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「元年」と「進化」。黒星発進も、早大ラグビー・大田尾新監督は手応え「初戦としてはやれたんじゃないか」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
初さい配で手応えをつかんだ早大の大田尾竜彦新監督(上井草G=撮影:森田博志)

 相変わらずだ。腰が低い。穏やかな口調、照れたような笑み。グラウンドに大声が響くこともない。あくまで自然体。目標を聞けば、覇権奪回を託された早大の新監督、大田尾竜彦は「要は、ふたつの軸の達成です」と言葉に力を込めた。

 「ラグビーの“荒ぶる”と、人間性の成長のふたつの軸を追うのがワセダですから」

 荒ぶる、とは、大学日本一になった時だけに歌うのが許される勝利の部歌である。もうひとつの軸が、学生スポーツゆえの「人づくり」だろう。「人として、リーダーになるための社会性を伸ばすというところの軸、それを可視化していきたい」

 キーワードが『元年』と『進化』である。ヤマハ発動機のコーチから母校の指揮官に就任した大田尾新監督はこう、言葉を足した。

 「ニューワセダじゃないですけど、新たな組織でやっていこうという元年と、新たな気持ちでラグビー日本一になるという、いろんな意味を含めた最初のトシということです。とにかく進化をし続けなければいけません」

 だから、新監督は、初陣となる9日の関東大学春季大会の開幕戦、東海大戦の前に学生にはこう、言った。「ことし、変わろうという意志のあるプレーをみたい」と。スローガンの『Be Hungry』を実践するがごとく、早大は昨季のリーグ戦王者に対し、挑みかかる気概を随所に見せた。

 上井草の早大グラウンド。試合中、選手から、「ストラクチャー(構造)!」という掛け声が飛んだ。接点でからだを張ることは当然として、アタックでは自分たちの型を意識しろという意味だろう。結果は26-48、トライ数が4本対7本だった。

 敗れはしたが、この時期の公式戦は、何より学生たちが何かを感じることが大切である。自分たちのチームの長所、課題、あるいは彼我のフィジカル、体力、パワーの差…。勝負のポイントとなったスクラム、接点ではさほどヒケをとらなかった。

 試合翌日の10日、オンラインでのインタビュー。試合録画をチェックした大田尾監督は「ま。勝ちたかったですけど」と漏らし、こう静かに続けた。

 「率直なところ、練習すれば、来週にでも取り消せる(相手の)トライが2本はありました。(東海大の)大きいフォワードに対し、そんなに圧倒されるほどではなかった。初戦としてはやれたんじゃないかという印象です」

 新監督は試合後、学生にはこう、伝えたそうだ。「やってきたことについては収穫があった。今までやってきたことを、これからも、ぶれずにやっていくだけだから」と。

 新型コロナ禍の中、チームは対策を徹底しながら、練習を積んできた。部室などのすべての建物においての学生の滞在時間と人数を制限し、体調管理のアプリは全員スマートフォンにインストールすることにした。グラウンドに入る前の体温チェック、手指の消毒もマストである。

 相良南海夫前監督からバトンを引き継いだ大田尾新監督はまず、全部員との1対1の面談を実施、チームミーティングも2度、開いた。「クラブミーティング」と「荒ぶるミーティング」。前者のミーティングで早大ラグビー部のカルチャーを確認し、後者のミーティングではラグビーそのものにフォーカスした。

 「ミーティングの質にはこだわりたい」と、新監督は強調した。「やはり、東海大や帝京大などと比べると、いろいろなものがないと思う。じゃ、どうやってチームを強くするかというと、ラグビーナレッジ(知識)、理解力を上げることにこだわりたい」

 その荒ぶるミーティングでは、昨季の大学選手権決勝の天理大戦を検証した。ひと言でいえば、ブレイクダウン、接点で圧倒された。大田尾監督はまず、なぜ、早大が負けたのかを解説した。「要は、からだをまだ、使えてなかったということです」

 上半身の力に頼り過ぎて、レッグドライブ(足のかき)が足りなかった。下半身の力を使っていなかった。その課題を克服するため、今季、ヤマハ発動機でも指導した1996年アトランタ五輪レスリング銅メダリストで早大OBの太田拓弥さんを招聘した。

 週2日、今後は午前6時からの早朝練習におけるレスリング指導で、学生たちはからだの使い方を改善していくのである。太田さんの指導は定評のあるところ。この指導は密集戦で効果を発揮することになるだろう。

 素材は悪くない。主将のCTB長田智希は13番の位置から12番に、副主将のプロップ小林賢太は3番から1番へ。これは学生の持ち味をより生かすためのポジション変更である。また東海大戦の後半には、ルーキーのNO8佐藤健次(桐蔭学園高)も出場し、非凡なところを発揮した。

 今後、学生たちをいかに切磋琢磨させ、選手層を厚くしていくのか。いかに個人のフィジカルや技量、ラグビーナレッジ、理解力を高めるのか。

 自身の描いた海図に間違いはない。ラグビーというゲームを見抜く眼力には自信がある。しかも、その航路は学生にも分かるよう、可視化されている。

 例えば、ファイブ・フォースだ。チーム力の大枠として、「アタック」「ディフェンス」「セットピース」「ブレイクダウン」「フィットネス」の5つの要素を提示した。

 大田尾監督の説明。

 「東海大戦でいうと、セットプレーのラインアウトが安定しなかったらどうするのか。たとえ、セットプレーがダメでも、アタック力で相手を圧倒すれば勝つじゃないか。アタックがダメでも、ディフェンス力でしのげるじゃないか。次の手、さらに次の手を持ったチームじゃないと、優勝はできないんです」

 覚悟は見えた。楽しいですか、と聞けば、39歳は小さく笑った。「楽しい。想像以上に忙しいですけど、楽しいですよ」。早大の新監督が、大学ラグビー界に新たな風を吹き込むのは確かだろう。   

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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