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黒人の命「は」か「も」か BLM、難しい訳語 少女のメッセージに見る複雑さ

南龍太記者

 白人警官から暴行されて亡くなった黒人男性、ジョージ・フロイドさんの事件からまもなく1カ月、今も米国各地で抗議活動が続いている。抗議デモのスローガン「Black Lives Matter」(ブラック・ライブズ・マター、BLM)の日本語訳をめぐり、「黒人の命大事」とするべきか、「黒人の命大事」と直訳すべきか、あるいはそれら以外か、さまざまな意見が出ている。

 「黒人の命も~」と"too"(~もまた)の意味を付加した記事の一部に対し「『も』は意訳でおかしい」といった読者らの批判が上がった一方、「黒人の命は~」の表現は直訳過ぎて活動の経緯や意味を込めて言い表すには不十分との見方もある。黒人の被差別感情と、対抗的に「(黒人だけでなく)全ての命が大事」(All Lives Matter)と主張する政治的な思惑が複雑に絡み合い、限られた文字数や放送時間で正確に表現するには、問題の根が深過ぎる。うまく落ち着く定訳が見つかったとして、なぜそれが適訳なのか、なぜ「黒人の命は大事だ」という直訳を避ける必要があるのか、読み手は考えるかもしれない。

米国の至る所でBLMの文字を見掛けるようになった=6月22日、ニューヨーク市
米国の至る所でBLMの文字を見掛けるようになった=6月22日、ニューヨーク市

 BLMの歴史や背景については既にあるさまざまな解説記事に譲るとして、ここでは端的な現状認識のため、黒人の少女が掲げたメッセージを紹介する。併せて、BLMの言葉が登場した当初から日本語の記事では「黒人の命は~」と「黒人の命も~」の表現が併用されてきたことや、依然「黒人の命は~」と「黒人の命も~」が混在して定訳がない現状を指摘した。

 混在しているのは、直訳するだけでは伝わらないニュアンスがあるからに他ならない。

 夏目漱石の『吾輩は猫である』は、英訳すると"I Am a Cat"と味気なくなってしまう。BLMがそれと同じとは決して言わないが、外国語の直訳・意訳の難しさという点で、通底する部分がなくもない。

 適訳を追究するのは大切なことだろう。ただ同時に、字面に表れない言外の意味、その言葉が生まれた背景を知ろうとする読み手の姿勢もまた、求められている。

「は」と「も」、ほぼ同数

 富士通子会社「ジー・サーチ」の検索サービスで読める記事のうち、「黒人の命は」と「黒人の命も」でそれぞれ検索してヒットする2012~19年の記事を網羅的に調べたところ、大体同じ本数だった。

 さらに、今回の死亡事件後の5月下旬以降に報じられた全国紙やNHKなどの記事についても、「は」か「も」のどちらが多いか、傾向を調べた。その結果は表の通り、大差なかった。

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 同じ新聞社の中でさえ、「黒人の命は~」としている記事もあれば、また別の記事で「黒人の命も~」とする表現が混在し、必ずしも統一されていないケースが散見された。なお、これらの記事に登場する「黒人の命は~」、「黒人の命も~」のほとんどは、"Black Lives Matter"の和訳の文脈で登場した。

 NHKは

「黒人の命だって、白人など他の人種と同じように大切だ」という訴えがあることを踏まえて、「黒人の命も大切だ」と訳しているが、訳し方にはさまざまな意見がある

出典:6月19日NHK「Black Lives Matterが意味するもの」

として、複数の有識者の見方を伝えている。朝日新聞は「(いちからわかる!)「ブラック・ライブズ・マター」どんな意味?」(6月13日付)といった記事で言葉の背景を説明した。こうしたBLMの和訳や経緯をめぐる参考記事の一覧は末尾に列記した。「黒人は~」と「黒人も~」の使い分け、あるいはそれら以外の言い方をしている理由が解説されている。

黒人の命だけが大事とは言ってない

 それら解説記事の当否を論ずるのが目的ではなく、本稿ではBLMに関する短くまとまったメッセージを紹介する。黒人の少女、Armaniの掲げたボードに書いてある内容だ。

WE SAID → BLACK LIVES MATTER

NEVER SAID → ONLY BLACK LIVES MATTER

WE KNOW → ALL LIVES MATTER

WE JUST NEED YOUR HELP

私たちは言った → 黒人の命は大事

決して言ってない → 黒人の命だけが大事

私たちは知っている → 全ての命が大事

私たちはただあなたの助けが必要

(出典:6月11日Ipswich Local News「投書:黒人の命も大事ということになるまで、全ての命が大事とはならない」"Letter: All lives won’t matter until black lives matter, too")

 母親がフェイスブックで見掛けた投稿をもとにArmaniに内容を伝え、メッセージボードを作ったという。ここに書かれていることは、BLMの現状の一端を示しているはずだ。

(※ 画像は筆者撮影・作成)

~参考記事~

・「NY市警官が反論「黒人の命も大事だが警官の命も大事」」(6月19日ニューズウィーク日本版)

・「「黒人の命も大切」ではなく「黒人の命こそ大切」」(6月4日Japan In-depth)

・「(後藤正文の朝からロック)黒人の命「は」「も」「こそ」」(6月17日付朝日新聞)

・「"Black Lives Matter"どう日本語に訳すかという本質的な問い」(6月19日現代メディア)

・「人種を超えた、世界の問題「Black Lives Matter」 今、起こっていることを解説」(6月10日VOGUE GIRL)

・「『#BlackLivesMatter』企業も黒人差別に抗議、力強いメッセージ続く Netflix「私たちには声を上げる義務がある」」(5月31日ハフポスト日本版)

・「「Black Lives Matter」 とは何を意味するのか?」(6月9日公開Hapa英会話YouTube)

・「6 Reasons 'All Lives Matter' Doesn't Work - in Terms Simple Enough for a Child」(6月8日Parents)

・「Black Lives Matter too」(6月13日The Frederick News Post)

・「Black Lives Matter Is Winning」(6月10日付ニューヨーク・タイムズ)

記者

執筆テーマはAI・ICT、5G-6G(7G & beyond)、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

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