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新型コロナで遺言さえ書く米在住の一人親 支え合う会、今こそ大切な絆

南龍太記者
(写真:ロイター/アフロ)

 新型コロナウイルスの感染が広がるニューヨーク、頼るべきパートナーがいないシングルマザーにとっては経済的、精神的な負担が人一倍重くのしかかる。海外で移民として暮らしていればなおさらだ。

 夫と死別した女性、最初から一人で産み育てると決めていた女性など、事情は人それぞれだが、「そうした人たちが助け合い励まし合う場をつくりたい」との思いで「ニューヨーク日本人シングルマザーの会」は2004年に発足した。立ち上げたのは、州認定心理療法士の資格を持つ現地在住の青木貴美さん。長くシングルマザーに寄り添う活動を続けてきた。

シングルマザーの会の代表、青木貴美さん。本人提供
シングルマザーの会の代表、青木貴美さん。本人提供

 感染拡大防止の観点から、友人と会うことはおろか、容易に出歩くことさえままならない今こそ、母親たちが孤立感を深めぬよう、つながることが大切さだと訴えている。

(※ビジネスインサイダージャパンの記事を大幅に加筆修正しました)

人それぞれ

 発足17年目を迎えたシングルマザーの会の会員は現在50人ほど(年会費5ドル)。既に帰国したり、子どもが自立したりして退会した人も含めるとのべ100人以上に上る。

 会員のバックグラウンドはさまざまで、円満に離婚したケースもあれば、夫のDVから逃れてきた母親、「行ってらっしゃい」と笑顔で送り出した夫をその日に不慮の事故で亡くした母親、夫と別れたことを子どもに告げられずにいる母親、選択的シングルマザー(Single mother by choice)として妊娠前から自らの意志として一人で産み育てることを決めた母親。「別れ方や子どもとの向き合い方、子の年齢も人それぞれで、抱える悩みはさまざまです」と青木さんは話す。

コロナの影響

 コロナウイルスの感染拡大に伴い緊急事態宣言が3月に出され、会が予定していた花見をしながらの集まりは中止に。4月、オンラインで久しぶりに顔を合わせたメンバーの中には、おそらくコロナウイルスに感染していたが何とかやり過ごした人、

「私が感染して万一命を落としたら子どもはどうやって生きていくのか」

と最悪の事態を想定して遺言を書いた人など、さまざまな心境の変化、実生活の変化が生じていた。

桜を楽しむこともなく4月は過ぎた。筆者撮影
桜を楽しむこともなく4月は過ぎた。筆者撮影

 そうした悩みを独りで溜め込まず、誰かに打ち明けたり、共有するだけで気が楽になる。その辺り、青木さんが参加者の気持ちをうまく引き出し、会が終わった後に少しでもプラスになることがあるようにと心掛けている。

相談できる場がなかった

 青木さんは米国の大学で心理学を学び、ニューヨーク暮らしは30年を超す。シングルマザーの会を立ち上げた2004年の少し前、自身も離婚して子どもと2人きりになった際、同じような境遇の日本人と悩みを共有、相談できる先がなかったのが理由だ。

 「米国人」の母親が集うグループはあったが、「日本語が話せて、日本らしく正月とか季節ごとの楽しみを分かち合えるようなグループが欲しかった。ないなら自分でつくろう」と一念発起した。

 多くのメンバーに当てはまる共通点は、孤独感や胸の奥に持つ自責の念だといい、「入会時には、心に傷を負った状態の方が多いです」と話す。子どものこと、先々の人生について、本当は隣で相談できたはずの頼るべきパートナーがいない。その穴、傷を決して広げぬよう、「ヒーリングの場でありたい。同時にエンパワーメント(勇気づけ)し合える、広く受け止めるお皿のような会でありたい」と青木さんは心掛けている。

会の原点は実家

 青木さんがカウンセラーを志したのは、生い立ちが大きく関係する。実家は広島で質屋を営んでいて、お金に困ったお客さんが頻繁に出入りしていたという。競馬のために妻の指輪を勝手に質に入れた男性や、居留守を使う借金中の親をかばって「お父さんはいません」と見え透いた嘘をついた子どもなど、さまざまな人間模様を見ながら多感な幼少期を過ごし、人生の機微に関心を持つようになった。

 青木さんは、離婚したこと自体は後悔していない。ただ、離婚したばかりの頃は街中などで両親と手をつないで幸せそうな家族を見ると、「うちの子にはもうそういう思いをさせてあげられないんだな」と申し訳なさと寂しさを感じた。

 シングルマザーの会にも、同じような思いに駆られる子育て中のメンバーは少なくないそうだ。

漏れ聞こえるSOS

 年間の入会希望者は5~10人ほどで、先月も入会の問い合わせがあったそうだ。

発足当初は、マンハッタンにある日系スーパーの掲示板にチラシを張り出していた。連絡先や入会方法を記した10枚ほどの紙片は、1カ月もすると全てちぎって持ち帰られていた。ネットが発達した今もスーパーでの掲示を続けており、やはり切り取られるので、月に1回は張り替えている。

スーパーに掲示されているシングルマザーの会の告知。青木さん提供
スーパーに掲示されているシングルマザーの会の告知。青木さん提供

 会を継続する中で、連絡先を把握しながらもなかなか連絡できぬまま、自分一人で踏ん張ろうとする人がいることも分かってきた。悩みを打ち明けたり、助けを求めたりしたいはずの一人親の女性は、潜在的に相当数いるようだ。

独りじゃない

 気持ちを吐き出し、分かち合うことで楽になり、また互いの経験を生かす、そんな力強い結束力や連帯感がシングルマザーの会にはある。

 海外で、移民として暮らす彼女らは頼れる身寄りが少ない分、抱える悩みはより一層深刻な面がある。増え続ける感染者と強まる外出制限、見通せない展望が、問題に拍車をかけている。しかし対面で人と会うのが難しい今こそ、目に見えないさまざまなつながりが新たに生まれやすくもある。

 コロウイルスのせいで平和な日常は奪われたが、つながり合い、絆を確かめ合いながら青木さんは呼び掛けていく。「一人親でも独りじゃありません」。会のドアは常に開いている。

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ニューヨーク日本人シングルマザーの会代表・青木貴美さん。広島県出身。ニューヨーク州認定心理療法士、心理カウンセラー。1986年渡米、ニューヨーク市立大学で心理学専攻、ニューヨーク大学大学院でソーシャルワークの修士課程修了。2004年にニューヨーク日本人シングルマザーの会(Mimozaの会)設立。ニューヨーク市クイーンズ区フォレストヒルズ在住。

https://www.kimiaokitherapy.com

記者

執筆テーマはAI・ICT、5G-6G(7G & beyond)、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

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