マスクをめぐるトラブル多発 差別や暴力、殺人まで 新型コロナウイルスと人間の闇

(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染拡大を受けて需要が急増しているマスク、その着用をめぐるトラブルが世界各地で後を絶たない。今月にはマスクをしていないために入店を拒否された客の家族が、警備員を銃で殺害する事件が米国で発生。コロナウイルスが元凶となり、人間の内に潜む悪感情が増幅しているように感じられる。

変わるマスク着用の意義

 新型コロナウイルスの感染が広がる以前、欧米には風邪予防などの目的でマスクを着用する習慣がなかった。予防のほか花粉症対策にもマスクを活用していた日本などで見慣れた、道ゆく大勢の人がマスクをしている光景は世界中でありふれたものになった。

誰かがマスクを着けた像。20年4月、ニューヨーク市クイーンズ区フォレストヒルズ
誰かがマスクを着けた像。20年4月、ニューヨーク市クイーンズ区フォレストヒルズ

 分かりやすい変化の例として、マスク着用をめぐるニューヨークの経過をたどる。

 ニューヨーク市で最初の新型コロナウイルスの感染者が確認されたのは3月1日。その前の2月は概して人々の危機意識が低く、混雑する電車内でもマスクをしている人を見つけるのが難しいほどだった。今では遠い昔の話のようだ。

 当時の市の見解は、

"At this time, New Yorkers do not need to:

-Limit travel within the city.

-Wear a face mask if you are healthy.

Face masks are only recommended if directed by a health care provider."

(今のところ健康な場合、外出を控えたり、フェイスマスクをしたりする必要はない。医療機関から指示された場合にのみ、マスクが推奨される。)

とされ、CDC(米疾病対策センター)の指針にならっていた。マスクをすべきタイミングとしては、

After you have been seen by a health care provider, stay home and avoid contact with others until you are well. Wear a face mask if you need to leave your home when sick.

(病気でも外出する必要がある場合、マスクをして。)

だった。

 2月、市の保健当局は学校や家庭に向けて、

Some students may come to school wearing face masks. The CDC does not recommend the use of face masks among healthy individuals.However, they are permitted.

(中には学校にマスクをして来る児童生徒もいる。CDCは健康な人のマスクの着用を推奨していない。しかし着用は認められている。)

と説明し、予防目的などでマスクを着ける人々への理解を求めた。

 また市の別のポスターも、

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(健康状態が良好ならマスクをする必要はない。でも誰かがマスクをしていても心配しないで。さまざまな事情でマスクをする人はいる。尊重してほしい。)

と呼び掛けていた。

 マスク着用に関し、市がこのように慎重になる背景には、ヘイトクライム(憎悪犯罪)に対する警戒感の高まりがあった。2月上旬にマンハッタン南方のチャイナタウンに近い駅構内で、マスクを着けたアジア系の女性が差別的な言葉を浴びせられて殴られたとされる事件が発生。同様にアジア系を標的とした差別的な事件が相次いでおり、市警のヘイトクライム専門チームが目を光らせている。

潮目が変わった春

 3月に非常事態宣言が出された後、感染の急拡大とともに、マスクをする人も増えていった。

 大きな転機は4月2日、感染拡大が止まらない中、ビル・デブラシオ市長が外出時にマスクなどで口を覆うよう全市民に訴えた。マスクに限らず、顔を覆うもの(Face coverings)を用意するよう求め、スカーフやバンダナ、自作の物でもよいとした。

 CDCもその後、健康であってもマスクをするよう方針を転換した。自身の予防目的というより、無症状のために気付いていない感染者らが、マスクをせずにウイルスを広めるのを避けるためと説明した。マスクの作り方まで示している。

マスクの作り方。CDCのサイトより
マスクの作り方。CDCのサイトより

 スマートフォンに市から毎日届くコロナウイルスに関する情報では、

マスクは、症状のない感染者が他人にうつさないための予防的措置です(市から届く情報より抜粋)
マスクは、症状のない感染者が他人にうつさないための予防的措置です(市から届く情報より抜粋)
顔を覆うのはスカーフでもバンダナでも構いません(同上)
顔を覆うのはスカーフでもバンダナでも構いません(同上)

とマスク着用の重要性が繰り返し強調されている。

 ニューヨーク州全体としても、公共の場でのマスクなどの着用が4月18日から義務化された。

NO MASK, NO ENTRYの張り紙
NO MASK, NO ENTRYの張り紙

 最近は、入り口に「マスクしていない方はお断り」(NO MASK, NO ENTRY)といった張り紙をした店が増えており、マスクなしでは買い物や移動さえままならない。

相次ぐ事件

 先述のアジア系女性が殴られたとされる事件は、「マスクをしていないから」という以前に、「アジア系だから」との潜在的な差別意識がはたらいたとも言える。中国をはじめとするアジア人への差別感情が世界で、特にネット社会で高まり、それが時々暴力を伴って実世界に現れてきている。「ニューヨーク市反アジア人クラブ」(NYC Anti-Asian Club)といった団体もSNSで話題となった。

 ただ、こうした人種差別的な問題を抜きにしても、マスクをめぐるいざこざは相次いで起きている。

 4月には米フィラデルフィア州で、マスクをせずにバスに乗り込んだ男性が、警察に引きずり降ろされた。一部始終を収めた映像がネットで拡散し、問題視された。

この動画に対し、

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「正気じゃない」

「マスクをあげれば?」

といったコメントが寄せられていた。

そして最悪の事態は起きた

 そして最悪の事態が起きてしまった。各メディアの報道によると、5月1日、米ミシガン州の小売店「ファミリー・ダラー」の警備員カルヴァン・マリナンさんが後頭部を銃で撃たれて亡くなった。州で義務付けられているマスクをせず店に入ろうとした客を制止して口論となり、いったんは引き返した客が再び夫らと共に店に現れ、カルヴァンさんを殺害したとされる。

世界中でトラブル

 米国だけでない。マスクをめぐる事件は世界中で頻発している。

 中国では2月に、広東省のスーパーで公共の場で義務付けられているマスクの着用を拒否したとして、女性客が逮捕された。4月にはタイのリゾート地プーケットで、やはりマスクをせずに屋外に出ていたために、フランス人が逮捕された。マスクを着用しないことによる逮捕や罰金といった措置が、世界的な潮流となっている。

 同じく4月、ブラジルの店でマスクをしていないことを店員にとがめられた客が激怒して殴り掛かり、止めに入った警備員がもみ合いの末に銃を発砲、流れ弾が首に当たった別の女性店員が死亡した。

 日本でも、量販店の決めた上限を超えてマスクを複数買おうとした客が注意され、逆上して店員に頭突きをして逮捕される事件が起きている。

* * * * *

 マスクは感染から守ってくれる大切なものだが、その1枚をめぐって死傷するような惨事が起こる世界とは一体――。以前のような暮らしを奪ったコロウイルスは、人々の心をも蝕んでいる。

(※特に注記のない写真は筆者撮影)