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「メイジ、アリガトウ!!」明大・箸本主将の敗戦後のつぶやき

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
「前へ」、突進する明大・箸本主将(写真:森田直樹/アフロスポーツ)

 これぞメイジのプライドか。もう試合終了を告げるホーンは鳴った。スコアが明大15-41天理大。勝敗の帰趨は決していた。だが、相手ゴール前のスクラムで反則をもらうと、明大のナンバー8、箸本龍雅(りゅうが)主将は迷わず、スクラムを選択した。

 全国大学選手権の準決勝(2日・秩父宮ラグビー場)。試合後のオンライン会見。なぜ? そう聞かれた箸本主将は静かに振り返った。

 「もう、メイジのこだわりです。メイジの前に出る気持ちが、そのスクラム選択になりました。僕の選択というよりは、チーム全体の選択だったと思います。絶対に前に出て、押してやろうという感じで、スクラムを選択しました」

 結局、このスクラムからのボールはこぼれ出て、天理大にターンオーバーされてタッチに蹴り出された。ノーサイド。冬の早い夕暮れは薄暗く、ナイト照明が点灯していた。記者席から双眼鏡をのぞくと、紫紺のジャージの8番はおだやかな顔をしていた。

 涙はない。白色のマウスピースを口の端にくわえ、表情を崩すことはない。相手とのエールの交換が終わると、喜びを爆発させる天理大の主将、フランカー松岡大和と肩と合わせて勝利を祝福し、この試合で暴れまわったCTBシオサイア・フィフィタと健闘をたたえ合った。

 なぜ、試合直後、おだやかな表情を? 会見ではこんな質問も出た。箸本主将は「何か、う~ん」と漏らし、静かな口調で続けた。

 「4年間振り返って、メイジでグラウンドに立たせてもらって、ほんと自分を成長させてもらえる環境に身を置かせてもらって、明治大学に感謝が強かったのと…。キャプテンなので、応援してくれたみなさんに、なんか、そういう(泣き)顔を見せたくなかったというか、最後まで自分らしさというのを貫くことを意識していました」

 これが矜持なのだろう。どこか日本代表主将でナンバー8だった箕内拓郎さんや菊谷崇さんと同じ雰囲気を醸し出す。とくに感情を表に出すわけでもなく、泥臭く、激しいプレーでチームを引っ張る。基本に忠実。この日も、自慢の突進だけでなく、ピンチでは懸命にタックルに戻っていた。倒れては、すぐに立ち上がり、また走っていた。

 許したトライは6本。その度、インゴールでは「力強いディフェンスからしっかり前に出ようと話をしていました」という。スクラムで劣勢に立ち、ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)の“セカンドマンレース”(二人目勝負)では後手に回っていた。

 箸本主将の述懐。

 「メイジはセットしてしっかり前に出るディフェンスをやりたかったんですけど、相手の個人が強いというのもあって、セットする前の段階でボールを出されて、ノミネートできないまま、相手にアタックをされてしまいました。次の接点でもセットはできず、前に出られないという状況で、相手の力強いボールキャリア(保持者)にどんどん前に運ばれて、という連鎖になってしまいました」

 悪循環をたどる。スクラム、ラインアウト、ブレイクダウンと前に圧力をかけられないと、明治の破壊力は半減する。やりたいことができず、修正もできず、箸本主将は「してやられたという感じでした」と声を落とした。

 つらい1年だっただろう。新型コロナウイルスの影響で活動自粛を強いられ、チーム練習再開は遅れた。チーム力としては、エースSO山沢京平の負傷による戦列離脱は痛かった。ただ箸本主将は焦らず、うろたえず、今季のチームスローガンの『One By One』(一歩一歩)に徹した。『小事大事』をモットーとする箸本主将は、慶大戦(昨年11月1日)で苦杯を喫すると、部員には私生活での規律を求めた。

 チームに規律があれば、おのずとラグビー部全体の一体感は増す。練習では、試合メンバーだけでなく、Bチーム、Cチーム、Dチームのやる気にも気を配った。チーム力は高まり、伝統の早明戦(12月6日)では早大に完勝した。

 ただ大学選手権の準々決勝の日大では圧勝しながらも、内容は満足できるものではなかった。主将として、どんな1年だったのか?

 「チームはつまずくときもありましたけど、自分たちなりに主体的に取り組んで解決策とか、どう対応していくのかということを話し合って遂行してきた1年間だったと思います。そんな中で、リーダーとして引っ張るというところでは、まだまだ自分の未熟さを感じました」

 謙虚、真面目なのだ。まだ成長途上。188センチ、107キロ。才能は文句なしだ。将来の日本代表選手として期待のかかる箸本は卒業後、トップリーグでの飛躍を誓う。

 箸本主将は敗戦から約8時間後の深夜、ツイッターにこうツイートした。

 <4年間本当に明治大学でラグビーができてよかったです。たくさん成長させていただきました。これからも次のステージで成長していけるように頑張っていきます。メイジ アリガトウ!!>

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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