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運動部学生をハッピーにするため、コンプライアンス徹底を―UNIVAS池田専務理事

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
コンプライアンス徹底を訴える池田専務理事=UNIVAS提供

 あなたはユニバスをご存じだろうか。ユニバース(宇宙)ではない。全国221校が加盟する大学スポーツの統括組織、『UNIVAS(ユニバス=大学スポーツ協会)』のことである。真夏日の19日のオンライン・インタビューだった。素朴な疑問。ユニバスは何のためにあるのですか、と問えば、池田敦司専務理事は眼鏡の奥の柔和な目をさらに和ませながら、「シンプルにいえば」と口にした。言葉に滋味がにじむ。

 「がんばっている運動部学生をハッピーにするためにあるのです」

 だからだろう、池田さんにとって、学生を不幸にした過日の日本大学ラグビー部の元ヘッドコーチの不祥事はショックだった。指導者のコンプライアンス(倫理・法令遵守)、大学のガバナンス(統治・管理)はユニバスの課題でもある。感想は?

 「まさにあってはならないこと、非常に残念なこと、です。なぜ、こうなってしまったのだろうと思いを巡らせました。日本の古い習わしかもしれませんが、上下関係が根底にあるのではないでしょうか」

 63歳の池田さんはかつてプロ野球・東北楽天を運営する楽天野球団の副社長を務めていたことがある。その時、大リーグ球団から日本に戻ってきた斎藤隆選手から印象的な言葉を聞いたそうだ。「リスペクト・イーチ・アザー(Respect each other)」と。

 「斎藤隆さんが、いろいろなフィロソフィー(哲学)をチームに持ち込んでくれたのです。そのひとつが、リスペクト・イーチ・アザーでした。互いに尊重する。分かりやすく言えば、ワンチームなんですよ。その基本がお互いを尊重することなんです。コーチだって、選手をリスペクトしなくては」

 日大では2年前にアメリカンフットボールの不祥事もあった。池田さんは、今回のラグビー部の不祥事には3つの問題があったと指摘する。1.ヘッドコーチ本人の問題、2.なぜそのコーチを起用したかという部の問題、3.大学がどう責任をとるのかというガバナンスの問題―である。こう、言葉を足した。 

 「おそらく表面化したのは氷山の一角で、全国の大学には同様の問題があるのかもしれません」

 “日本版NCAA(全米大学体育協会)”とも表現されるユニバスには大学スポーツのビジネス化を図る狙いもあろう。マーケティングとは価値の創出であり、スポーツマネジメントとはスポーツの価値の最大化を図ることでもある。ならば、まずは大学スポーツの価値を毀損する体罰・暴力などの不祥事は撲滅しなければならない。

 池田さんの問題意識としては、コンプライアンス、スポーツ・インテグリティ(スポーツにおける高潔性・誠実性・健全性)を守るため、各大学のガバナンスをどう整備してもらうのかだろう。それゆえ、スポーツ庁主導でユニバスが2019年3月に発足し、大学のスポーツ分野を一体的にマネジメントする「大学スポーツアドミニストレーター」の配置が促されてきた。ただ、まだ30数校か。

 「運動部をどのような体制にもっていくのかは大学の意志の問題になります。その意志決定を促す役割をユニバスが果たさなければならないでしょう。運動部の伝統や自主性を守りながら、大学のガバナンスをきかしてもらう。難しさはありますが、まずは大学の意識改革が必要ですね」

 そのため、ユニバスでは昨年度から学長懇談会を始めた。大学のトップ層と直接コミュニケーションをとって、ガバナンスの重要さの理解、浸透を図るためである。学長の意見は様々だが、池田さんは「大多数は何かを変えていかないといけないという考えは共有できています」という。

 ユニバスの活動はあまり目立たないが、実は発足直後から、「学業充実」「安全・安心」「スポーツ振興」を目指し、大学のスポーツ担当者、部活動の主将、主務を集めた各種研修会や運動部の運営手引書の配布などを実施してきた。スポーツ界全体の発展を考えるならば、大学スポーツの充実はマストだろう。運動部学生の就活に向けたデュアルキャリア研修や大学スポーツの価値の拡大も。

 「ガバナンスとデュアルキャリア、安全・安心といったインフラ的なものを整備しつつ、大学スポーツをコンテンツとしてどう価値向上させていくのか、でしょう。アスリートのがんばりをどうやって社会に伝えていくのか、その橋渡しをしないといけないのが私たちの大きな使命だと思っています」

 つまりは大学スポーツのブランド力アップ、新たな大学スポーツ文化の創出か。例えば、ユニバスでは、多種多様な競技の全国大会の熱戦の様子の無料動画配信サービスをホームページで展開している。これは学生から好評を博しているそうだ。「トライアスロンで表彰台に立った学生が自分の動画をくださいと言ってきたのです」と、池田さんはうれしそうに教えてくれた。

 「何に使うのと聞いたら、就活の時の自己アピールに使いたいって。ダウンロードして、すぐ動画を提供しました」

 それにしても、無料配信とはもったいない。有料にすればいいのではないか、と言えば、池田さんは小さく笑った。

 「まずはコンテンツの価値を上げないといけません。知ってもらうことが大事なのです」

 まだ発足2年目のユニバスの課題は山積である。スポンサーなどを集め、ビジネス感覚が薄かった大学スポーツ界の風潮を変え、どう自己財源をつくっていくのか。どう大学スポーツの価値を高めていくのか。はたまた、どうユニバスの周知を図っていくのか。

 このところ新型コロナウイルス禍による運動部の活動制限、感染対策もあって、課外活動とはいえ、運動部に対しても大学のガバナンスが求められる傾向が強まっている。こういう時こそ、ユニバスの出番かもしれない。

 最後にもう一度、ユニバスの存在意義は? と聞けば、池田さんは言葉に力をこめた。

 「硬く言うと、大学スポーツの復権という言い方もできます」

 ただ軟らかく言うと、やはり真夏でも汗を流してがんばっている運動部学生を幸せにするためである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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