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不妊症・不育症難民の苦悩 新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と不要不急

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 GID(性同一性障害)学会理事長
女性の年齢が高くなると妊娠率は低下し流産率は高くなる(高校生用の教材から).

 2020年4月1日,日本生殖医学会は会員(医師や胚培養士など)に対して「国内での COVID-19 感染の急速な拡大の危険性がなくなるまで,あるいは妊娠時に使用できるCOVID-19予防薬や治療薬が開発されるまでを目安として,不妊治療の延期を選択肢として患者さんに提示するよう」声明を出した.妊婦のCOVID-19が重症化する可能性があること,治療薬候補のアビガンには動物実験で胎児への副作用(催奇形性)が報告されており,妊娠中の女性に投与できないことなどから,不妊治療による妊娠が成立したあとのCOVID-19への対応に苦慮することが予想されるためである.

不妊症・不育症外来では

 日本生殖医学会の声明を受けて,大学病院の外来でも説明を始めた.「不妊症や不育症の治療は不要不急だから」と説明したスタッフもいたが,「不要不急」という言葉には違和感を覚える.「不要」ではないことは確かであるし,「不急」かどうかの判断は難しい.

 年齢が高い女性の場合,1か月の治療延期ならともかく,1年間の延期となると妊娠率に大きく影響する.COVID-19流行の第1波はもちろん,第2波,第3波を考えると終息のイメージはわかない.一律に「新型コロナが収束してきたら,また治療を始めましょう」という言葉は不妊・不育カップルの心には響かないようである.

厚労省も高齢女性に配慮

 厚生労働省も,2020年度に限り,不妊治療に対する国の助成金の年齢制限を緩和し,治療開始時の女性の年齢を「42歳まで」から「43歳まで」に引き上げるとしている.しかし,国の助成金は体外受精などの生殖補助医療に限定されている.排卵誘発や排卵に合わせて子宮内に精子を注入する人工授精には適用されない.また,体外受精を希望する42歳の女性に「もう1年間は助成金が出るから新型コロナが収まってから」と説明しても,なかなか納得される方ばかりではない.岡山県不妊専門相談センター「不妊・不育とこころの相談室」には,受診している病院で治療の延期を告げられたとの相談も寄せられている.このように年齢の点で心配な不妊・不育難民には,大きく分けて2つグループがある.

不妊・不育カップルの苦悩

 1つ目のグループは,「現在,すでに不妊・不育外来を受診しており検査や治療が進んでいるカップル」である.今,子どもが欲しいと思っているカップルにとっては,1年間待つことは非常につらいことである.特に,40代,あるいは30代後半の女性にとってはなおさらである.

 また,卵子ほど影響は大きくないが,精子が妊娠につながる能力も男性の加齢の影響を受けて低下する.「卵子の老化」(注1)という言葉が広まってから,年齢のことを意識する女性は増えてきている.年齢が高い女性の苦悩は,COVID-19感染拡大のために更に深まった.

「見えざる」不妊・不育難民  

 2つ目のグループは,妊娠に適した年齢に関する知識がなかったり,不妊症や不育症に関する知識がなかったりするために,産婦人科を受診していないカップルである.妊娠に関する基本的な知識がない日本人が多いことは,COVID-19感染拡大という非常事態が起きる前から社会問題となっていた(注2).

 年齢の高い女性がCOVID-19が収束した頃に,いざ不妊症・不育症の治療を始めようとしても,さらに妊娠しにくい年齢になっている可能性がある.これらの人々は,今は「見えざる」不妊・不育難民である.

実年齢だけの問題ではない

 実年齢の視点だけでも話は終わらない.AMH(抗ミュラー管ホルモン,卵巣年齢を推測する検査に使用される)が低値の女性に対して,「30代前半だから,まだ十分に時間はある」とも説明しづらい.実年齢よりも卵巣年齢の方が重要とも言える.

 今もまた,「がん」と診断され,これから抗がん剤などの化学療法や放射線療法を受けるというAYA世代(一般的には15歳から39歳までの年齢層)の女性の主治医から電話が入っている.このような方には,待っている時間はない.

生殖医療スタッフの不安  

 COVID-19感染への不安から妊娠を先送りにする女性も多い一方で,「不急」とは言えない不妊・不育カップルのために縮小しながらも外来を続けている.しかし,COVID-19感染者には無症候キャリアも多い.不妊・不育治療を受けるため受診するカップルから院内感染が発生すれば元も子もない.体外受精による治療を受ける女性が新型コロナウイルス陰性であることを確定した後に採卵を実施できるように,PCRや抗原・抗体検査キットなどで簡単に検査できる体制も求められる.

 もちろん,早く世界中が,安心して妊娠でき子どもを産むことができる状況になることを祈ってやまない.

【言葉の説明】

「不妊症」とは,子どもが欲しい健康なカップル(生物学的男女)が避妊しない性交を適切な頻度で持っているものの1年間以上,妊娠しない状態.「不育症」とは,2回以上の流産や死産を繰り返し,子どもを持つことができない状態(1回の流死産でも,それに準じることもある).

【注釈】

注1:「卵子の老化」という言葉は以前から使用されていたが,NHKクローズアップ現代の「産みたいのに産めない~卵子老化の衝撃~」(2012年2月14日放映),「“老化”を止めたい女性たち~広がる卵子凍結の衝撃~」(2016年10月26日放映)などの番組により広まった.

注2:私たちも,妊孕性(にんようせい,妊娠する能力)や生殖医療の基礎知識を持ってもらおうと,写真のようなマンガ本を作り,高校生や大学生に配布している(岡山大学・中塚研究室ホームページhttps://www.okayama-u.ac.jp/user/mikiya/からもダウンロード可能).

妊娠と年齢との関係,人工授精・体外受精,不育症などの基礎知識を盛り込んだマンガ教材「未来への選択肢」.2014年度に岡山県の依頼で制作.今年,男性不妊についてのページを増やして改訂した.
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高校生に卵巣年齢の指標である AMHの知識が必要かという議論はあるが,現実社会のことを知ることは重要.マンガ教材「未来への選択肢」には,ライフプランを考える各種のきっかけを盛り込んだ.
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岡山大学教授 産婦人科医 GID(性同一性障害)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).GID(性同一性障害)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

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