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信頼回復、そして愛されるチームへー箕内・新HCの日野が練習再開

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
日野の新HCに就任した箕内氏(昨年6月の栗田工業戦・秩父宮=日野RD提供)

 部員の不祥事で活動を自粛していたラグビートップリーグの日野レッドドルフィンズが6日、チーム練習を再開した。2大会連続でラグビーワールドカップ(W杯)日本代表主将を務めた箕内拓郎さんが新ヘッドコーチ(HC)に就任。「まだコロナ禍の中ですけれど、こういう形で活動が再開できたことを、素直にうれしく思います」と言葉にヨロコビを漂わせた。

 信頼回復に向け、苦難の船出といっていい。3月上旬に所属選手(当時)が違法薬物容疑で逮捕されて4カ月。もし七夕の短冊に願い事を書くとしたら、と聞かれると、44歳の新HCは苦笑しながら短く即答した。

 「“チームの再建”です」

 雨の6日午前、オンラインでのインタビューだった。日野市の日野レッドドルフィンズのクラブハウス。この日は、ソーシャル・ディスタンスや感染予防を施した中でグループ別のトレーニングがはじまった。

 ただの筋力トレーニングでも、部員たちには練習ができることに感謝して、今を大切に充実させようという思いがあふれている。いわばラグビーができる幸せか。自粛期間、箕内HCもいろいろと考えたそうだ。

 「自分たちは何ができるのか。自分たちを見つめ直したり、今後、どういうふうにラグビーをしていくのか、どういう風に信頼を回復していくのかを考えたりする時間でした」

 箕内HCにとって、自身が所属するチームでの不祥事は初めてだった。「ラグビーというチームスポーツが、世の中に与える影響が大きいんだなと感じました」と漏らす。

 「当たり前ですが、日本人だろうが、外国人だろうが、しっかりと(法律は)遵守しないといけない。一部の選手が犯した過ちによって、たくさんの人がプレーする機会を失うことになりました。事件によって失われたものはひとつだけじゃない。いろんな人のラグビー人生を変えることにもなりかねないんです。過ちの代償は非常におおきいのです」

 例えば、元日本代表の佐々木隆道選手は自粛中、静かに現役を引退、チームを離れた。

 2年前、「地域密着」をうたい、チーム名から「自動車」を外し、自治体名を用いた「日野レッドドルフィンズ」となった。日野のファンの熱量は年ごとに上がっていった。でも、その大事な、大事な地元ファンの期待を裏切る格好となった。信頼を失った。

 「チームは急速に強化を進めてきて、しっかり結果もついてきたんです。でも、本当に応援されるチーム、愛されているチームなのかというと、こういう問題を起こしてしまっては…。僕らは、誰からも愛され、誇りに思っていただけるチームになるため、地道な活動をしていかないといけないのです」

 だから、チーム作りはまず、意識改革から着手した。自粛期間中、部員は日野市内の清掃活動にボランティアで従事してきた。箕内HCも雨の中、日野駅前のゴミを拾ってまわった。意外とゴミって落ちているんですね、と箕内HCは述懐した。

 「あまり経験するものじゃないですけど、僕らはポジティブに取り組みました。やっぱり、しんどいなという顔をしてやるのはよくないでしょ。明るく、元気よく。そちらのほうが市民の方にとっても気持ちがいいでしょ」

 素朴な疑問。愛されるチームになるためにはどうすればいいのか。

 「まずは内面的な部分からしっかりとラグビーに取り組むことだと思います。社員選手なら社員として、プロ選手なら社会人として、自分の生活をしっかりとし、自分のやるべきことに取り組むことが大事かなと。清掃活動にしろ、薬物防止活動にしろ、全力で取り組ませていただいています」

 箕内HCは自粛中、過去の試合の録画を見ることもあった。パートナーシップを結ぶ強豪クルセイダーズ(ニュージーランド)のコーチ陣ともオンラインミーティングで情報共有も試みた。再開した豪州やNZのリーグの試合を見ると羨ましくてしかたがない。

 「まだ練習再開したばかりなので」と小声で言いながらも、箕内HCは感慨深げだった。

 「我々としては、活動できるだけでもありがたいんです。チーム全体として、感謝しているんです」

 そういえば、箕内HCのモットーは『No Pain、 No Gain(痛み無くして前進なし)』である。だから、チームの窮地にHCを引き受けた。「いい意味で成長できるタイミングだと」。いつも泰然自若、モノに動じない好漢はコロナ禍で改めて学んだ事があると口にした。「思いやり」「コミュニケーション」と。

 「ソーシャル・ディスタンスでは相手との距離を保たないといけない。相手のことを思いやったり、考えたりすることがより大事だなと思うのです。コミュニケーションも密にはとれない。顔を合わせて喋るのは極力抑えないといけない。だからこそ、より重要になる」

 加えて、愛されるチームづくりを土台とし、10年後、20年後にしっかりと受け継がれるチーム文化も醸成したい、と強調する。日野レッドドルフィンズには、タフな男、いい男が集まっている、と感じる。箕内HCは「やっぱり、人がチームをつくっていく」と言った。タフな人間は大事な局面でもチームメイトを裏切らない。逃げない。あきらめない。

 ファンに愛されるためにはやはり、チーム強化もマストだろう。どうするのか。

 「いまいる人材が、100%の力を出す中で、ゲームプランをつくっていく。意識改革することで、まずは今のプレーのクオリティを変えることを一番に手を付けないといけない」

 他のトップリーグチームは戦力強化を進めている。例えば、サントリーには、NZオールブラックスのSOボーデン・バレットが入団する。その話を振ると、「(リーグが)注目されるのはうれしい」と笑った。

 「彼が来ることで、当然、観客数も増えるでしょう。ラグビーに興味を持つ人も増えるだろうから、ラグビーに関係する人間としてはうれしいです。できれば、彼には日本を満喫して帰ってほしいなあ」

 自分たちが目指すチーム作りがしっかり進めば、結果はおのずとついてくる。チーム独自の文化が醸成されれば、日野ならではの戦い方も周りに発信できることになる。

 「喜びの中で(一体感を)共有してもらうのがサイコーのことじゃないかな」

 チームの目的のひとつが「誰からも愛されるチームになること」なら、思い描く姿はチームの勝利のあと、満員に膨れたスタンドから流れる祝福の拍手か。掛け声も飛ぶだろう。「ヒノ、ヒノ、ヒ~ノ!」と。

 「僕は、愛されるという意味では、周りの人を笑顔にするためにやらないといけない。観客席で喜んでいるファンの姿を見たいし、それを見て喜んでいる選手の顔を見たいなと思うんです」

 まずは信頼回復。その先にはファンと一体の勝利の姿。オンラインの画像ながら、箕内HCの目には覚悟がみえた。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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