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「安倍さんのご供養のためにも勝ちたかった」。強豪フランスに惜敗したラグビー日本代表のリーチマイケル

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
フランス戦でライン際を爆走する日本代表のリーチマイケル=9日・国立競技場(写真:つのだよしお/アフロ)

 つかみかけていた歴史的勝利が最後に逃げた。ラグビー日本代表(世界ランク10位)はフランス代表(同3位)に15-20で惜敗した。テストマッチの対戦成績は通算11敗1分けとなり、悲願の初勝利は成らなかった。

 炎天下、最高気温32度の9日。国立競技場には5万7011人ものラグビーファンが詰めかけた。午後2時50分のキックオフ直前、前日、凶弾に倒れた安倍晋三元首相を悼み、1分間の黙とうが捧げられた。日本代表のサクラのジャージの左腕には黒テープの喪章が巻かれていた。

 試合後の記者と交わるミックスゾーン。外国人記者に安倍元首相のことを聞かれた日本代表の人格者、フランカーのリーチマイケルは「とてもショッキング。とても、とても、カナシイ」と漏らし、英語で続けた。いつも誠実、実直。

 「(2019年の)ワールドカップの時に安倍さんにはお会いしたことがある。ラグビー、スポーツ全般をサポートしていただいた。偉大な人だった。安倍さんのご供養のためにも勝ちたかった」

 33歳のリーチにとっては、75キャップ(国別対抗戦出場数)目となるテストマッチだった。2008年11月の初キャップ以降、ずっと日本代表の勝利のために189センチ、113キロの体で奮闘してきた。猛タックル、激しいジャッカル(相手のボール奪取)、突進、ボールを持てばマスク姿の観客から「リーーーチ」と声が飛ぶ。

 ◇キックとランの「バランス」を意識

 「バランス」と、リーチはこの日のフランス戦のキーワードを口にした。一週間前のテストマッチ第1戦(●23-42)ではボールをひたすら保持する「ポゼッション・ラグビー」で挑んだ。だが、日本はこの第2戦、キックも織り交ぜ、キックとラン継続のバランスを意識した。

 リーチは言った。

 「蹴る時は蹴って、アタックする時はボールを継続して、トライをとりにいく作戦でした。4、5フェーズ(局面)できれば、必ず(相手ディフェンスの)どこかにスペースができる。でも、そこまで持っていけなかった。連続攻撃ができなかったことがひとつの敗因だと思います」

 「理想的なトライ」と振り返ったのが、前半終了間際の日本のトライだった。自陣でのターンオバー(ボール奪取)から日本がカウンター攻撃を仕掛ける。ラックから素早くボールを出し、左に一気に回した。左ライン際をリーチが20メートルほど激走した。絶妙のタイミングで内側にフォローしたFB山中亮平につなぎ、そのまま左中間に飛び込んだ。ゴールも決まり、15-7で折り返した。

 リーチの述懐。

 「蹴って、蹴って、蹴り返して。チャンスの時にすぐ、攻撃にスイッチするようなアタックでした。あれこそ、理想のトライ、ジャパンが目指すトライでした」

 後半、太陽が傾き、フィールド上は日陰の部分が多くなっていく。日本代表はけが人や新型コロナなどによりチーム編成に苦しんできた。だが、24歳のSH齋藤直人―21歳のSO李承信のハーフ団など、若手とベテラン勢が、わずか5週間の準備期間とは思えないほどのチームワークの良さを見せた。大型フランカーのベン・ガンターの魂のタックルも際立った。

 半面、日本代表はミスも続出した。相次ぐ反則でPGを許した。

 ◇ミス連発。残り9分に許したトライ

 勝負のラスト20分だ。この日5度目のウォーターブレイク(給水タイム)の時、電光掲示板はちょうど「20:00」を示していた。日本は15-13とまだ、2点をリードしていた。

 ハンドリングミスが相次ぐ。汗のためだろう、途中から入った巧者、フッカー堀江翔太がラインアウトでノットストレートを連続して犯した。後半28分には、日本側に信じられないようなミスが起きた。これが勝負のアヤとなる。

 日本が中盤でもらったペナルティーから途中交代のSH茂野海人がタップキック(ちょん蹴り)で速攻を仕掛けた。だが、ノータップだったのか、ポイントの場所が違ったのか、スコットランドのレフェリーは非情にもフリーキックの反則を下した。

 漆黒のひげ面のリーチの顔がゆがむ。

 「あのアタックがつながればトライでしたね」

 直後、相手ボールのスクラムでまたもフリーキックの反則をとられ、そのスクラムを押し崩されてディフェンスが乱れた。リーチのタックルも遅れた。途中交代の相手SHバティスト・クイユーに走られ、ポスト下にトライを許してしまった。残り9分。ゴールも決められ、15-20とされた。

 ◇残り6分の“幻のトライ”

 “たら・れば”はスポーツ界にあって禁句だが、残り6分のNO8、テビタ・タタフの“幻のトライ”も惜しかった。敵陣ゴールライン前のラインアウトからのサインプレーでタタフが相手をはね飛ばしながらインゴールに飛び込んだ。レフェリーも「トライ」を一度は宣告した。

 だが、TMO(ビデオ判定)の結果、ノックオンと判定された。最後に右手からボールがこぼれていたのだった。ジェイミー・ジョセフヘッドコーチ(HC)によると、タタフは右手の親指が骨折し石膏(ギブス)で固めていたそうだ。

 位置的にゴールも安易だったから、ノックオンでトライが帳消しとならなければ、22-20と逆転していたのだが。

 リーチはこう言って、記者の笑いを誘った。

 「TMOなかったら、トライですよね」

 確かに、フランス代表は主力級が来日してはいなかった。でも、欧州王者は欧州王者である。このティア1(世界の強豪10カ国・協会)に勝てば、日本のラグビー史に新たな1ページが加わるはずだった。

 もっとも、ティア1相手にこれほどミスを犯していたら勝てるわけがない。リズムに乗れないのだ。互角にみえたブレイクダウンでも、フランスにうまく絡まれ、球出しのタイミングを遅らせられていた。

 リーチが言葉に実感を込める。

 「ティア1に勝つ準備をしてきた。でも、ボールが滑ったり、ノックオンしたり、相手のブレイクダウンのプレッシャーにミスが続いて…。それがテストマッチ。この経験をプラスにしないといけない」

 ◇いい試合で終わる悪い癖はつけたくない

 かつての日本代表は強豪チームに対し、善戦、健闘が多かった。でも、今は違う。2015年W杯で南アフリカを倒し、19年W杯ではアイルランド、スコットランドを倒し、ベスト8に進出した。リーチの言葉に悔恨がにじむ。

 「負けはすごく悔しい。昔の日本代表のように、“いい試合で終わる”という悪い癖はつけたくない」

 この代表強化シリーズである程度、選手層の厚みは増した。SO李承信ほか、27歳のSO山沢拓也、20歳の2メートルロック、ワーナー・ディアンズら新戦力の台頭。フッカー坂手淳史主将ら新たなリーダーズグループも信頼を手にした。分厚いディフェンスは整備され、スクラムのベース作りはできた。何といっても、代表の強化方針が間違ってないことが確認された。

 一方、課題としては、バランスと個々のプレーの精度、連係、継続、そして「仕留める力」だろう。

 それにしても、リーチはすこぶる元気だ。股関節や足腰、ひざの慢性的な痛みが消え、かつての躍動感が戻った。シンプルに「なぜ?」と聞けば、こう満足そうに返した。

 「そう。元気になってきましたね。ハードワーク、ハードワーク。ハードワークのお陰です。でも、全然、まだまだ。6番としてインパクトをもっと残さないといけない」

 記者会見では、ジョセフHCはリーチに触れ、「みなさんはマイケルのベストを知っていると思う」と言った。

 「今日もカウンターのところでいい仕事をしてくれた。チームのためによきリーダーシップを発揮してくれる選手だと思っている」

 ◇勝ちたい。ただ、それだけ。

 36歳の堀江はこうだ。

 「リーチはいいスね。彼はいつも、自分にプレッシャーをかけて、がんばらなあかんと言いながら、必死こいてやっている。がんばってほしいなと思います」

 何より、リーチの持ち味は実績や現状に満足せず、日々、己に挑戦していることだろう。2015年、19年W杯の日本代表主将なのに、「日本代表のポジションを若手と争う」と言い続けてきた。この向上心、ハングリー精神はなぜ。そう問えば、リーチは最後、即答した。

 「勝ちたい。ただ、それだけです」

 間違いなく、日本代表の地力はついている。秋にはNO8の姫野和樹やCTB中村亮土、WTB松島幸太朗らのけが人が戻ってくる。

 この惜敗の悔しさを糧とし、常に勝利と高みを目指す。リーチも、日本代表も。その視線の先には、秋のテストマッチシリーズ、そして来年のラグビーW杯フランス大会が待っている。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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