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苦渋の決断も選手にはアンフェア-ラグビーW杯、台風で2試合中止

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ワールドラグビーと大会組織委員会が試合中止を発表(写真:ロイター/アフロ)

 大型台風接近のため、12日(土)のラグビーワールドカップ(W杯)のニュージーランドーイタリア(愛知・豊田)、イングランドーフランス(横浜)が中止されることになった。試合中止はW杯初。大会を主催するワールドラグビー(WR)と大会組織委員会による苦渋の決断だが、これで1次リーグ敗退が決まったイタリアはショックを隠せなかった。

 「こんな決定はおかしい」と、イタリアのセルジョ・パリッセ主将は記者会見でコメントした。W杯5大会連続出場の36歳。

 「日本に台風が来るのは珍しくないのだから、(中止ではなく)他のやり方を用意していないのはおかしい。素晴らしいチームと試合をする機会が失われたことはつらい。もしニュージーランドがこの試合で勝ち点4か5を取らなければいけない状況だったら中止にならなかっただろう」

 つまり、アンフェアだと主張しているのである。イタリアの選手に対してのリスペクトを欠いているのではないのか、と。

 確かに中止決定に不備はない。大会規定には「プール戦に予定していた試合日に開催できない場合、翌日に延期することはせず、試合中止とみなす。試合結果は引き分けと宣言され、各チームに勝ち点2ずつ付与されるが、得点記録はなし(0-0)とする」とあり、選手ほか観客、大会を支えるスタッフ、ボランティアらの安全、および試合運営などを判断した場合、中止はやむをえない決断だっただろう。興行面ではなく、安全が一番大事なのである。

 だが、イタリアの選手の立場に立てば、やはり試合をやりたかったはずである。この大会でラグビー人生に終止符を打とうと考えていた選手もいただろう。何か対応策はなかったのか。試合日を11日(金)に変更するとか、14日(月)などに順延するとか、あるいは場所を屋根付きの開閉式スタジアム(例えば大分、神戸)などに移すとか。

 今回の中止決定について、1995年W杯で優勝した南アフリカ代表主将のフランソワ・ピナール氏が英衛星放送「スカイ・スポーツ」で興味深いコメントを発している。「天候による勝敗決定はアンフェア」と。

 コメントのベースは、自身の1995年大会の準決勝の経験にある。6月17日、ダーバンはキングズパークスタジアム。夜の試合は、豪雨により、中止が検討されていた。もし中止になれば、大会規定により、1次リーグで退場者を2人出していた南アの敗退になる危険性があった。

 実はこの試合、筆者も記者席でずぶ濡れになりながら取材した。雷が鳴り、豪雨もひどく、グラウンドは泥田のごとくドロドロで、「もう中止だな」と思っていた。でも、キックオフが何度か遅らされ、結局、1時間余遅れで試合は強行された。

 豪雨下の死闘となった。自分の中では名勝負として記憶されている。南アが終盤、フランスの猛反撃をしのぎ、19-15で逃げ切った。あの時のボロボロの取材メモを振り返れば、フランスのベルビジェ監督のコメントが記されている。

 「グラウンド状態が悪く、選手はシャンペンを飲んでプレーしているようでフラフラだった」

 ただ、彼らは少なくとも、グラウンドでプレーすることができた。今回のイタリアは戦うことのできないまま先に進めないのだった。

 話を戻す。今大会の規定では、決勝トーナメントの試合はこういった場合、代替会場で実施することになっている。試合日程の問題もあって、1次リーグと決勝トーナメントの扱いが違うのである。ここは、今後、検討の余地はあろう。

 今回の中止決定で、幸運にも、1次リーグB組のニュージーランドとC組のイングランドは試合をせずして1位突破を決めた。フランスはC組2位となった。いずれも準々決勝に向け長い準備期間を確保できた。が、イタリアは不運に泣いた。選手たちの心中は察して余りある。

 一方、13日(日)の日本―スコットランド(横浜)など4試合は現時点では行う予定となっている。

 もちろん、天候はどうしようもない。ただ今回の中止決定は規定上、妥当な判断なれど、ラグビーW杯に禍根を残すことになるのではないか。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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