Yahoo!ニュース

ラグビー具智元 夢は40歳までスクラム

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ラグビーW杯のスクラムをにこにこ笑顔で振り返る具智元(撮影:齋藤龍太郎)

 まさか、こんな時代がやってくるとは。先のラグビーワールドカップ(W杯)での日本代表の躍進のことではない。これまで、「縁の下の力持ち」と形容されていた地味なフロントロー陣が、スポットライトを浴びていることである。右プロップの「グーくん」こと、25歳の具智元(Honda HEAT)はいつもの、にこにこ笑顔で言った。おおきなエクボ。

 「ほんと、うれしいです」

 木枯らし吹いた11月某日。鈴鹿サーキット場そばのHondaアクティブランド(三重県鈴鹿市)のHondaラグビー部のクラブハウス。前日は大阪でのテレビ出演、この日は雑誌の取材が立て続けに入っていた。

 天然芝のグラウンドでの雑誌の写真撮影ではさすがに顔に疲労の色が浮かんでいた。心配するこちらの声には、「全然、大丈夫です。ラグビー選手としたら、うれしいことですから」と明るく笑った。

 ラグビーW杯で人生が変わった。いや、周りの対応が変わった。メディア対応の合間に「第二のふるさと」という大分県佐伯市に凱旋もした。中学、日本文理大学付属高校時代に4年間を過ごしたまち。「地元に帰って、一番びっくりしたのは」と教えてくれた。

 「自分の出身の小学校ではないですけど、小学生90人から手紙をもらったんです。お礼の挨拶に行ったら、小学3年生ぐらいの子が、廊下を歩いている自分を見て、フルネームで“あっ、グ・ジウォンだ”って。ぽちゃりした男の子で。すごくうれしかったです」

 まちを歩けば、80歳ぐらいの高齢の女性からも「グーちゃんだ」って、涙ぐまれたそうだ。「スクラム、感動しました」とのファンレターも。誠実、朴とつ、実直。気は優しくて、力持ち。愛嬌ある風貌もあって、誰からも好感を抱かれるのだろう。

 もちろん、それも、ラグビーW杯の奮闘があったからである。日本代表の5試合すべてに出場した。とくにハイライトのアイルランド戦の前半35分のスクラム。相手ボールのスクラムを押し切って、コラプシング(故意に崩す行為)の反則をもぎとった。うれしくて、うれしくて。派手なガッツポーズも見せた。

 パソコンで試合の動画を一緒に見ながら、細かい話を聞いた。ガッツポーズのシーンには「最初は恥ずかしくて、(その映像は)スキップしていました」と苦笑する。

 「今だから、見られるんですけど…。(ガッツポーズは)気づいたら、やっていました。僕の人生でサイコーのガッツポーズです」

 責任感も強く、スコットランド戦の前半に脇腹を痛めて交代する時は号泣した。

 「高校の時からの夢だったワールドカップ出場で、ずっと準備してきました。なのに、結構早い時間で交代して、チームに迷惑かけてしまったのです。もう(W杯に)出られないという気持ちもあって」

 アジア最強プロップといわれた元韓国代表の父・具東春(グ・ドンチュン)さん譲りの素材は文句なしだ。184センチ、122キロ。スクワットが250キロ。モットーが『一生懸命』。日本代表の長谷川慎スクラムコーチの思いやりのある指導を受けて、どんどん強くなった。

 巷でよく耳にする、「慎さんのスクラムとは?」と聞けば、しばし考え、こう説明してくれた。

 「8人で組んで、待ったら負け、です。ヒットもそうですけど、押されるのを待つのではなく、自分たちから攻めていく。相手より、いいポジションでセットしてから、こっちが100%、相手は70%の窮屈な姿勢をつくらせるスクラムです」

 むろん、W杯での充実したスクラムは、ハードワークの成果でもあった。つぶれたギョウザ耳からも努力の跡がうかがえる。どんな大会でしたか?と問えば、言葉に実感を込めた。

 「ワールドカップのため、がんばって準備してきました。とくにこの1年間はすごく、きつくて、きつくて、大変だったんですけど、“がんばって、よかったなあ”って思います。達成感のある大会でした」

 そう言うと、具は顔をくしゃくしゃにした。

 「この喜びを味わえるのなら、もう一回、きつい合宿をやってもいいです」

 W杯で活躍した松島幸太朗(サントリー)福岡堅樹(パナソニック)の両ウイングは『ダブル・フェラーリ』と呼ばれた。では、「具さんのイメージを車に例えると?」と聞くと、具は「プロップは力強い感じだから、ブルドーザー」と笑った。

 「いや、愛車のステップワゴンですか。(FWの人数と同じ)8人乗りですし。ステップワゴンでお願いします」

 それでは、あえて自分を動物に例えると。「ゾウです」。即答だった。父の現役時代のニックネームがゾウだった。大学時代、先生から「ゾウ」と呼ばれたこともあるそうだ。

 「大きくて、強いイメージだから」

 W杯の活躍で責任感も増した。ラグビー人気をいかに拡大していくのか。

 「これからもラグビーをがんばっていかないといけない。もっと応援してもらうためには、Hondaの選手としてトップリーグで、そして日本代表で、ワールドカップぐらいのオモシロい試合を見せていかないといけません」

 夢は。

 「ラグビー選手として、40歳ぐらいまでやることです」

 えっ。あと15年。ラグビーが好きなのだ。そういえば、先のW杯で活躍したロックのトンプソン・ルークは38歳だった。ならば、具は再び、日本で開催されるラグビーW杯に出場できるかもしれない。「一生に一度だ」ではない。W杯日本大会出場が「一生に二度」ということも。

 それは無理です、無理、と笑って、真顔で言葉を足した。

 「Hondaでがんばって、日本代表でもがんばって。また日本代表に選ばれるよう、いいパフォーマンスをして、4年間、いい経験を積んでいきたい。4年後(のW杯)は、もっと上にいけるよう、自分のレベルアップをしないといけないです」

 人気に浮かれることはない。どこまで強くなるのだろう。W杯で自信をつかんだ具智元が、さらにパワーアップしていく。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

松瀬学の最近の記事