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スクラム結束! 明大が帝京大に逆転勝ち

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
相手を押し崩して反則を奪った後半7分の迫力スクラム(秩父宮=撮影:長尾亜紀)

 いわば全集中のスクラムである。明大フォワードにとって、これはプライドの象徴だった。明大が押す。マスク姿の観客から手拍子の渦が巻き起こる。対抗戦連覇をめざす明大が、難敵の帝京大に逆転勝ちし、1敗を堅持した。

 22日の秩父宮ラグビー場だった。明大は前半、19-23ともたついた。時折、技術の未熟によるハンドリングミスで球を失う。一時は16点のビハインドを背負った。

 だが後半に地力を発揮し、39-23とした。試合後のオンライン会見。明大の田中澄憲監督は「メイジらしさを出すことができました」と安ど感を漂わせた。

 「前半は(選手が)半信半疑でプレーしている感じでした。でも、後半、フォワードですね。スクラム、モールでもう一回、(原点に)帰ってこられました」

 明大は後半、頭から、スクラムの要のフッカーを代えた。身長180センチの田森海音から、スクラムワークのいい174センチの三好優作へ。スクラムを組み込んだ後、FW第一列が沈み込むことができるようになった。後ろ5人のウエイトが相手に伝わっていく。

 1トライを返した後、後半7分の相手ボールのスクラムだった。地点が、相手陣の22メートルライン間際の左中間。「メイジ、いこう!」「メイジ、いこう!」の声がとぶ。まず組み勝った。相手がボールを投入した瞬間、左プロップの中村公星、フッカーの三好、右プロップの112キロの村上慎のFW第一列がパックをぎゅっと締める。フッカーが右プロップに寄っていく。

 紫紺と白のジャージーのかたまりが前に出る。足をかく。明大の右プロップ村上が右手で相手の左プロップを押し上げる格好でさらに前に出た。右フランカーも村上のでん部にウエイトをうまくのせた。

 帝京大フォワードはたまらず、8人がばらけた。コラプシング(故意に崩す行為)の反則をもぎとり、ターンオーバー(ボール奪取)となった。明大の面目躍如だった。「どうだ」とばかり、FWがガッツポーズを繰り出す。ロックの片倉康瑛にいたっては、両手を突き上げ、晴天の秋空を仰いで吠えた。

 このPKをタッチに蹴りだし、ゴール直前のラインアウトからモールとなって押し込んだ。怒とうの連続攻撃から、またも相手の反則を奪った。あえてゴール前5メートルのスクラムを選択した。ぐいぐい押し込んで、相手FWが崩れた時、主将のナンバー8、箸本龍雅が右サイドに持ち出し、右中間に右手1本でボールを押さえた。

 明大が31-23と差を広げた。箸本主将は「後ろのナンバー8の位置から見ていて」と満足げな言葉を続けた。

 「一列目の選手たちが前半のスクラムを通して、後半には“やれるぞ”と自信を持っていたのです。その自信が大きい。いいチャレンジをしながら、いいスクラムを組めたということです」

 もちろん、ラグビーはスクラムだけではない。ただスクラムで優位に立つことで、明大は動きが俄然、よくなる。11月1日の慶大戦では土壇場で逆転負けした。ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)で後手に回った反省から、練習では2人目の寄り、攻めでの立ち位置、フォワード同士のコミュニケーションを意識してきた。

 球際の動きが改善され、FWが孤立することが少なくなったからだろう、慶大戦で12個を数えた明大の反則はこの日、わずか4個に激減した(帝京大は16個)。

 明大はFWが前に出れば、バックスも力を発揮する。マン・オブ・ザ・マッチに輝いたSH飯沼蓮やSO森勇登、WTB石田吉平、FB雲山弘貴らが走り回った。

 ことしはコロナ禍の影響を受けた異例のシーズンである。どの大学も準備期間が短く、チーム作りは遅れている。とくに明大の課題はスクラムの強化だった。FW第一列のレギュラーが3人とも卒業したからだった。

 だが跡を継いだプロップ、フッカーには覚悟があった。FW第一列の選手たちは練習以外でも危機感を共有してきた。

 箸本主将が説明する。

 「去年の1、2、3番の先輩が抜けて、残っている選手たちには責任、自覚が芽生えたのです。明治はスクラムを強くしないといけないと。夕食前の時間など、プライベートの時間にプロップやフッカーたちが集まって、スクラムを強くすることを考えてきました。全然、戦えるスクラムになっているんじゃないかと思います」

 チーム作りが遅れている分、どのチームもメンバー編成に苦労しながらもどんどん成長している。シーズンの開幕が遅れたことで、試合はタイトなスケジュールにもなった。前の日体大戦(11月7日)は相手に新型コロナ感染者が出たため、不戦勝となった。「1試合なくなって体力面で有利に働きましたか?」と記者に聞かれると、田中監督は「それはないんじゃないですか」と即座に否定した。

 「(試合キャンセルで)試合よりもきつい練習をしていましたから。ふだんの練習の積み重ねがゲームにつながるので。1週、(試合が)空いて、体力的にラクというのはないかなと思います」

 マスク姿の田中監督は右隣の箸本主将を向いて、こう、話しかけた。

 「な。結構、週末、ね、厳しい練習をしたもんな」

 箸本主将が軽妙な言葉を返し、ラグビー場の記者席でノートパソコンの前に座る記者を笑わせた。

 「はい。今週は水曜日まで、からだが(疲労で)バキバキでした」

 明大は12月6日の早大戦(秩父宮)に連覇を賭けることなった。意気込みを聞かれると、田中監督は淡々と答えた。

 「とくに特別なことはないです。僕たちはまだ、成長過程にいますので。小さいことをしっかりと積み上げていくだけじゃないかと思います」

 学生ラグビーはチームの成長の度合いが大きい。推進力は心の持ち様、挑戦する気概だろう。明大が“スクラムを押せば試合に負けることはない”とひとつ、自信をつかんだ。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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