Yahoo!ニュース

最強ランキングに異変?ミドル級のタイソン、ゴロフキンの魅力

三浦勝夫ボクシング・ビート米国通信員
KO率は現役王者最高。これは昨年のガブリエル・ロサド戦

カザフの倒し屋

記者席のそばで東欧系とおぼしいカップルが前座カードから仲むつまじく試合を観戦していた。お目当てはメインに登場するカザフスタンのパンチャーに違いない。日が暮れて開始されたセミファイナルで、日本でも人気が高いフェザー級王者ノニト・ドネア(フィリピン)が衝撃的なKO劇で王座を去った後、黒地にゴールドの刺繍が入ったガウンを着たミドル級チャンピオンが客席をかき分けてリングに入場する。

ロサンゼルス近郊カーソンのスタブハブ・センターで18日行われたWBA世界ミドル級タイトルマッチは“スーパー”王者ゲンナジー・ゴロフキン(カザフスタン)がマルコ・アントニオ・ルビオ(メキシコ)に2ラウンド1分19秒ノックアウト勝利を収めた。

ルビオ戦で12連続KO防衛、連続KO勝ちを18に伸ばしたゴロフキン(プロ戦績は31勝28KO無敗)が一部ファンの間で注目され始めたのは2年前ぐらいだろうか。「ミドル級にすごい倒し屋がいる。まるで台頭期のマイク・タイソンのようだ」という書き込みがネット上で目立つようになった。すでにWBAベルトは手にしていたゴロフキンだが、ポピュラリティーの点ではまだまだの状態。外見も、いかついタイソンとは対照的に童顔で笑顔を絶やさないナイスガイ風。期待とは裏腹に果たして強豪が集結する激戦区ミドル級でどこまで到達するか図りかねていた。

ゴロフキン(32歳)はこれまで2人の日本人を相手に防衛を果たしている。淵上誠(八王子中屋)と石田順裕(グリーンツダ)で、2人とも3回で撃退された。石田と対戦する前、ゴロフキンのアベル・サンチェス・トレーナーと話したことがある。サンチェス氏は時間をかけた育成法を強調した。「我我はあせっていない。今はじっくり実力を蓄え、知名度を徐々に浸透させている状態。勝負(ビッグファイト)は来年でも再来年でも遅くはない」

以前テリー・ノリス、ヨーリボーイ・カンパス、ミゲール・アンヘル・ゴンサレス(東京三太)らをコーチしたサンチェス氏がロサンゼルス郊外のリゾート地ビッグベアに自身のジムを開いて数年経つ。プロ転向後、ドイツを主戦場にしていたゴロフキンがアメリカ進出を目指して快適なトレーニング場所を探していたところ、偶然サンチェス氏に遭遇。2人は意気投合し、ゴロフキンは以後KOロードを快走する。ルビオ戦に“メキシカン・スタイル”というキャッチがつけられたのも参謀役の同氏がメキシコ系という背景がある。

上々のプレゼンテーション

ゴロフキンの強さの秘密はスタイルの融合にある。ベースはオリンピック(アテネ大会)で銀メダルを獲得したヨーロッパスタイルの上質なテクニック。元来、アグレッシブさが売り物だったゴロフキンはアメリカでのトレーニングで攻撃力に一段と磨きをかけた。そこへメキシカン・テイストが加味され、いっそう好戦的なファイターへと進化を遂げた。特筆したいのはパンチの的確さ。ルビオを沈めた左ロングフックは、ガードを固める相手の隙をつき、額とテンプルの間を強打したもの。無駄打ちがほとんどない、ピンポイント・パンチャーと形容できる。

それにしても日本の感覚からすると、慎重すぎるマッチメークにも思える。以前からビッグネームとの対決がクローズアップされているが、今年、元ミドル級王者フリオ・セサール・チャベス・ジュニア(メキシコ)との一戦が決まりかけた程度。その後、話は具体化していない。もっともルビオと拮抗した勝負を演じたチャベス・ジュニアにすれば、敗退する可能性は大きかったわけで、降りたのは(表向きはプロモートの問題)正解だったのかもしれない。

これまで5度アメリカ東海岸で戦い、うち3回はメッカ、ニューヨークのマジソン・スクエア・ガーデン(MSG)が会場だったゴロフキンは今回初めてウェストコーストのリングに上がった。これは来るべきビッグマッチへの布石とも受け取られる。“メキシカン・スタイル”というネーミングにしても一度流れたチャベス・ジュニアやもう一人の大物カネロ・アルバレスとの対決を踏まえてもプレゼンテーション効果を狙ったとも取れる。結果は上々で、チケットは完売。会場はレコードとなる9、323人の観衆で埋まった。

メイを抜いた評価

もしニューヨークに戻るとなれば、相手はもうミゲール・コット(WBC世界ミドル級王者)しかいないだろう。プエルトリカンのコットはMSGの看板スター。実現すればゴロフキンにとって正真正銘の大一番となる。コットは来年5月、カネロの挑戦を受けることが有力。そこでカネロが勝てば、今度は西海岸あるいはラスベガスでゴロフキンを迎える筋書きが浮上してくる。またブランクに陥っているスーパーミドル級王者アンドレ・ウォード(米)との対決を希望するファンも少なくない。いよいよ“GGG”(トリプル・ジー。ゴロフキンのニックネーム)が中量級の主役へと躍り出てきた。

ここまで来るとやはり現役最強、ミスター・ボクシングの名前をほしいままにするフロイド・メイウェザーとの対決もぜひ見たくなる。すでにファンの関心を煽っているが、ウェルター級がナチュラルウェイトで、スーパー・ウェルター級が上限だと推測されるメイウェザーは「154ポンド(S・ウェルター級リミット)以上ではやれない」と頑として譲らない。

ともあれ、ルビオ戦で評価をアップしたゴロフキンはパウンド・フォー・パウンド・ランキング(最強ランキング)でもメイウェザーに急接近。ある著名米国メディアが実施したアンケートでは、王様メイウェザーを抜いたともいわれる。堅実だが、スリルを欠くメイウェザーに対し、エキサイティングなパワー・パンチャーにファンが傾倒している証拠。多分に願望が含まれているとはいえ、ゴロフキンに次代を託しても損はなさそうだ。冒頭で触れたカップルの満足そうな表情がそれを予感させた。

ボクシング・ビート米国通信員

岩手県奥州市出身。近所にアマチュアの名将、佐々木達彦氏が住んでいたためボクシングの魅力と凄さにハマる。上京後、学生時代から外国人の草サッカーチーム「スペインクラブ」でプレー。81年メキシコへ渡り現地レポートをボクシング・ビートの前身ワールドボクシングへ寄稿。90年代に入り拠点を米国カリフォルニアへ移し、フロイド・メイウェザー、ロイ・ジョーンズなどを取材。メジャーリーグもペドロ・マルティネス、アルバート・プホルスら主にラテン系選手をスポーツ紙向けにインタビュー。好物はカツ丼。愛読書は佐伯泰英氏の現代もの。

三浦勝夫の最近の記事