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新型コロナウイルス感染症(COVID-19)と自殺 性同一性障害・トランスジェンダー当事者の今後

中塚幹也岡山大学教授 産婦人科医 GID(性同一性障害)学会理事長
全国から性同一性障害当事者が集まる岡山大学ジェンダークリニック

 3月28日,新型コロナウイルス感染症(COVID-19)対策に当たっていたドイツ・ヘッセン州のシェーファー財務相(54)が死亡した.遺書もあり,警察は自殺とみている.同州のボウフィエー首相によると,財政的な支援への市民の期待に応えられるか苦悩していたとされる.危機的な社会状況では,大臣だけではなく,一般の中でも自殺者が増えることが知られている.3月11日,厚生労働省も,各都道府県・指定都市の自殺対策を主管する部局あてに「COVID-19防止に関連した生活困窮者への相談支援」を求めた.

 COVID-19患者の急増に備えて,岡山大学病院でも,他の患者の受診抑制が行われている.性同一性障害当事者を日本中から受け入れているジェンダークリニックも例外ではなく,受診の延期要請やFAXでの処方箋送付などが始まった.もともと不安やうつが見られる方が多いが,最近の外来では,社会全体の重苦しい雰囲気のもとで不安の高まりが感じられる.

 COVID-19拡大に伴い心配されるのが性同一性障害・トランスジェンダー当事者の自殺リスクの増大である.もともと職場でも弱い立場の方が多く,経営が苦しくなった企業からは整理解雇の名のもとに首切りを受けやすい(文献1, 2).

 2008年のリーマンショックでの経済危機の際には,お金がないためホルモン療法を中断,貯めていた手術代を切り崩して生活するようになった性同一性障害当事者も見られた.岡山大学ジェンダークリニックでは,希死念慮(自殺願望)や自殺未遂の経験を持つ性同一性障害当事者の受診が増加した(図1,2).コロナ経済危機はリーマンショックを上回るとされる.自殺・自殺未遂の増加を阻止するためにも,性同一性障害・トランスジェンダー当事者への精神面の支援や,種々の弱い立場にある人々にまで行き渡る経済対策が求められる.

文献

1. 久井礼子,日阪奈生,富岡美佳,中塚幹也:性同一性障害当事者の就労の現状と課題.GID(性同一性障害)学会誌4:6-15,2011.

2. 中塚幹也:トランスジェンダーの就労と職域における対応.産業医学ジャーナル42:77-82,2019.

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岡山大学教授 産婦人科医 GID(性同一性障害)学会理事長

産婦人科医(岡山大学病院不妊・不育外来,ジェンダークリニックで診療).岡山大学大学院保健学研究科・生殖補助医療技術教育研究(ART)センター教授(助産師,胚培養士(エンブリオロジスト)等の養成・リカレント教育).GID(性同一性障害)学会理事長(LGBTQ+,特に「性同一性障害・トランスジェンダー」の医学的・社会的課題の解決に向けて活動).岡山県不妊専門相談センター,おかやま妊娠・出産サポートセンターセンター長.妊娠中からの切れ目ない虐待防止「岡山モデル」の創始,LGBTQ+支援,思春期~妊娠・出産~子育てまでリプロダクションに関する研究・教育・実践活動中.インスタ #中塚教授のひとりごと

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