JR新大久保駅上「キムチ, ドリアン, カルダモン,,,」はバスク・カリナリーセンターの夢を見るのか

新大久保駅ホームから ※筆者撮影

ようやくのオープンと言っていいだろう。新大久保駅舎上の複合型フードホール「キムチ, ドリアン, カルダモン,,,(K,D,C,,,)」が先週末の3月28日にグランドオープンを迎えた。

隣駅の高田馬場を拠点とする僕としては、長かった駅舎の工事も終わったこともあわせて、たいへんお慶び申し上げたいところ(同じく28日に再オープンした改札脇のNewdaysが長らく閉じたままになっていたのは微妙に不便だったのでたいへん助かります)。

2Fはスターバックス。駅のホームからは隣のビルのように見えるが、駅ビルである
2Fはスターバックス。駅のホームからは隣のビルのように見えるが、駅ビルである

さて、すでにウェブ上には記事が何本かUPされているが、ざっと眺めたところ、K,D,C,,,の施設自体の話と当日のイベントレビューが多く、JR東日本がこの事業を手掛ける意義や意味づけにはあまり触れられていないように思える。本稿ではそのあたり(特にJR東日本にお願いしたいところ)にも焦点を当てていきたい。

といっても、施設の概要がわからないと話にならないし、そもそも「フードホール」とはなんぞや。という向きもあるだろう。まずは「フードホール」と今回の施設概要についても触れておきたい。

フードホールってなんだ?

2021年現在、「フードホール」という言葉は日本では明確に定義されていない。"自称"フードホールの説明書きを見て回ると「進化版フードコート」というざっくりした説明もあれば、「ヨーロッパ生まれでそこそこ高級で酒を出すちゃんとしたバールやレストランの集合体」のように、もう少しマジメに説明したらどうかという説明もある。

これほど意味が乱立しているくらいだから、もちろん日本語版のWikipediaには記載がない。英語版のWikipedia(https://en.wikipedia.org/wiki/Food_hall )もイギリスでの定義(要は日本で言う、高級デパ地下を指すようなイメージ)が見出しに来ているが、説明にはアメリカやアメリカ経由で概念が持ち込まれたアジア圏のフードホールの説明も混在していて、文脈は少々混乱気味。

ちなみに日本では先に説明のあったような「いろんな業態のある、ちょい高級フードコート……?」というイメージが強い。

しかし日本ではこのざっくりイメージを放置すると、早晩"うちの施設もそれっぽいから、フードホールって命名しちゃおうぜ問題"が勃発し、粗製乱造された日本のフードホール業界全体が地盤沈下を起こしそうなので、日本でフードホールと呼称される業態を仮で定義しておきたい。

日本型のフードホールとは何か

ではまず一般に認知されているフードコートとの違いから明らかにしていきたい。まずアメリカにおけるフードコートの定義はこうだ。

food court

An area, typically in a shopping mall, where fast-food outlets, tables, and chairs are located.(Oxford English and Spanish Dictionary)

これをGoogle先生に翻訳していただくとこうなる。

ファストフード店、テーブル、椅子が置かれている、通常はショッピングモール内のエリア。

完璧である(おそらく)。

日本におけるフードコートとは、ラーメン、ハンバーガー、牛丼、うどん・そばなどファストフードチェーン業態の寄り合い屋台村のような施設が多い。ショッピングモールの中にあったり、近年の高速道路のサービスエリアも、たいてい飲食スペースはフードコート型だ。

買い物の間に小腹を満たしたり、移動中のちょっとした団らんを過ごすのにはもってこい。来店客が食と時間と小金をカジュアルに消費するのがフードコートなのだから、これはこれでいいのだ。

だがフードホールはそうであってはならないと考える。

フードホールの定義

まず外形的な定義としては、レストラン(の厨房機能)、デリ、パティスリー、バー、カフェ、物販など、独立した複数業態の集合体であり、それら店舗をまたいで利用できるダイニングがあり、持ち帰りもできる施設である必要がある。

異なる業態がお互いに補完関係にあるフードホールが、施設にとっても客にとっても理想的だ。

しかし、こうしたスペックのみがフードホールのすべてだとしたら、日本のフードホールは早晩消耗戦に突入してしまうだろう。現在でも新しいビルが建つたびに、そこに新たなコンセプトの施設が新規開店しては、"最新"は移動し、上書きされる。

上書きされた側の古い施設はチェーン店の広告塔、もしくは"安旨"というチープな業態に転換せざるを得ず、何も産まないままじわじわと消費され、ジリ貧となる姿が見える(日本経済の縮図を見るようで恐ろしいが)。

だからこそ、日本のフードホールは単なる高級フードコートであってはならない。その地に暮らす人たちの息づかいを汲み取り、明確な哲学を持ち、すべての知恵を結集して未来を見据える。目指すべきは、食文化の再構築である。

K,D,C,,,が目指す食の包括プラットフォーム

では、JR新大久保駅直結のK,D,C,,,が目指すべきはどんなフードホールか。

地域に根ざすフードホールは、そこにある一次生産物や加工品を掘り起こし、地域に生きる飲食店と住民のハブになる。そして出店者のパーソナリティと強固に結びついた、企画性の高い取り組みを発信し、他地域からやってくる人とのハブにもなる。

コリアンタウンというイメージの強い新大久保・大久保界隈だが、中国、ベトナム、インドネシア、ミャンマーなど多国籍色豊か。写真は通称「イスラム横丁」
コリアンタウンというイメージの強い新大久保・大久保界隈だが、中国、ベトナム、インドネシア、ミャンマーなど多国籍色豊か。写真は通称「イスラム横丁」写真:アフロ

新大久保という多国籍な人々が集うある種カオスな町に立ち上げられたK,D,C,,,。だからこそそこには未来を見据える、強靭な意志を持つシェフや店舗が集ってほしい。

未来を見据える人々を集めるには、シェフや生産者のアイデアを具現化し、ビジネスへ化するための仕組みが必要だ。「K,D,C,,,なら、上手くいく」。そう思わせるには、開発環境や資金獲得のノウハウ、ブランディング、食材や人材のネットワーク構築など提供すべきことは無限にある。

まずはK,D,C,,,の設備・ハード面から見ていこう。一般のビジターも利用できる3Fには、3つの独立した厨房のあるシェアダイニング・キッチンがある。厨房はオープンもしくはガラス張りとなっていて、ダイニング全体から厨房でどんな作業をしているか丸見え。つまり常時、ライブクッキングショーができるしつらえでもある。

4Fは会員制のファクトリーキッチン。会議室や個室、コミュニティキッチンや各種許可を得た厨房がある。イートインにしろテイクアウトにしろ、食品を販売するには許可を得た施設で製造する必要がある。飲食店営業許可でイートインが可能となり、菓子製造業はパンやケーキの製造許可、その他の食品はそうざい製造業でカバーできる。

このフロアには、コワーキングスペース(ここのみドロップイン利用可)や会議室もある。少人数で商品開発のアイデアを持ち寄り、試作とディスカッションを繰り返し、完成したものを3~4Fで販売することもできる(なんと改札脇のNewDaysでの販売まで視野に入れているという。素晴らしい!)。

4F左のオープンキッチンの他、右側のガラス窓の向こうには各種製造許可付き厨房が
4F左のオープンキッチンの他、右側のガラス窓の向こうには各種製造許可付き厨房が

下の図版を見ていただきたい。

JR東日本プレスリリースより
JR東日本プレスリリースより

これがK,D,C,,,のイメージ図版だ。ざっくりわけると4Fで開発、3Fでテストマーケティングができ、食のクリエイター(左)と生活者(右)を軸として楽しみが広がっていく絵図が描かれている。

実際の運用段階となれば、この図式よりもさらに刺激的で意欲的な化学反応が生まれることを期待したいし、28日のグランドオープン以降は3Fでいくつかのポップアップショップが立ち上がり、オープニングは上々の賑わいだという。

だがこの図版からは見えないものがある。JR東日本がバックアップに回る(であろう)、食のビジネス化支援である。こここそがK,D,C,,,をJR東日本が手掛ける意味と言っていい。

K,D,C,,,はバスク・カリナリーセンターの夢を見るか?

JR東日本はK,D,C,,,に紐づける形で、周辺事業や事業者の協力を取りつけている。

・「オイシックス・ラ・大地」との連携

・その投資子会社で、食領域に特化したコーポレートベンチャーキャピタル「Future Food Fund」との連携

・クラウドファンディングサイト「CAMP FIRE」との連携

・同ビル1FのNewDays新大久保に棚を確保、K,D,C,,,発のアイテムを販売。

食の素材から資金調達、さらに出口まで。実践的なフードビジネスの創出まで視野に入った座組みとなっている。

とりわけ、メンバーシッププログラムは、エントリーする企業が協賛金拠出や人的資源、食材、販路の開拓など様々な役割を果たす仕組み。そのなかで過去になかった新たなコラボレーションなども生まれてくるはずだ(現在はFuture Food Fund社がエントリー中)。

つまりK,D,C,,,は、企画、製造、飲食、販売から投資の窓口機能を含めてのビジネス創出、そして大企業連携までを視野に入れている。新大久保駅舎上のたった2フロアで食を包括する新たなプラットフォームを再構築しようとしている。

ここで思い出されるのが、スペインにあるバスク・カリナリーセンターだ。

2011年にスペイン・バスクに立ち上げられたバスク・カリナリーセンター(Basque Culinary Center :BCC)は、ハイレベルな知識の生成と有能な専門家の訓練、高度な料理の専門家やビジネス分野、食科学領域において、新たなビジネスやプロジェクトの創出を目指す「食の大学」だ。

日本にも調理や食の科学を専門とするアカデミアはある。だが、ビジネス化まで含めて、それらすべてを包括的に学び、さらには企業連携まで果たす機関は存在しない。

今回のK,D,C,,,にしても食を事業化できる設備はあるし、ビジネス化へのバックアップ役もメドは立っているだろう。

ただし現状の座組みからでは、"教育"がどうしても物足りないように見える。BCCではかのNARISAWAの成澤由浩シェフも教鞭を取っている。

現場を知る一線級の講師による若手シェフ育成プログラムは必要ではないか。せっかく3、4Fとも配信システムがあるのだから、現場でシェフに教えるだけでなく広く一般にもコンテンツ課金すればいい。

もちろん国や自治体の肝いりで設立されたBCCとは比較すべきではないのかもしれないが(BCCはスペイン政府、バスク州政府、ギプスコア県政府、サンセバスチャン市の支援で設立されている)、若手シェフや食クリエイターの育成プログラムや、彼らを導くメンター/アドバイザー制度はぜひ導入してほしい。

正直なところ今回の内覧会において、試食で出された若手シェフの料理には物足りないところがあった。正確に言うと料理の味自体はよかったが、地域と世界を結び、新たな食を切り拓くK,D,C,,,のオープニングで出す料理としては、知識と洞察が軽い皿があった。

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食のブランド化と多様化が進むなか、「安全」で「おいしい」食とは何か。生産地からレストランの最前線まで、食にまつわるすべての現場を巡り、膨大な学術論文をひもとき、延々と料理の試作を繰り返すフードアクティビストが食とグルメにまつわる奥深い世界の情報を発信します。客単価が二極化する飲食店で起きていること、現行のA5至上主義の食肉格付制度はどこに行くのかなどなど、大きな声では言えない話をここだけで話します。

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東京都武蔵野市生まれ。食専門誌から新聞、雑誌、Webなどで「調理の仕組みと科学」「大衆食文化」「食から見た地方論/メディア論」などをテーマに広く執筆・編集業務に携わる。テレビ、ラジオで食トレンドやニュースの解説なども行い、食にまつわるコンサルティングも。著書に『大人の肉ドリル』『新しい卵ドリル』ほか。共著のレストラン年鑑『東京最高のレストラン』(ぴあ)審査員、『マンガ大賞』の選考員もつとめる。経営者や政治家、アーティストの書籍やWeb企画など多様なコンテンツを手がけ、近年は「生産者と消費者の分断」、「高齢者の食事情」などにも関心を向ける。日本BBQ協会公認BBQ上級インストラクター

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