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どしゃぶりの雨の中で見たファンへの感謝ーラグビートップリーグ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
雨の中、スタンドに向かって手を振る日野の選手たち(千葉・柏の葉公園総合競技場)

 世の中、何が起こるかわからない。でも、だからこそ、ラグビーのコア・バリュー(価値)、「リスペクト」を大切にしたい。周りへの感謝である。来年、新リーグ発足をめざすラグビーで言えば、ファンへの感謝である。

 13日のラグビーのトップリーグでは、3試合が予定されていたが、2試合が荒天で中止となった。千葉・柏の葉公園総合競技場では、NECグリーンロケッツ―日野レッドドルフィンズが午後2時キックオフで行われるはずだった。どしゃぶりの雨の中、両チームは天然芝の緑のグラウンドで試合前練習に打ち込んだ。雨脚は強くなる。

 ともに今季、勝利なし。初勝利にかける意気込みが練習から伝わってきた。ただ、キックオフ直前になって、遠くから雷の音も聞こえてきた。と、「試合開始を遅らせます」のアナウンスが流れた。「2時40分頃、試合をするかどうかを決定します」。だが、さらに雨は激しくなり、またも雷が聞こえた。

 一度は、「3時10分にキックオフすることになりました」のアナウンスもあったが、結局、3時10分過ぎ、落雷の可能性を考慮して中止となった。雨の中、スタンドでは、NECファンの緑色、日野応援の赤色の雨ガッパを着た人々が辛抱強く待っていたのだが…。

 ま、われわれのようなメディア関係は、しょせん仕事だから段取りが乱れるだけだ。けれども、冷たい雨でクツまでびしょ濡れになったファンのことを考えると、気の毒で仕方がない。ざっと目視で1千人か。残念そうにゾロゾロと帰っていく。

 と、その時、豪雨の中、NEC、日野の両チームの選手たちがマスク姿でばらばらとグラウンドに駆け足で出てきた。ゴールライン裏のスタンドの方まで行き、ファンに手を振り、頭を下げ、こう叫びだした。

 「ありがとう」

 ファンサービスとはちょっと意味合いが違う。ファンへの感謝だった。こんな雨の中、試合開始を待ってくれてありがとう。試合がなくなってゴメンナサイ。また応援に来てください。ありがとうって。からだは冷えていたけれど、心温まるシーンだった。何ということのないシーンであろうが、こちらは胸を打たれたのである。

 トップリーグとしては、試合中止は苦渋の決断だっただろう。太田治チェアマンはこう、コメントをリリースした。「会場にご来場いただいたお客様と選手の安全を最優先に判断いたしました。本日の試合を楽しみにお待ちいただいていたお客様には大変申し訳なく思っております。現在、代替試合の実施可否を検討しております。決まり次第、改めてご案内いたします」

 リーグ規約では、代替試合ができない場合、引き分け扱いで、両チームに勝ち点2が与えられることになる。

 トップリーグもだが、NECも日野も「ファンに愛されるチーム」を目指している。それは、選手がプレーでファンを楽しませるだけではない。試合外でも、感謝を持ってファンとの交流を図る。ファンを大切にする。

 この日の選手たちの行動はチームスタッフか選手自身の小さな決断だったのだろうが、その精神こそが貴いのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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