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【インディーズの現場】映画界を震撼させた『岬の兄妹』がもたらしたものとは? 片山慎三監督に聞く

壬生智裕映画ライター
『そこにいた男』11/13~アップリンク渋谷ほか全国順次公開(写真:配給提供)

ポン・ジュノ監督の『母なる証明』などで助監督を務めた片山慎三監督の長編デビュー作品『岬の兄妹』は、多方面から高い評価を受け、低予算の自主映画としては異例のロングランを記録した。その片山慎三監督が『岬の兄妹』のスタッフを再招集して挑んだ新作短編映画『そこにいた男』が11月13日よりアップリンク渋谷、アップリンク京都ほかにて全国順次公開される。上田慎一郎監督の映画『スペシャルアクターズ』で注目を集めた清瀬やえこを主演に、安井秀和、中村映里子、水口早香、松浦祐也らがキャストを務める。

 物語は深夜、とあるマンション内のエレベーターホールで血だらけの女・紗希が座り込んでいるところから始まる。煙草を吸いながらスマホで誰かに電話している紗希。その横には、意識朦朧とした血まみれの男(翔)が倒れている。その光景にカメラを向ける住人ら、慌ただしく無線を飛ばす警官たち。取調室で紗希が明かした事件の全貌が明らかになるとき、観客は狂った「純愛のカタチ」を知ることになる……。

 そこで今回は、日本映画界が注目する新鋭・片山慎三監督に話を聞いた。

片山慎三監督(写真:配給提供)
片山慎三監督(写真:配給提供)

――この短編映画を作ることになった経緯は?

『岬の兄妹』の直後あたりに、四宮さんというプロデューサーから何か作品をやりましょうとお話をいただいて。僕もちょうどドラマの撮影が延期になっちゃって。次にまた別のドラマをやる予定だったんですけど、そこまでもちょっと時間があるから。ちょうどスケジュールが空いたということもあり、ぜひやりたいですという話になったんですけど、1カ月後ぐらいにクランクインしなきゃいけないスケジュール感だったんで。いろいろと時間や予算のことを考えて、それならば短編にしようということになりました。

――脚本を『グッド・ストライプス』『あのこは貴族』の岨手由貴子さんが担当しています。この組み合わせに意外性を感じたのですが。

岨手さんとは、延期になったドラマで一緒にやっていたんですよ。それが延期になって、実現しなかったんで残念だなと思っていたんですけど、その時にわりと岨手さんがどういうのが得意なのか分かっていて。やはり女性ならではの視点というか。自分には書けないなようなセリフがいっぱいあって。そういう意味では狙い通りというか、岨手さんにお願いして良かったです。

――冒頭のシークエンスを見て、昨年に新宿のホストが刺された事件を思いだしました。この作品はあの事件がモチーフになっているのでしょうか?

そうです。男が倒れていて。女性が隣に座っていて。電話をかけて。警官が周りに立っていてという冒頭のシーンは、事件の写真を見て、そこからインスピレーションを得たという形です。ただしホストではなく、別の設定で、違う切り口でやろうと考えました。実際に岨手さんの友達が体験した話とか、そういう現実の話を織り込みながら、いろいろ組み合わせてやったような感じですね。『岬の兄妹』は、普段カメラが入らないようなところにカメラが入ってやっていくという見せ方でしたが、今回はどちらかというと、浮気される主人公の女の子の気持ちで見られるような。彼女が男を刺すまでの気持ちに共感できるように作りたいなと思いました。

紗希(清瀬やえこ)は翔(安井秀和)を愛し、借金を重ねてまでも、翔に身も心も捧げるようになる(写真:配給提供)
紗希(清瀬やえこ)は翔(安井秀和)を愛し、借金を重ねてまでも、翔に身も心も捧げるようになる(写真:配給提供)

――メインストリームから外れた人たちに光を当てている作品が続いている印象ですが、作品選びの基準はどのように考えているんですか?

原作がない作品だと、普段なかなか描かれないような人たちを主人公にしたいという気持ちがあります。その方が自分的には面白いものができるというか。自分が肩入れしやすい世界ではあります。

――そうした題材に惹かれるのには原体験があるんですか?

子供の時に、隣の家に住んでいた同級生の男の子が引っ越したんですよ。けっこう仲が良かったんですけど、その子が2~3年後にいきなりニュースで出てきて。その子のお父さんが、その子を含めた家族で海に車で入っちゃって。実は保険金目当てでお父さんが事件を起こしていたというニュースを見たりして。わりと近いところの人が事件を起こしたり、事件に巻き込まれたりといったことがあったので。印象に残っていますね。

――インディーズならではのメリットはどう考えていますか?

インディーズは本当に規制があまりないから、すごいありがたいです。逆に商業的なドラマや映画とかを作る時って、いろんな企業が入ってくるから、いろいろな規制が出てくるのは当たり前だし。でもそういうのを抜きにしても、自主映画は自由度が高いですよね。内容もそうですし。

――経歴として、もともと商業映画の助監督を経験されてきた片山監督ですから、メジャーな作品に対するアレルギーのようなものは特に?

そういうのは全然ないですね。もし仮に、普通の商業的に大きな映画の話が来ても全然やるとは思うんですけど。ただ普通のことをやるときに、どこまで自由度が高くできるかっていうのは考えていかなきゃいけないとは思っています。やはりインディーズの方が、フレキシブルに対応できるから面白い。だからインディーズのような商業映画があるといいんですけどね。あまり垣根を作らずに、ちゃんと映画を作ろうという。

映画製作のスタッフで下働きをしていた紗希は、撮影現場で俳優の翔に出会う(写真:配給提供)
映画製作のスタッフで下働きをしていた紗希は、撮影現場で俳優の翔に出会う(写真:配給提供)

――そういう意味で『岬の兄妹』という映画は名刺代わりになったのではないでしょうか。片山監督はここまでリミッターを振り切ることができる人なんだと。むしろそういうものを期待される部分もあったのでは?

そうですね。この短編を撮った後にドラマをやったんですけど、そのドラマはわりと自由にやらせてもらえたかもしれません。俳優さんたちを巻き込んで、「どうせ片山さんがやるなら、ちゃんと振り切ったものにしたい」と進言してもらえたのは大きかった気がします。本当は僕が合わせなきゃいけないところを、僕に合わせてくれるようになるというのはありがたかったなと思います。わりとはっきりと表現した方がいいというか。表現に忖度(そんたく)しちゃうと、いいものができなくなるというか。多少、問題になろうが、やり切るところはやりきるんだという意識でやらないといけないなと思いました。

――この作品は、この短編1本だけで興行をうつということですが、それについては?

ありがたいですよね。撮っている時は、別に劇場公開のことは考えていなかったので。それが劇場の人に目に触れて、これだったらということで上映してもらえるのはすごくありがたいです。友だちとの待ち合わせ時間の間とか、ちょっと時間が空いたなという時にサクッと観られる30分ぐらいの作品っていいんじゃないかなと思うんですよ。もっと短編上映の機会が増えるといいなと思っています。

映画ライター

福岡県生まれ、東京育ちの映画ライター。映像制作会社で映画、Vシネマ、CMなどの撮影現場に従事したのち、フリーランスの映画ライターに転向。コロナ前は年間数百本以上のイベント、インタビュー取材などに駆け回る毎日で、特に国内映画祭、映画館などに力を入れていた。2018年には、プロデューサーとして参加したドキュメンタリー映画『琉球シネマパラダイス』(長谷川亮監督)が第71回カンヌ国際映画祭をはじめ、国内外の映画祭で上映された。近年の仕事として、「第44回ぴあフィルムフェスティバル2022カタログ」『君は放課後インソムニア』のパンフレットなど。

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