅は新人時代、現地でエルナンデスと頻繁にスパーリングを行ったことが判明している。これまで2度世界に挑んでいるように、エルナンデスも当時はプロスペクトの一人だった。関係者の話では両者は見応えあるスパーを披露したという。とはいえ、2人が数年後タイトルをかけて戦うと予想した者は多くなかったはずだ。

“パヤシート”(若いピエロ)のニックネームで呼ばれるエルナンデスが初めて世界戦のリングに立ったのは6年前。アルゼンチンで当時はWBOフライ級王者だったオマール・ナルバエスに挑戦した。しかしフライ級時代16度の防衛を果たし、現在スーパーフライ級でも11度防衛中のナルバエスに大差の判定負け。大晦日に井上尚弥(大橋)の2階級制覇の標的となることが有力なナルバエスの牙城は固かった。翌年スーパーフライ級へ上げ、フィリピンのホープ、マルビン・ソンソナにアタックするも惜しくもドローに終わる。

約1年半のブランクを経てカムバックしたエルナンデスは復帰2戦目で後楽園ホールに登場。元チャンピオン下田昭文(帝拳)に判定負けを喫した。すでにホープと呼ばれた面影はなく、もはや引き立て役、噛ませ犬に甘んじているように感じられた。暫定王者とはいえ、まさか“世界”に君臨するとは予想だにできなかった。

エルナンデスに幸いしたのは周囲が彼を見捨てなかったことだ。復帰後も米国マイアミの有力プロモーター、トゥト・サバラ・ジュニアが引き続き彼をサポート。メキシコでも辣腕マネジャーを父に持つリカルド&オスカルのマルドナド兄弟がバックアップし、暫定王者決定戦が組まれた。正規王者の和毅に対して暫定王者を設ける根拠は乏しかったが、サバラ、マルドナドの政治力が団体(WBO)を動かす。和毅にプンルアン戦の余韻がまだ残る中、WBOに入札を強要し、暫定王者陣営は一気に試合を締結してしまった。

スタイルは小型マルティネス

前後するが、エルナンデスは暫定タイトルを獲得し出世試合となった6月のダニエル・ロサス(メキシコ)との決定戦で一世一代の出来を披露した。試合は第1ラウンドで終わりかけた。先制のノックダウンを奪ったエルナンデスが一気にラッシュ。ロサスは青息吐息でラウンド終了にこぎ着ける。足下がフラつきながらも必死に抵抗するロサスにスイッチヒッター、エルナンデスはこの一戦、ほとんど右構えで対処。突進を止めない相手に左アッパーのカウンター、右オーバーハンドなどを巧打。左ジャブだけでコントロールする場面もあり、燻し銀のテクニシャンぶりを如何なく発揮した。ただ10ラウンドにはロサスの集中打を浴び、ロープを背に危ないシーンがあり、和毅と対戦する場合、果たして防ぎ切れるか不安を抱かせる。

それでも「今まで10敗している」とエルナンデスを見くびると、意外な結末が待っているような予感もする。驚くほどのスピードを持っているわけではなく、一撃で相手を仕留めるパンチャーでもないが、ロサス戦から推測するとジャブとノーモーションで放たれる右オーバーハンド、左カウンターには十分注意を要する。パンチの的確さも見逃せない。ペースを引き寄せると、下げ目のガードから相手を翻弄。そのスタイルは最近までミドル級最強の称号を手にしていた前WBC王者セルヒオ“マラビージャ”マルティネス(アルゼンチン)を想起させる。

そんな相手に圧倒的有利な予想が立つのだから和毅は胸を張れる。だが予想は予想だ。冷静に見て、和毅有利は動かないにしてもオッズはせいぜい3-1か2-1が妥当ではないだろうか。プンルアン戦の胸のすくようなKO劇で本場ファンを魅了した和毅だが、今回はお互いに手の内を知っていることもあり、堅実な戦法の中にも意外性が求められる。エルナンデスも会見で「私たちは以前と比べスタイルもテクニックも向上したから(スパーリングは)参考にならない。私は熟練したボクサーに脱皮したと思う」と“進化”を強調。和毅のスピードを警戒する発言をするものの、「80から90パーセント勝てる可能性がある」と自信を深めている。

冷めた日本のメディア

もともとニックネームの由来がトリッキーな戦法なエルナンデスだけに、揺さぶりをかけたり、相手の長所を消し取るのが巧妙な選手だ。野球なら変化球ピッチャーと分類できる。颯爽と本場デビューを果たし、眩しい未来が待っている和毅にしても一筋縄で行かない相手に映る。和毅の実力に敬意を表しながらも「彼の欠点をよく知っている。試合ではそれを徹底的に突いて対処したい」と不敵な発言。同時にハングリーさも不気味。「2人の娘と妻の将来のために真のチャンピオンを目指す」と誓いメキシコを後にした。

骨のある選手を迎える和毅の防衛戦はフロイド・メイウェザーを筆頭にビッグマッチを手がけるショータイムが全米に放映する。ここで再びインパクトあるパフォーマンスを披露すれば、和毅の人気に火がつくことが予測される。「高品質な日本からの輸入品」(ボクシングシーン・ドットコム)など現地メディアも“サムライ”亀田に熱い視線を送る。

だが一部の日本のメディアは、まるで報道規制でも敷いているようにクールダウン気味だ。亀田ジムの国内活動が停止していることが影響しているのだが、これだけの舞台に登場する和毅にもっとスポットライトを当てても損はないのではないか。少なくとも和毅には何も責任はない。和毅の活躍によって山中慎介や内山高志といった米国ファンに名前が浸透しつつあるチャンピオンの本場進出の道が一気に開拓されることもありうる。デビュー前の報道が過熱気味だったことが滑稽に思えて仕方ない。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事