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「楽しいラグビー人生だった」ロック北川俊澄、引退

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ロスタイム、日野は意地のトライを挙げた。北川俊澄(右)もガッツポーズ(日野提供)

 <北川としずみ選手、18年間、おつかれさまでした! 勇気と感動をありがとう!!>―。緊急事態宣言が発出された25日、東京・秩父宮ラグビー場のスタンドに赤地に白字の横断幕がひろげられた。トップリーグのプレーオフ・トーナメント2回戦の日野レッドドルフィンズ×トヨタ自動車。今季限りで引退する日野のロック、40歳の北川俊澄に感謝を示すものだった。

 日野がペナルティーキックをとったあと、試合終了のホーンが鳴った。スコアは24-49、もう勝敗の帰趨は決まっていた。でも日野はトライを狙いにいく。タッチに蹴り出し、右サイドのラインアウトに持ち込んだ。ラスト・ワンプレーだ。

 世界規格の身長195センチ。北川がクリーンキャッチした。もう何百回、何千回、跳んできただろう。そのラストとなる綺麗なキャッチングだった。日野はそのままドライビングモールをつくり、ぐりぐり押し込んでいく。最後はフッカー郷雄貴がインゴールにボールを抑えた。意地のトライ。北川も破顔一笑、右手を突き上げた。

 直後のコンバージョンキック。北川がチームメイトから勧められ、ゴールを狙った。スタンドからのあたたかい拍手を受けながら、40歳は右足を振りぬいた。ボールは右側にそれた。29-49でノーサイド。周りの選手から肩を抱かれ、北川は顔をくしゃくしゃにした。絵に描いたようなラストシーン、実にハートフルな光景だった。

 試合後のオンライン会見。北川は「ゴールキック(コンバージョンキック)は今までの人生で一度も蹴ったことがなくて」と照れた。

 「“やりたくない、やりたくない”と言ったんですけど、みんながすごくプッシュしてくれて…。やっぱりありがたいことでした」

 海外の試合では引退が決まっている選手に最後のコンバージョンキックを託す習慣があると聞く。なぜ、北川選手がキッカーを? と聞けば、オーガスティン・プル共同主将はジョークを口にした。

 「今週、キタがこっそりゴールキックの練習をしているのを見たことがある。(今日は)隠れたつもりだったかもしれないけれど、からだがでかくて全然隠れていなかった」

 それにしても、ラストゲームの相手が古巣のトヨタ自動車になるとは。これも縁である。北川はトップリーグが創設された2003年度にトヨタに入社し、16シーズン過ごしたあと、系列会社の日野自動車に移籍してきた。実にトップリーグ18年である。

 日本代表キャップ43。いつもからだを張り、ワークレート(仕事量)は高かった。とくにラインアウト、モールの芯となって、愚直にからだを相手にぶつけてきた。

 スタンドの記者席からみると、ノーサイド直後、泣いているように見えた。試合後、少し泣いているように見えましたが、と水を向けると、北川は笑顔を浮かべた。

 「まだ現実的に引退するという実感はないんですけど、ほんとうに楽しい試合をさせてもらったなと思っています。あの~、泣いていたか、泣いていなかったかというと、決して泣いてはいません」

 では、どんなラグビー人生でしたか。

 「もちろん、しんどいときもありましたけど、トータルで見て、ほんとうに楽しいラグビー人生だったなと思っています」

 いつも誠実、実直、朴とつ、そして謙虚。大事にしているコトバが「好きなことを楽しむのが一番」である。実に味わい深いフレーズではないか。

 「だって、スポーツの原点はやっぱり、楽しむことだと思うので」

 だから、北川は大好きなラグビーに没頭してきた。トヨタ自動車ラグビー部を退部後、日野から誘いを受け、現役続行にも踏み切った。日野にエナジーを加えた。

 「やっぱり16年間、ひとつのチームにいたあと、新しいチームに行くのはすごく難しいと思いました。ゼロからキャリアを始めるつもりでやってきました。もう会社とか、チームの選手とか、スタッフのみなさんとかには感謝しかありません」

 感謝、感謝のラグビー人生だった。こっちだってそうだ。キタさん、ありがとう。スタンドの垂れ幕の言葉がファンの思いだろう。

 <18年間、おつかれさまでした! 勇気と感動をありがとう!!>

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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