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なぜ大学ラグビー決勝は1万7千人でも大丈夫なのか?

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ラグビー大学選手権決勝、早大×天理大の舞台となる国立競技場(写真:長田洋平/アフロスポーツ)

 素朴な疑問、政府の緊急事態宣言下での新型コロナウイルス感染対策として5千人というイベントの観客上限制限が出ているのに、なぜラグビー全国大学選手権決勝(11日・東京・国立競技場)は約1万7千人(前売りチケット販売分)が大丈夫なのか。なぜサッカーやラグビーの全国高校選手権決勝が無観客なのに、大学選手権決勝は政府指針を上回る有観客が許されるのか。そこがよく、わからない。

 8日、日本ラグビー協会の岩渕健輔専務理事のオンライン記者会見に参加した。その判断の合理的な理由を質問したら、同専務理事は「政府の皆様方、関係者の皆様のアドバイス、ご意見をいただきました」と言って、こう説明してくれた。

 「ラグビー協会としても、感染症対策のアドバイザー、メディカル部会の先生方、こういった方々のご意見も参考にし、かつ多くの人が集まるマスギャザリング(集団形成)に対する感染に対してどこまで対策することでどううまく対応することができるかを検討しました。結論として、政府、東京都、関係者の皆様と話をして、(前売りチケット販売分の)1万7千人については、そのまま進めても構わないというお話をいただきました」

 政府の指針によると、緊急事態宣言の対象自治体で開催される各種イベントは、「入場者数の上限が収容人員の50%か5千人の少ない方」と設定されている。国立競技場(収容4万8千人)の場合、上限は5千人となる。ただ岩渕専務理事の説明では、この指針は販売済みの前売りチケットには適用されないとの政府見解を得たとのことだった。

 そこで、日本協会は感染対策に万全を期したうえで実施という判断に至った。大学選手権の決勝は早大―天理大の好カードとなった。政府の指針ではスポーツイベントの実施については制限していないのだから、特に試合をすることには問題はない。

 岩渕専務理事は「スポーツというのは、みなさんの応援があってのもので、応援がなければできないと思っています。そういう中で、スポーツに対するいろんな意見があると思います」と話す。日本協会としてもまた、苦渋の決断だったに違いない。5千人以上の観客をスタジアムに入れるかどうか。大学ラグビーはプロスポーツではない。さほど興行としての収支にこだわる必要はなかろう。ラグビーファンであれば、前売りチケットの払い戻しに怒る人はそう、いないのではないか。

 ファンはテレビ中継を通して、応援することもできよう。少なくとも、政府の指針を守るべきではないか。政府が特例として前売り分はいいという見解を出しているからとは周囲が納得するのかどうか。要は、みんなで守ろうと言っているガイドラインなら、みんなで守ったらどうなのだろう、ということなのだ。

 新型コロナの感染拡大の中、懸命に日々、苦労している医療従事者、エッセンシャルワーカーの方々がいる。みんなで新型コロナウイルスを収束させるため、自粛、我慢、努力している人々もいる。例えば、全国大会に出場した高校ラグビー部員の保護者などが大学選手権の決勝のスタンド風景をテレビで見たらどう考えるのか。

 ラグビーのコアバリュー(価値)のひとつに「discipline(規律)」がある。規律とは、集団において守るべきものは守る、集団や機構の秩序を維持する決まり事をいう。

 岩渕専務理事はこうも、言った。

 「我々ラグビー協会が一方的に決めるのではなく、選手、ファン、関係者、すべての皆様の協力をいただいて、ワンチームになってもう一度、(新型コロナを)乗り越えていきたいと思っています」

 ワンチームの礎は、エビデンス(証拠)に基づいた説明責任の遂行、了解、互いの信頼であることを忘れてはならない。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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