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無電柱化、遠い目標 ロンドンや香港は達成率100% ソウル49% 東京は…

南龍太記者
1930年代の電線工事(提供:MeijiShowa.com/アフロ)

 今年、各地に大きな被害をもたらした台風。15号は巨大な鉄塔や多数の電柱をなぎ倒し、千葉県を中心に大規模な停電を引き起こした。地震にも大雪にも弱い電柱は、自然災害で倒壊に見舞われるたびに、地中に埋める「無電柱化」推進の機運が高まってきた。特に、昨年は大阪と名古屋、今年は首都圏で、倒れた電柱による停電などの被害が甚大だったことから、都市部での無電柱化を急ぐべきだとの声が一層強まっている。

 日本の各都市での進捗率は軒並み1ケタ台だが、ロンドンや香港では100%達成。諸外国の先行例から学べることは多い。

 欧州をはじめとする無電柱化の先進地域に比べ、低調な進捗の日本。諸外国の先行例を取り入れながら課題の高コスト体質から脱却するとともに、日本ならではの工夫を付け加えられるかが導入拡大のカギとなりそうだ。

無電柱化の意義

 11月10日は「無電柱化の日」だった。「無電柱化の推進に関する法律」で「国民の間に広く無電柱化の重要性についての理解と関心を深める」のを目的に、2017年から始まった取り組みだ。今年もこの日やその前後に東京や大阪などの各自治体、国土交通省が関連のPRイベントを開いた。大阪市は2018年の台風21号で電柱が倒れて道路をふさいでいる写真などを展示して無電柱化の意義を強調し、東京では小池百合子知事が導入加速を訴えた。

 昨年の台風21号では関西電力と中部電力のエリアで計1600本余りの電柱が折れ、一時約240万世帯で停電が起こった。今年9月に関東で猛威を振るった台風15号でも、2基の鉄塔と約2000本の電柱が折損するなどして千葉県を中心に一時93万世帯余りが停電した。

出典:経済産業省
出典:経済産業省

 電線を地中に埋めれば、台風によって吹き飛ばされたトタンなどが電線に引っ掛かって電柱が倒れるといった事故は防げる。

 無電柱化の主な利点は、そうした「都市防災機能の強化」の他に2つあると、全国で最も先進的な東京都は指摘する。すなわち「歩行空間の確保」と「良好な都市景観の形成」だ。電柱をなくせば、車いすやベビーカーが通りやすくなり、電線によって景観が損なわれるといった不利益を解消できる。

100%の欧州都市、8%の日本

 いいことずくめのような無電柱化の進捗率は、100%を達成しているロンドンやパリといった欧州諸国の都市で軒並み高く、香港やシンガポールも100%となっている。ソウルも49%だ。

出典:国土交通省
出典:国土交通省

 それに比べ、日本の水準は著しく低い。国レベル、自治体レベルで推進計画はあるものの、東京23区で8%、大阪市で6%、名古屋市で5%、他は5%に満たない状況だ。

 国や自治体は無電柱化の有効性を認識していないわけではなく、普及に向けて動いている。2018年は関西、中部両電力エリアでの大規模停電も踏まえ、12月に「防災・減災、国土強靱化のための3か年緊急対策」が閣議決定され、「整備距離について、これまでにない高い目標が掲げられた」(経済産業省)。

 2018~20年度に無電柱化を進める距離は、それまでの1400キロに、「重要インフラ緊急点検」として1000キロを追加して計2400キロとする計画だ。過去最も早かった時期の2倍近い、1年で800キロを整備するペースとなり、意気込みがうかがえる。

 普及を阻む一番のネックは、地中に埋める作業のコストだ。

 従来、日本は主に「電線共同溝」と呼ばれる方式を採用してきた。電気や電話の配線、光ファイバーなどをまとめて納めている「管路」を地中に通す工法だ。地形条件などにもよるが、一般に総工事費は1キロ当たり約5.3億円と見込まれ、同じ距離に電柱によって電線を架すやり方の5倍とも、10倍とも言われる。

 そのため、国土交通省や経産省が連携してコスト低減に知恵を絞っている。具体的に検討が進んでいるのは、埋設方法の変更と、埋設に必要な機器や設備の改良などだ。

 中でも「電線共同溝」から「直接埋設」に切り替えることによる低コスト化が期待されている。直接埋設は、砂などで保護した配線をじかに地中に埋める工法で、ロンドンやパリといった無電柱化の先進都市で多く採用されている。管路を必要としないため、掘削する土や資材が少なくて済む。1キロ当たりの土木工事費を比べた場合、電線共同溝の3.5億円に対し、直接埋設は約8000万円とコストが抑えられるという(コストには、他に電気・通信設備工事にかかる費用、約1.8億円がある)。

 これらの数値は2017年の国交省資料で少し古い上、「直接埋設は日本に導入実績がないことによる試算」とされており留意が必要だが、遅々たる無電柱化の打開策として、直接埋設に対する国や自治体の期待は大きい。18年に板橋区や京都市で行われた直接埋設の実証実験などを踏まえ、検討が本格化する。

 その他にも、電線を浅く埋める「浅層埋設」や、管路のコンパクト化が費用の低減に有効と見込まれる。

 さらに、「海外では専用機材による施工や低強度コンクリートを使用した埋め戻し等により、掘削・埋め戻しの迅速化が図られている」(国交省所管の国土技術政策技術総合研究所)など、応用できる先行事例はまだ多くありそうだ。

配電地上機器に活路

 諸外国に大きく水をあけられ、無電柱化後進国に甘んじている日本だが、一気に挽回する即効薬はない。一方、自然災害はいつまた不意に襲ってくるかも分からない。整備する総延長の目標が見えている以上、コスト低減に取り組みながら無電柱化の道路を地道に延伸していくほかない。

 同時に、無電柱化で使われる「配電地上機器」を有効活用することも一考の余地があるだろう。配電地上機器は、電柱の上方に取り付けられていた「柱上変圧器」(トランス)と同様に機能する変圧設備などが収納されている。

 近年この直方体の箱形の機器にデジタルサイネージ(電子看板)を組み合わせ、商業広告や行政情報を載せるといった実証実験を東京電力やパナソニックが進めている。観光立国を掲げる日本にあっては、訪日外国人向けのガイドや、災害時の多言語による掲示板としての役割も担えるかもしれない。さらに将来的には、普及が進むEV(電気自動車)の急速充電器の機能も加えるといった検討もされている。

 そうして防災や景観向上以外にも利点が見いだせれば、無電柱化の普及を後押しすることになるだろう。

(※ニューズウィーク日本版11月14日掲載記事を一部改変したものです)

記者

執筆テーマはAI・ICT、5G-6G(7G & beyond)、移民・外国人、エネルギー。 未来を探究する学問"未来学"(Futures Studies)の国際NGO世界未来学連盟(WFSF)日本支部創設、現在電気通信大学大学院情報理工学研究科で2050年以降の世界について研究。東京外国語大学ペルシア語学科卒、元共同通信記者。 主著『生成AIの常識』(ソシム)、『エネルギー業界大研究』、『電子部品業界大研究』、『AI・5G・IC業界大研究』(産学社)、訳書『Futures Thinking Playbook』。新潟出身。ryuta373rm[at]yahoo.co.jp

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