岸内閣が集団的自衛権を容認する答弁をしたというのは本当か?

 昨年の11月3日、私は、「内閣法制局の憲法解釈が時代の変遷により変わってきたという事実はあるのか?」と題した論説において、日本国憲法66条2項のいわゆる「文民条項」についての解釈が変更された実例にもとづいて、「だから」集団的自衛権の行使についての憲法解釈も変更して良いのだと主張せんばかりの産経新聞の報道を取り上げ、文民条項の解釈変更は「戦後日本の憲政にとってトリビアルな例外的エピソード」であり、「集団的自衛権の解釈変更は可能であると主張するうえでの説得的な論拠(産経新聞の表現を用いるならば「憲法解釈変更への布石」)にはなりえない」と批判した。その際、その理由の一つとして、集団的自衛権についての日本政府の解釈が「半世紀以上維持されてきた解釈」であるという事実を重視すべきであることも指摘しておいた。

 ところが最近、集団的自衛権についての日本政府の解釈は過去に変更されたことがあるとする主張が少しずつ広まっているようである。そのような主張が正しいとすると、私が「半世紀以上維持されてきた解釈」であると書いたのは間違っていたということになりそうである。しかも、過去の変更を主張する人々は、「だから」安倍首相も解釈を変更して良いのだと主張したいようである。論理的に言って、「過去に変更されことがある」という事実から「将来も変更して良い」ということが直接導かれるわけではないから、過去に変更されたことがあろうがなかろうが「将来変更して良い」かどうかは別途論じる必要があるのであるが、どうやら「過去に変更されたことがある」と主張している人々は、そのことにはお構いなしに、集団的自衛権の行使容認を解釈変更で実現するために、過去に変更されたことがあるという事実を声高に宣伝しようとしているように見える。そこで本稿では、はたしてそのような事実があったのかどうかを、集団的自衛権の解釈変更の可否という問題とは別に、それとして検証してみたい。

集団的自衛権についての政府解釈は過去に変わったことがある?

 集団的自衛権についての日本政府の解釈が過去に変更されたことがあると主張するのは、ここでもまた、産経新聞である。2014年3月1日の産経新聞社説(「主張」)は、つぎのように述べる。

 集団的自衛権の憲法解釈は変更された前例がある。昭和35年3月、岸信介首相が参院予算委員会で「集団的自衛権は、他国に行ってこれを守ることに尽きるものではない。その意味において一切の集団的自衛権を憲法上持たないということは言い過ぎだ」と述べた。これは「保有するが行使できない」という現行の解釈とは異なり、限定的な行使容認だった。その後に憲法解釈の変更が行われたのは明らかだ。

出典:MSN産経ニュース

 産経新聞が、集団的自衛権についての日本政府の憲法解釈が過去に変更されたと主張・報道するのは、これが初めてではない。たとえば、安倍首相が内閣法制局長官に外務省出身の小松一郎氏を任命した翌日、2013年8月9日の同紙社説(「主張」)では、つぎのように述べていた。

政府解釈が確立されたのは鈴木善幸内閣の昭和56(1981)年5月の政府答弁書だ。「わが国は国際法上、集団的自衛権を有するが、わが国を防衛する必要最小限度の範囲を超えるため、憲法上その行使は許されない」とした。法制局はこれ以降、「歴代法制局長官が答弁を積み重ねてきた」「政策のために解釈を変更することは憲法を頂点とする法秩序の維持からも問題がある」と主張してきた。(……)だが、実際は時代により変遷している。33年10月には、林修三法制局長官が岸信介首相と協議し、「日本にも制限された意味での集団的自衛権もある」と、合憲とする統一解釈を決めている。林氏はその2年後、「集団的自衛権を私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」と答弁した。岸首相も同じ時期、「一切の集団的自衛権を憲法上持たないのは言い過ぎ」と述べた。

出典:MSN産経ニュース

 この、8月9日の産経社説については、その頃ツイッターでも批判したことがあるが、林長官や岸首相の国会答弁をかなり恣意的に引用したものと評価せざるをえない。ツイッターでは「産経社説は裏取りをしていないか、したうえで林答弁の意味を理解できなかったか、理解できたがそれを社論に都合よくねじ曲げたかのいずれかであり、いずれにしても驚くべき低レベルであると評価せざるをえない」と厳しい言い方をしてしまったが、今回、それから半年が過ぎ、改めて3月1日の産経社説を読んでみると、岸首相の答弁の引用方法はほんの少し慎重になっていると評価しうるものの、それでもなお、「社論に都合よく」引用し解釈し、少なくとも事実をミスリーディングに紹介していると批判せざるをえないと思う。

林修三法制局長官の答弁について

 まず、昨年8月9日の産経社説の引用する林修三法制局長官答弁を先に検討しよう(ちなみに、衆議院や参議院の法制局ーーいわゆる議院法制局ーーと区別するために、正式名称が「内閣法制局」となるのは1962年からであり、それ以前は単に「法制局」という名称であった)。

 産経社説は、林長官が「集団的自衛権を私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」と答弁したと言う。これが事実だとしたら、かなり驚愕に値する答弁だと言わざるをえないだろう。ちなみに、産経新聞の論説委員で、かつて論説委員長をも務められたことのある中静敬一郎氏のコラム「一筆多論」の2006年10月23日欄にも

昭和35年3月31日の参院外務委員会で、林修三内閣法制局長官は「集団的自衛権を私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」と答弁した(……)。

との記述があることからすると、どうやら、産経新聞の論説委員室では、このような認識が共有されているのかもしれない。ところが、実際に国会会議録で当時の林答弁をきちんと読んでみると、産経新聞による林答弁の紹介は、改竄とまで言うかは兎も角、少なくとも酷く恣意的な引用と紹介だと私は思う(ちなみに、上記のように当時はまだ内閣法制局ではなく法制局であったことや、当該林答弁が披露されたのは参議院の外務委員会ではなく予算委員会であったことは、単なるケアレスミスということで特に目くじらをたてずにおきたい)。

 繰り返すが、8月9日の産経社説は、「林氏はその2年後、『集団的自衛権を私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません』と答弁した」と言う。こう書かれると、常識的には、当時は集団的自衛権合憲論であったのが、その後現在のような違憲論に替わったと理解するのが普通だろう。しかし、長官の答弁は全然違う内容なのである。いわゆる安保国会のさなか、1960(昭和35)年3月31日の参議院予算委員会において、日本社会党の秋山長造議員が執拗に岸内閣を追及するなかで、林長官のくだんの答弁が登場する。ちなみに、集団的自衛権の概念そのものが、実定国際法上、1945年の国連憲章(51条)で初めて登場した新しいものであったため、学説においても、集団的自衛権の定義にはさまざまなものが依然存在しているということが、当時の人々の共通の前提である。それを踏まえて、林長官はまず、つぎのように言う。

集団的自衛権という言葉についても、いろいろ内容について、これを含む範囲においてなお必ずしも説が一致しておらないように思います。御承知の通りに、国連憲章では、集団的自衛権を固有の権利として各独立国に認めておるわけです。あるいは平和条約におきましても、日ソ共同宣言におきましても、あるいは今度の安保条約におきましても、日本がいわゆる集団的自衛権を持つことをはっきり書いてあるわけです。そういう意味において国際法上にわが国が集団的、個別的の自衛権を持つことは明らかだと思います。ただ、日本憲法に照らしてみました場合に、いわゆる集団的自衛権という名のもとに理解されることはいろいろあるわけでございますが、その中で一番問題になりますのは、つまり他の外国、自分の国と歴史的あるいは民族的あるいは地理的に密接な関係のある他の外国が武力攻撃を受けた場合に、それを守るために、たとえば外国へまで行ってそれを防衛する、こういうことがいわゆる集団的自衛権の内容として特に強く理解されておる。この点は日本の憲法では、そういうふうに外国まで出て行って外国を守るということは、日本の憲法ではやはり認められていないのじゃないか、かように考えるわけでございます。そういう意味の集団的自衛権、これは日本の憲法上はないのではないか、さように考えるわけでございます。

出典:国会会議録検索システム

 ここで林長官は、集団的自衛権の定義にもさまざまなものがあるが、そのなかで、「自分の国と…密接な関係のある他の外国が武力攻撃を受けた場合に、それを守るために、たとえば外国へまで行ってそれを防衛する」という意味での集団的自衛権は、憲法上認められていないと明言しているのである。これに対して、秋山議員は「それ以外にどういう集団的自衛権があるのですか」と質問する。そこで林長官は再度答弁に立ち、つぎのように述べる。

これはいろいろの内容として考えられるわけでございますが、たとえば現在の安保条約におきまして、米国に対して施設区域を提供いたしております。あるいは米国と他の国、米国が他の国の侵略を受けた場合に、これに対してあるいは経済的な援助を与えるというようなこと、こういうことを集団的自衛権というような言葉で理解すれば、こういうものを私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません

 つまり、林長官は、基地のための土地提供や経済的援助といったものを「集団的自衛権というような言葉で理解すれば」、それは「私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」と述べたわけで、決して、産経社説の言うように、「集団的自衛権を私は日本の憲法は否定しておるものとは考えません」とは述べてはいないのである。

 法律学においては定義に拘ることはきわめて重要であるが、まさにその定義の部分、仮定の部分(「集団的自衛権を○○と理解すれば」)をそぎ落として、しかも、直前の部分で林長官が「一番問題になりますのは」とか「集団的自衛権の内容として特に強く理解されておる」とわざわざ言ったうえで、それは「日本の憲法ではやはり認められていない」と明言していることを敢えて無視して、まるで林長官がきわめて単純直截に「集団的自衛権は否定されていない」と述べたかのように言う産経社説は、やはり、ーーそこに悪意があるのかどうかはさておくとしてもーー少なくとも極めてミスリーディングであると言わねばならないのではないだろうか。

岸信介首相の答弁について

 つぎに、岸首相の答弁についても見ておこう。3月1日の産経社説は、1960(昭和35)年3月の参議院予算委員会において、岸首相が「集団的自衛権は、他国に行ってこれを守ることに尽きるものではない。その意味において一切の集団的自衛権を憲法上持たないということは言い過ぎだ」と答弁したと言う。8月9日の産経社説も、やはり岸首相が「一切の集団的自衛権を憲法上持たないのは言い過ぎ」と述べたと言う。国会会議録を検索してみると、岸首相の当該答弁は、さきほどの林長官の答弁が行われたのと同じ1960年3月31日の参議院予算委員会に登場する。はたして、岸首相はどのように答弁したのだろうか。

 この日の参議院予算委員会は、午前10時半頃から午後6時半頃まで、約1時間の休憩をはさんで延々と質疑が続けられ、最終的には昭和35年度予算案が採決されるという長丁場なものであったが、そのうち、秋山議員の集団的自衛権に関する追及に対して、林長官と並び、ほとんど同じ内容の答弁を繰り返しながら日本政府の立場を説明しつづけたのが、岸首相であった。その中で、確かに岸首相は、「一切の集団的自衛権を憲法上持たないのは言い過ぎ」とは述べている。しかしこれは、先に林長官の同日・同委員会での答弁を紹介したところからも容易に想像されるように、集団的自衛権に何を含めて考えるか、という定義の問題を前提として、たとえば基地提供だとか経済的援助といったものまでも集団的自衛権として定義するのであれば、それは否定されていないという趣旨を述べたに過ぎないものなのである。岸首相の当該答弁はつぎのようになっている。

日本の自衛、いわゆる他から侵略された場合にこれを排除する、憲法において持っている自衛権ということ、及びその自衛の裏づけに必要な実力を持つという憲法9条の関係は、これは日本の個別的自衛権について言うていると思います。しかし、集団的自衛権という内容が最も典型的なものは、他国に行ってこれを守るということでございますけれども、それに尽きるものではないとわれわれは考えておるのであります。そういう意味において一切の集団的自衛権を持たない、こう憲法上持たないということは私は言い過ぎだと、かように考えております。しかしながら、その問題になる他国に行って日本が防衛するということは、これは持てない。しかし、他国に基地を貸して、そして自国のそれと協同して自国を守るというようなことは、当然従来集団的自衛権として解釈されている点でございまして、そういうものはもちろん日本として持っている、こう思っております。

 ここで「自国のそれと協同して自国を守るというようなこと」と岸首相が言っているのは、日米安保条約にもとづき日本の領土内に存在する米軍基地が他国から攻撃を受けた場合に、日本が米軍とともにその防衛に当たること(いわゆる「共同対処」)を、集団的自衛権と定義するのかそれとも日本の個別的自衛権と定義するのか、という論争を踏まえてのことである(日本政府は、それを日本の個別的自衛権の行使であるとしている)。

 岸首相は、上記答弁の最後の部分で、基地提供のようなものも「当然従来集団的自衛権として解釈されている」と述べているが、これは口が滑ったものと言うべきで、秋山議員がその点を突くために、「そういたしますと、今度の(日米安保)条約の第6条で基地を貸しておるというのは、つまり今総理大臣のおっしゃるような集団的自衛権に基づいて貸していると、こういうふうに解釈していいのですか」と質問したのに対し、岸首相は、

法律的な問題ですから、法制局長官からお答えいたさせます。

とのみ答え、それに続いて林長官が、

先ほどから申し上げております通りに、集団的自衛権という言葉についてはいろいろ幅のある解釈があるわけでありまして、いわゆる、たとえば、日本が、アメリカが攻撃された場合に、それを援助する意味においてあるいは基地を提供する、あるいは経済的援助をする、こういうようなことは、いわゆる武力を行使して米国を守る、米国の本土を守るというようなことを除きまして、それ以外の面において、たとえばアメリカが他国の武力侵略を受けた場合に、これに対して一定の基地等を提供する、あるいは経済的援助をするというようなことは、これを集団的自衛権という言葉で理解すれば、これは集団的自衛権の問題じゃないかと思うわけでございます。それから、いわゆる、日本を守るために日本が日本の独力で守れない、そういう場合に、アメリカ軍の駐在を求めて、日本が共同で守る。これはわれわれは実は個別的自衛権というもので説明できることと思っております。個別的自衛権の範囲と思います。こういうことも集団的自衛権の発動なりというふうに言う方もあるわけでございます。これは両方の面で説明がされておるわけでございます。私どもは個別的自衛権の範囲で説明できる。日本は日本を守ることで、それはアメリカと協同して守る、あるいは日本が単独で守る、これはいずれにしても日本の個別的自衛権の発動と実は考えておるわけでございますが、こういうことをさして集団的自衛権だという人もあるわけでございまして、こういう点において集団的自衛権という言葉の使い方はいろいろそこに、人によって使い方の違いがあるということを申し上げておるわけでございます。

と説明を補っている通りである。在日米軍基地への攻撃を日米が共同して防衛する場合の日本の自衛権は、岸首相が口を滑らしたように、集団的自衛権の行使として説明する立場もありうるが、日本政府としては、個別的自衛権として説明しているのである。岸首相もそのことを瞬時に理解したとみえ、時間切れを目前にして、最後に秋山議員が「この新しい条約に限って御質問をいたしますが、この条約の中で、日米双方の行動について取りきめられておるのですが、少なくとも日本側の一切の行動はこれは全部個別的自衛権による行動に限られておるわけですか」と質問したのに対し、岸首相は、

その通りであります。

と明言し、さらに、

第五条の規定をごらん下さいますというと、他のこれに似た相互防衛の条約とは全然違っておりまして、日本の施政下にある領土だけこれを限っております。このことから見ましても、私どもが個別的自衛権で説明をいたしておるということは、何かこじつけというようにおっしゃいますが、そうは考えておらないのであります。

と述べる。そしてこれがこの日の予算委員会での岸首相の最後の答弁であった。

 以上からわかるように、岸首相が「一切の集団的自衛権を憲法上持たないのは言い過ぎ」と言ったのは、集団的自衛権の定義について依然として学説においても多様な理解がある当時の状況のなかで、日本政府として個別的自衛権として説明しているものまで含めて考えるならば、という定義の問題、仮定の問題として、集団的自衛権に定義次第で含みうる一切のものが憲法上否定されているとは言えない、という、至極当たり前のことを述べたにとどまる、と理解すべきものなのである。この日の予算委員会に先立つこと一ヶ月半ほどの1960年2月10日の参議院本会議での岸首相の答弁は、やはり明快であった。

自国と密接な関係にある他の国が侵略された場合に、これを自国が侵害されたと同じような立場から、その侵略されておる他国にまで出かけていってこれを防衛するということが、集団的自衛権の中心的の問題になると思います。そういうものは、日本憲法においてそういうことができないことはこれは当然でありまして、そういう意味における集団安全保障というものは、ないのでございます。

出典:国会会議録検索システム

林修三法制局長官にせよ、岸信介首相にせよ、なぜか産経新聞はその答弁の一部分を切り取り、過去には解釈の変更があったとか、過去には集団的自衛権が認められると答弁したなどと主張するが、これは端的に言って、事実に反する。集団的自衛権の解釈を変更すべしという社論そのものについては、私の立場とは異なるものの、それを主張するのは言うまでもなく産経新聞社の自由である。しかし、かかる社論を根拠づけるために、先人の言ったこと・言おうとしたことをねじ曲げるかのような恣意的な引用・紹介をするのは、やはりここでも、あまりにも先人に対して礼を欠くのではないかと思う。