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軽やかに、鮮やかに、点と点をつなげる…若き俳優たちが体現する等身大の自己発信力とは?(前編)

壬生智裕映画ライター
『距ててて』場面写真(左:豊島晴香、右:加藤紗希)(写真:「点と」提供)

 ライターとして、これまで十数年以上にわたってイベントやインタビュー取材などに携わり、おそらくのべで数万人以上の人たちに話を聞いてきたわけだが、その中で感じるのは「自己発信力」のある人は強いなということ。そしてそういう人の原稿はだいたい書いていて楽しい。

 5月14日(土)、東京のポレポレ東中野で公開される映画『距ててて』(読み:へだててて)を観て、そんなことを考えさせられた。同作は、加藤紗希(振付師/俳優)と豊島晴香(俳優)の創作ユニット「点と」が製作した初の長編映画にして、初の劇場公開作品。写真家を目指すアコ(加藤)とフリーターのサン(豊島)の共同生活を、二人を取り巻くちょっと変わった人々とのやりとりを織り交ぜながら、4編のオムニバス構成で軽やかに描き出している。

 その軽やかさの秘密は何なのだろう? そこで今回は『距ててて』を手がけた加藤紗希(監督)、豊島晴香(脚本)に加え、釜口恵太(第1章出演、助監督、衛生班、スチール、車輌)、神田朱未(第2章出演、劇中料理、ケータリング)、髙羽快(第2章出演、助監督、スチール)らクリエイティブチームの一員でもある出演者たちにも参加してもらい、その裏側を聞いた。(本文中は敬称略)

※※後編はこちら※※

■俳優が発信をするということ

彼らが出会ったのは、2017年度の映画美学校アクターズ・コース。こちらでは「自分で創れる俳優になる」という特色が掲げられており、演出家や映画監督によるゼミを通じて「俳優から演劇・映画を発信していく」力をつけることを目的としている。そして彼ら自身、講師の井川耕一郎監督から「このコースの中からひとりでもジョン・カサヴェテスのような人が出てほしい」と言われたことがあったという。ということを踏まえて、まずは「俳優が自己発信することとは何か?」というテーマで聞いてみた。

釜口:もしかしたら違うかもしれないですけど、僕が受講中にメモってたのは、監督や演出家の言うことに従うだけじゃなく、シーンとして自分がどういう役割を持っていて、どういう提案ができるか、ということでした。

加藤:最初の授業が、俳優の危機管理や権利みたいことだったんですが、俳優部ってやっぱり演出家とか監督、プロデューサーがいないと成立しないと思われている部署でもあるじゃないですか。それがイコール待つということにつながるのかもしれないんですが。でも呼んでもらったから何でもやります、ではなく、ちゃんと俳優にも権利があるし、危ないこともあるから、それについてはちゃんと考えて行動しましょうねみたいな。そういう内容の授業でした。

釜口:その時、例として見せられたのは、原子力発電所のCMについてでした。東日本大震災の時に、そのCMに出ていた俳優はすごくたたかれたんですが、その監督やプロデューサーは一切たたかれなかった。だから自分で出る作品はちゃんと選んだ方がいいよと。そういう危機管理も必要だよということでした。

加藤:もちろんそれを踏まえてその作品を選ぶならいいかもしれないですが、最初にそういうことを教えてもらえたのは良かったです。

取材風景:左から髙羽快、釜口恵太、神田朱未(写真:「点と」提供)
取材風景:左から髙羽快、釜口恵太、神田朱未(写真:「点と」提供)

■創作作業が好きな人たちが集まった

「俳優は待つのも仕事」という言葉がある。だが古くはシルヴェスター・スタローンや金子正二、近年では『ひとくず』の上西雄大などの例を挙げるまでもなく、自分が演じるために作品を作るという、俳優発信の映画というものも数多くある。「俳優発信」と聞くとそういうニュアンスにも感じてしまいそうだが、どうやら今回の『距ててて』に関しては少しニュアンスが違っていたようだ。

豊島:ただ待つだけじゃなくて、自分で機会を作るべきだという感覚はそんなになくて、普通に自然な流れの創作。たぶんわたしは創作が好きなんだと思いますし、そういう作業を楽しんでくれる人たちが集まってる。

神田:わたしはずっと声優として活動していたんですけど、今までは最終的に台本をもらってそれを演じるという、最後の段階で作品に関わることが多かったんです。そこから宣伝活動に参加するなどはあったんですが。

でも今回はその前段階に深く関わることができて、制作する全ての過程の一つ一つが新鮮で勉強になりました。各セレクションの人たちがどんな思いで、どういうことに四苦八苦しながら、作品ができあがっていくのか。その一つ一つの過程が尊いなと思いながら、その場にただいました。そしてそういう気持ちになれることが、それも創作のひとつというか…そんなことを実感しながら参加してましたね。だからすごく宝物みたいな気持ちです。

あと、作品を作っていく過程の中で、例えば疑問点があったときに、「話し合えるのが普通」という感覚でいられたのはすごくありがたかったです。

豊島:確かに話せることが普通という関係性は、それはやっぱり俳優の危機管理という前提が共通認識としてある、ということもあるし、ずっと一緒にやってきてお互いのことを信頼しているという関係性もあるんだと思います。

取材風景:(左:豊島晴香、右:加藤紗希)(写真:「点と」提供)
取材風景:(左:豊島晴香、右:加藤紗希)(写真:「点と」提供)

■笑いの絶えない撮影現場

その言葉通り、5人は気心が知れているようで、今回の取材中もまるで部室を訪ねていったようなリラックスムード。終始、笑いが絶えなかった。撮影現場での様子はどうだったのだろう。

高羽:助監督としてはさっぱりしてようと思ってました。「点と」の2人がずっと頑張ってるんで、現場がちゃんと進んでいくように。僕は暑苦しくないようにさっぱりしていようと。

釜口:僕も2人を邪魔しないようにしようと思っていましたかね。でも特にあんまり何も考えてなかったかもしれない。とにかく楽しかったんですよね、現場が。2人ともちゃんとビジョンがあったんで、全然言う必要はなかったということもありますけど。普通に楽しんでても現場は普通に回ってるし、普通に楽しかった。

豊島:本当はこれはこうじゃないかとか、言いたかったことを飲み込んだ瞬間はなかったの?

釜口:なかったですね。ごはんも腹いっぱい食べさせてもらったし。

加藤:そこは死守。

豊島:本当に高羽くんと釜口くんはよく食べるから。

釜口:ちゃんとたくさん用意してくれてて。2~3回おかわりしても大丈夫でした。

加藤:高羽くん、釜口くんは2人ともそうなんですけど、よく周りが見えているし、気遣いがある。私たちがこれをやってほしいと細かく言わなくても、全ての細かいことを整えてくれるんですよ。

豊島:本当に、私たちが指示を出して初めて動いてくれる、という感じだったら、多分気を遣いすぎて言えなかったと思うし、そもそもスケジュール的に間に合わなかったと思うんですよ。だけど本当に高羽くんと釜口くんはみんなが心地よく過ごせるように、無理なく進められるようにしてくれた。それは雰囲気だけじゃなくて技術的なセクションの人たちのサポートも含めて手を回してくれて。そういう意味では私たちが突っ走ることができた。

加藤:そうそう、安心できる。

■俳優として気持ちのいい現場とは

『距ててて』第1章で不動産会社の男を演じる釜口恵太(写真:「点と」提供)
『距ててて』第1章で不動産会社の男を演じる釜口恵太(写真:「点と」提供)

豊島:だから高羽くんと釜口くんにはめっちゃ甘えてる。2人に任せると完璧にやってくれるし、むしろ想像以上のことをしてくれるから。

釜口:なにより紗希さんが演出現場ですごい楽しそうなんですよね。演出をつけながら自分で爆笑してる。

加藤:めっちゃ笑ってた(笑)。

釜口:俳優としては最高に気持ちいいんですよ。褒めて褒めて伸ばすみたいな感じで。

加藤:だってみんながすてきすぎるんよ。

豊島:それを前面に出す監督ってそんなにいないと思うんです。めっちゃ爆笑したりとか。

加藤:本当に面白いんですもん。

豊島:これは俳優の、出る側の意見になっちゃうけど、俳優としてはそれこそ自分の演技が不安になって、体が固くなっていると、いいものが出ないと思うんですよ。でもそれがのびのびできるのはすごくいいというか、楽しいですよね。

釜口:やはり気心知れた人たちが周りに集まってるからというのもあるかもしれないですね。

加藤:それは大きいです。本当に信頼してるからこその空気感みたいなのは絶対あると思います。

高羽:ただ、本当にみんなが楽しそうにしてくれるから、だからこそ逆に調子に乗って逸脱しないようにしようというのは、ずっと思ってて。あがりを見た時に、これはだめだろう、ということにならないように。それはなるだけ意識していました。

※※後編につづく※※

2022年5月14日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開(写真:「点と」提供)
2022年5月14日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開(写真:「点と」提供)

映画『距ててて』

監督:加藤紗希

脚本:豊島晴香

出演:加藤紗希/豊島晴香/釜口恵太/神田朱未/髙羽快/本荘澪/湯川紋子

撮影:河本洋介

録音・音響:三村一馬

照明:西野正浩

音楽:スカンク/SKANK

製作:点と

公式HP

(2021年/日本/フィクション/78分)

2022年5月14日(土)より東京・ポレポレ東中野ほか全国順次公開

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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