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ラグビーの新生・日本代表の成長を予感~FWの円熟コンビ、苦笑の稲垣と笑顔の堀江

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
テストマッチ後のオンライン会見。苦笑する稲垣(左)と笑顔の堀江=25日・筆者撮影

 ラグビーの新生・日本代表がウルグアイ代表に43-7で完勝し、チームとしての成長を予感させた。その原動力がディフェンス力とセットプレー。FWの大黒柱、プロップ稲垣啓太は、「80分間を通し、僕はスクラムが相手にとって脅威になっていたんじゃないかと思います」と充実感を漂わせた。

 「非常に若いチームですが、チームとしてまとまりを感じています。多くの人数が入れ替わったので、(選手同士の)コネクションを取るのに少し時間がかかると正直思っていたのですが、それが取れているなという意識があります」

 25日。福岡・小倉の湾岸に建つミクニワールドスタジアム北九州には1万1664人が詰めかけた。バックスタンド近くの海上には白い船がゆるりとゆく。強い海風が吹いた上、雨上がりのグラウンドとあって、ハンドリングミスが目についたが、日本代表はFW戦で相手を圧倒した。激しいダブルタックル、献身的なハードワーク、強烈なフィジカルコンタクト…。

 試合後、稲垣とフッカー堀江翔太の円熟コンビのオンライン会見には味わい深いものがあった。40キャップ(国代表戦出場数)目の32歳と、67キャップ目の36歳。誠実な言葉には経験とラグビーナレッジ(知識)がにじみ出る。

 稲垣は後半29分、タックルにいった際、右肩が相手の肩よりも上に入ったとして「ハイタックル」の反則でシンビン(10分間の一時的退場)をとられた。だからだろう、左プロップは規律を課題に挙げた。

 「僕自身もシンビンになってしまったので、相手選手には申し訳ないことをしましたし、チームにも迷惑をかけたと思います。しっかり反省して、修正していきたい」

 ベテラン堀江は、後半20分過ぎに途中交代でピッチに入った。よく走り回り、いぶし銀のプレーを見せた。テストマッチ出場が2019年ラグビーワールドカップ(W杯)準々決勝の南アフリカ戦以来、実に3シーズンぶり。代表復帰戦の感想を聞かれると、「久々の試合で」と漏らし、冗談口調で続けた。

 「イエローが出て、一人少ない状態でずっとディフェンスの状況が続いて、まあ、“大変やなあ”と思ったぐらいです」

 隣の“笑わない男”と評される稲垣が頭を下げ、「すみません」と珍しく苦笑いを浮かべた。堀江もつられて笑った。2人の信頼関係ゆえだろう、オンラインの画面には、ほのぼのムードがあふれる。

 堀江は愉快そうに言葉を足した。

 「ハハハ。なんかこう、たくさんの観客の中で、代表として試合ができるというのは、凄く誇らしいなと思います」

 この日、組まれたスクラムは8本(日本ボール2、相手ボール6)だけだった。日本代表ボールは後半の2本だけ。前半のそれはゼロだった。そのことに触れ、稲垣は説明した。

 「マイボールスクラムがあれば、必ず、ペナルティーがとれる段階ではあったと思います。ただ、マイボールスクラムがないというのは、味方がアタックをしていて、よりセットプレーでプレッシャーを相手にかけている結果だと思います。相手ボールのスクラムの時には、プレッシャーをかけ続けていくことが今日の基本(戦略)でしたから」

 言葉通り、前半30分頃のゴール前ピンチのスクラム。左プロップの稲垣らのFWが結束してがつんと組み込めば、相手の右プロップがたまらず崩れて、コラプシング(故意に崩す行為)の反則をもぎとった。

 それにしても、日本代表FWは強く、大きく、逞しくなった。スクラムの安定感には隔世の感がある。試合登録メンバーの数字を見ると、この試合の先発FW8人の平均身長が189センチ、113キロで、ウルグアイの183センチ、106キロを大きく上回る。ちなみに日本代表の2019年W杯のアイルランド戦の先発FWの平均は188センチ、109キロ、昨年6月の全英・アイルランド代表戦では187センチ、111キロだった。

 とくに興味深いのが、先発メンバーのFW第三列(フランカーとナンバー8)の数字である。平均身長は188センチで3試合ともあまり変わらないが、平均体重が2019年W杯のアイルランド戦は108キロ、全英・アイルランド代表戦が110キロで、この日はなんと115キロとなっていた。チーム登録のサイズの正確度はともかく、FW第三列の大型化とセットプレー、コンタクトエリアの優劣は無関係ではあるまい。

 海外出身選手らの図抜けた素材が、リーグワンのハイレベルな戦い、そして3週間の日本代表の強化合宿で鍛え込まれている。ディフェンス力の成長についていえば、ニュージーランド代表の元ヘッドコーチ、ジョン・ミッチェル防御コーチの指導が大きいだろう。日々、チームの結束も強まっている。

 この日の失点はわずか1トライ(ゴール)。2019年W杯時の日本代表との違いを聞かれ、堀江は「ディフェンスは随分、成長しているように感じます」と応えた。

 「ミッチェルがきて、いろんな落とし込みをしてくれていて、それに対して僕らがしっかり勉強して学んでグラウンドで体現できているというのは、ラグビー知識が成長しているというか、選手ひとりひとりがレベルの高いところにあるからだと思います」

 もっとも、ワールドラグビーの世界ランキング(27日時点)を見ると、日本が10位なのに対し、ウルグアイ代表は19位に過ぎない。つまりはランキング通りの結果だった。でも、7月2日(豊田)に対戦する欧州王者、フランス代表は世界ランク2位の強豪だ。主力抜きの来日とはいえ、地力がウルグアイとは違う。とくにスクラム、自在なアタックに自信を持つ。

 稲垣はこう、期待する。

 「(日本代表には)まだまだ伸びシロを感じますね」

 2019年W杯以後、世界の強豪との実戦経験の少なさが日本代表の心配の種のひとつだった。その不安解消へ。経験値アップへ。

 詰めの甘さや精度不足、規律の課題もあるが、日本代表のフランス戦初勝利の可能性はゼロではなかろう。試合展開を想像するだけで、もうワクワクしてくる。どう戦うのか。日本代表の“現在地”が見えてくる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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