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ダン・カーター効果とは

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
神鋼を変えたニュージーランドの英雄、ダン・カーター(右)(撮影:齋藤龍太郎)

 これぞ、ダン・カーター効果である。2015年ワールドカップ(W杯)イングランド大会で2連覇に貢献したニュージーランドの英雄が、神戸製鋼のスタンドオフとして、トップリーグ初出場を果たした。精度の高い安定したプレーでチームに勝利をもたらし、約1万8千人の観客を沸かせた。

 「オールブラックス、だてじゃないと思い知らされました。観客の方も楽しんでくれたと思います。やっぱり、“ダン・カーターってすごいな”って」。試合後の記者会見。神鋼の橋本大輝ゲーム主将はそう、ため息交じりに漏らした。

 ニュージーランド代表(オールブラックス)112キャップ、世界最多の通算1598得点。そのプレーをひと目見ようと、金曜日の夜、ラグビーファンが続々、東京・秩父宮ラグビー場に詰めかけた。王者サントリーとの好カードとはいえ、前売り指定席は完売するほどの人気を博した。まさにDCデー。

 36歳とはいえ、カーターのプレーは際立っていた。スピードの切れはともかく、基本通り、ゴールラインに真っすぐ立ってプレーする。パス、ラン、キックと、常に2、3の選択肢を持ちながら、判断よくラインを動かしていく。相手にスペースがあればすかさず突いていく。小柄ながらコンタクトは強いし、倒されてもすぐに立ち上がる。

 サントリーから神鋼に移籍して、この日、カーターとハーフ団のコンビを組んだSHの日和佐篤が振り返る。

 「(カーターは)からだが真っすぐなんです。何をするのか僕自身もわからない時がある。ディフェンスはしにくいと思います。それと、細かいスキルがすごく上手です。基本的なことをしっかりしています。コミュニケーションもよくとってくれて、うまくリードしてくれます」

 驚いたのは、そのハードワークである。勤勉さである。オールブラックス経験者の本能と言ってもいい。とくに危機意識。ラスト3分。サントリーが意地の反撃に転じ、センター梶村祐介が突破した際、ゴール前で最後にタックルしたのはカーターだった。相手のノックオンを誘ったのだが、タックルから立ち上がる動作の速いこと速いこと。

 敗れたサントリーの沢木敬介監督が脱帽する。現役時代、日本代表のSOも務めたことのある名選手。

 「素晴らしい教科書が日本にきました。スペースに対する判断がはやくて…。キック、パス、ラン、すべての判断力がすばらしい。日本ラグビーにとってはプラスになるでしょう」

 カーターはもちろん、神鋼を変えつつある。戦力としてもだが、チームのマインドセット(心構え)、練習態度、私生活での規律などの部分でも。実はこれが大きい。

 橋本ゲーム主将が「スポーツ選手として尊敬する部分がとても多い」と教えてくれた。

 「私生活から、ふだんの練習に取り組む姿勢だったり、試合に向けた姿勢だったり。すべてにおいて、24時間、プロ意識の高い選手なんです。それを、みんなに教えてくれて、いい影響を与えてもらっています」

 練習でもハードワークに没頭するそうだ。日和佐もこう、漏らした。

 「(カーターの)練習がすごい。自分でやることをしっかりやります。練習が終わっても、ひとりでずっと練習しています」

 当のダン・カーター自身はおごることがない。この日、1トライ2ゴール4PGの計21点を挙げ、「マン・オブ・ザ・マッチ」にも選ばれた。カーターはこう、言った。

 「マン・オブ・ザ・マッチはどの選手がなってもおかしくなかった。チームメイトに感謝の気持ちを伝えたい」

 英雄は会見で「ハードワーク」という言葉を何度も口にし、こうも言葉を足した。

 「これまでの実績は関係なく、新しい国、新しいチームに入ると、自分のプレーをもう一度、最初から懸命にしないといけないと思っています。まずはチームメイトからのリスペクト(敬意)を得ないといけません。そう思って、ハードワークしています」

 チームメイトからのリスペクト。いいフレーズである。確かに優等生的な発言ではあるけれど、カーターの人柄、誠実さが会見場にはあふれていた。記者の数はざっと百人。テレビカメラが6台、並んだ。

 ダン・カーターは「テストマッチの試合後の記者会見みたいですね」と表情を崩した。そう笑わせて、こう締めくくった。

 「記者のみなさんの仕事は、ラグビーの情報を多くの方に伝えることだと思います。ラグビーワールドカップまで、もう12カ月しかありません。ぜひとも、いろんな情報をどんどん伝えていってください」

 自然と拍手が巻き起こった。さすがDC。ダン・カーターの使命は、神鋼を日本一にすることだけでなく、日本ラグビーを盛り上げることにもあるのかもしれない。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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