なぜ奇跡は起きたのかー「国際スポーツイベント成功の舞台裏、鶴田友晴著」

国際スポーツイベントの成功の舞台裏(鶴田友晴著、ぴあ刊)

 もう1年が経つのか。あの日本中を熱狂させたラグビー・ワールドカップ(W杯)日本大会が開催されて。その大会を運営したラグビーW杯2019組織委員会事務総長代理をつとめた元電通執行役員の鶴田友晴さんが、自らが経験した国際スポーツイベントの運営ノウハウを一冊の本にまとめた。『国際スポーツイベント成功の舞台裏』(ぴあ)である。

 鶴田さんは、2002年のサッカーW杯日韓大会の日本組織委員会の事業警備局長もつとめた。私の知る限り、世界三大スポーツイベントといわれるサッカーW杯とラグビーW杯の両方で組織委員会幹部をつとめたのは、日本では、ただ一人だろう。つまりは、国際舞台の酸いも甘いも知り尽くした、スポーツビジネス界の第一人者といってもいい。

 そもそも、サッカーW杯とラグビーW杯において、国内競技団体と国際統括機関との関係は大きく異なっている。この本によると、国際サッカー連盟(FIFA)は2002年サッカーW杯の際、日韓各々の組織委員会に約100億円ずつの運営協力金を支給した。だが、ワールドラグビー(WR)は2019年ラグビーW杯では、逆に、日本組織委員会に9600万ポンド(約135億円)の“保証金”を求めた。

 ふたつの国際統括機関の財政事情の違いゆえだが、当然、大会の収支構造は異なっていた。鶴田さんにより、その詳細がつまびらかにされている。WRとホストユニオンの日本ラグビー協会との開催契約書は「不平等条約」みたいなものだった。これで、よくぞ、約68億円の黒字になったものである(2002年サッカーW杯は約55億円の黒字)。なぜ、奇跡は起きたのか。この本を読めば、裏でどんな苦労があったのかがわかる。

 私も、ラグビーW杯組織委員会の広報戦略長を一時つとめていたから、スタッフの奮闘ぶりを少しは知っている。鶴田さんとも一緒に仕事をさせてもらった。組織とは人だ。組織委員会の実質的なリーダーは嶋津昭事務総長で、鶴田さんら幹部がサポートした。国の省庁や地方自治体の職員、民間企業、専門職(プロパー)のスタッフが加わり、大会の準備から本大会まで運営に尽力した。

 開催自治体の担当者もしかり、である。ラグビーW杯日本大会の成功は、日本代表の活躍と大会組織委員会、開催自治体のがんばりにあるとみている。

 この類の国際スポーツイベントにおいて、大会運営における最高意思決定権者は常に主催者(国際統括機関)である。大会日程および競技スケジュールの決定はもちろん、マーケティングルール、競技実施体制の構築、組織委員会の役割まで、ラグビーW杯においてはWRが決定する。実は組織委員会の“組織編成”や“幹部人事”までもWRの承認マターだった。

 こういったWRの介入は、「チケット価格の決定、大会マスコットの決定、チームキャンプ地の選定、会場改修計画などなど数え上げたらきりがない」と書かれている。組織委員会は、WRの勧めにより、30人ほどの外国人スタッフを採用したともある。言語、文化の違いから、時にあつれきが起きた。オブラートに包みながら、鶴田さんは「コミュニケーションの難しさを痛感した」と記している。

 開催都市との関係、役割分担、あるいは大会本番での観客サービス、飲食の問題、リスク対応など丁寧に具体的に振り返っている。台風19号が日本に上陸したとき、3試合をどういうプロセスで中止とし、どういった対応をしたのか。組織委員会の中枢にいなければ書けないことがつづられている。

 鶴田さんは、最後の章で、「今後の国際スポーツイベントの招致についての提言」を行っている。ラグビーW杯の再招致のほか、たぶん今後、数多くの国際スポーツイベントの日本招致が計画されることだろう。そこで鶴田さんは課題を4つ、挙げている。「大会収支計画」「開催契約の吟味」「大会運営の組織づくり」「戦略的招致」―。

 鶴田さんは一見、紳士然としているけれど、スポーツビジネスの運営になると顔つきがかわる。仕事はシビアだ。ただ、そこにはスポーツやスポーツイベントへの「愛情」がある。今後、国際スポーツイベントに携わる人、地方自治体の担当者、あるいはスポーツビジネスに挑む若者に手に取ってほしい一冊である。