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サクラ咲く。全国の地で魅せた修猷魂

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
秋田工の猛攻を粘り強いタックルでしのぐ修猷館(25日・熊谷ラグビー場)=筆者撮影

 修猷らしい『魂のラグビー』だった。全国高校選抜ラグビー大会が25日開幕し、福岡屈指の県立進学校の修猷館が31-10で伝統校の秋田工を下し、14年ぶり2度目の出場で初の初戦突破を果たした。

 埼玉県の熊谷スポーツ文化公園ラグビー場。無観客。空はひたすら青く、周りのサクラは五分咲きだった。修猷館フィフティーンは試合の直前練習の際、西方角の福岡に向かって一礼した。修猷伝統の儀式である。

 ふだんの練習の開始時、終了時にも同じことをする。グラウンド隅にある石碑に向かって。『闘魂碑』と刻まれている。己の闘争精神を奮い立たせるとともに、歴史に対するリスペクトもあるのだった。

 修猷館ラグビー部は1925(大正14)年創部、1949(昭和24)年には国体優勝も遂げた。この日の相手は、全国大会(国体、全国高校大会)で過去6度対戦したことのある秋田工だった。1954(昭和29)年度以来の懐かしい対戦はオールドファンを喜ばせた。

 「勝因はタックル、気持ちが入ってよかったと思います」。試合後、修猷の眞鍋健治監督はうれしそうに言った。笑って続ける。

 「まだまだ魂のラグビーとは言えませんけど…。ヒガシのことを思えば、今日のような魂では勝てないですよ。まだ(魂は)半分でしょ」

 ヒガシとは、福岡の全国大会(花園)常連校の東福岡のことである。チームの目標が『打倒!ヒガシ』。そのために日々の練習はある。この試合もそのひとつ、眞鍋監督は「試金石」と表現した。

 監督はこの日、闘魂碑に一礼した後、珍しく選手たちに声をかけた。選手たちがガチガチに緊張していたからだ。

 「ちょっとリラックスさせようと思ったんです。ことしのチームの一番の強みは明るさなんです。だから、言ったんです。“お前らは楽しんだ時が一番強いだろう。緊張しとる場合じゃなかっちゃなかと”って」

 全九州高校新人大会を勝ち抜いた修猷は、秋田工とはチームとしての練度が違ったようだ。準備はしてきた。ゲームテーマはいつもと同じ。修猷スタイル、「練習でやってきたことを試合で出そう」だった。

 試合序盤。紫紺と白の横縞ジャージの重量FW軍団、秋田工が体格を生かしてコンタクト勝負を挑んできた。これに対し、白と薄いブルーの横縞ジャージの修猷が束となって果敢に出ていく。相手との間合いを素早く詰め、タックル、タックル、またタックル。

 前半10分あたりで秋田工の重圧が弱まってきた。修猷はエースSOの島田隼成主将が先制PGを蹴り込み、前半18分、敵陣22メートルあたりのマイボール・ラインアウトのチャンスを得た。うまくモールをつくって押し込む。1年生SHの塚本航が狭い方の左ブラインドサイドを突き、SO島田にパス、島田がタックルをかわしてインゴールに走り込んだ。ゴールも決まって、10-0とした。

 修猷はその後、セットプレーでは劣勢に回った。確かにラインアウトはスローイングが乱れたが、モールディフェンスで健闘、スクラムでは押されながらもよく耐えた。1年生プロップの鈴木麗、目原庚之佑が我慢して、マイボールを生かした。SO島田のキックを生かしたエリアマネジメント、ナンバー8米倉翔の突破、そして粘り強いタックルでリズムをつくった。

 前半は、10-3で折り返した。勝負のアヤで言えば、後半4分のトライが大きかった。相手のミスキックを捕って修猷が攻める。ナンバー8の米倉が大幅ゲイン。右にフォローしたSH塚本が俊足を生かして中央にトライした。ゴールも決まり、17-3とした。

 相手に1トライを返されたが、秋田工の反撃を分厚いディフェンスでしのいでいく。こぼれ球への反応もいい。勝負どころのラスト10分。パワーで押されながらも、運動量と結束力では上回った。とくにロック原田恒耀のハードワーク、1年生CTBの志賀祐平のタックル、修猷卒の偉人、緒方竹虎と同じ名前のWTB嶋田竹虎の奮闘は光った。

 後半24分。自陣でタックルからターンオーバー。敵陣ゴール前のスクラムから右オープンに回し、SO島田がCTB志賀に渡すと見せて、鋭利鋭く切れ込んできたWTB嶋田にパス、そのままインゴールに駆け込んだ。ダメ押しのトライ。

 終了間際、SO島田が短いキックを秋田工ゴールライン際に落とし、相手がキック処理にもたつくところ、島田がインゴールでボールを押さえた。

 その後、島田がボールを外に蹴り出して、ノーサイドとなった。両手を突き上げ、跳びあがって肩を抱く修猷フィフティーン。「まだ1勝」との声も出た。

 眞鍋監督は「生徒に感謝しています」としみじみと漏らした。

 「うれしいですね。多くの人が喜んでくれるのはいいなって思います。生徒がよく成長してくれているのが、ほんと、ありがたくて…」

 成長の部分とは?

「チームとして、技術の部分も、メンタルの部分も、です。ラグビーに向かう姿勢を含めてですね。生徒たちには、自信がどんどんついてきています」

 公立校のため部員は2年生12人、1年生14人の26人(その他には2年生の女子部員1人、マネジャー4人)とさほど多くはない。しかも部員の3分の1はラグビー未経験者という。チームとしての成長を言えば、学校やOB会の環境面のサポートも見逃せない。

 一昨年夏、ラグビー部などが使用する校庭が人工芝になった。修猷の渡邊康宏部長は「好影響はむちゃくちゃあります」と言う。

 「まず準備と後片付けに時間がかからなくなりました。そして、クッションがいいので足腰が鍛えられます。昔の砂とは違うので、プレーの質が変わりました。タックルの踏ん張り、コースチェンジなどプレーにメリハリをつけることができるようになりました」

 また眞鍋監督の高校同期で、九州電力で活躍した元日本代表の川嵜拓生氏も仕事をしながらコーチに来てくれるようになった。毎日1時間程ウェイトトレーニングをしてグラウンド練習するようになり、からだもたくましくなってきた。

 昨秋の全国大会(花園)の福岡県予選決勝では東福岡に大敗した。“花園キップ”をとるためにはこの分厚い壁を破らなければいけない。選手個々の才能では勝てないだろう。では、どこで勝負するのか。

 「最狂(さいきょう)」とのチームのモットーがある。いわばラグビーのシステムや戦術論の理屈には収まり切らない闘志の爆発だろう。これは、日々の泥臭い練習と、実戦の喜びや悔しさからしか生まれない。

 もちろん修猷館×秋田工戦のノスタルジーなど、選手たちには無縁だろう。ただ、ことしのシーズン、選手たちは「今」に生きている。

 眞鍋監督は短く言った。

「この勝利は、秋に向けて、ヒガシへの最強チャレンジャーになるための試金石となるのかなと思っています」

 最強かつ最狂。視線の先には、『打倒!ヒガシ』が見えている。経験は宝である。2回戦の相手は、優勝候補の桐蔭学園(神奈川)。一つひとつのプレーに魂を込め、チャレンジすることにこそ意味がある。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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