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初昇格・日野の挑戦「All for One」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
初昇格のTL初戦の相手と握手する日野・村田主将(左)(20日:撮影・齋藤龍太郎)

 ラグビーのトップリーグが31日に開幕する。“台風の目”となりそうなのが、唯一の初昇格チームの日野レッドドルフィンズである。チーム名称から社名を外し、「おらがまちのチーム」を標ぼうしながら、ベスト8を目指す。今季のチームスローガンが「All for One」―。

 「One for All、All for One」とはラグビーではよく使われるフレーズだが、新主将のフランカー村田毅は「僕はこの言葉がメチャ嫌いだったんです」と打ち明ける。どこにいっても耳にする言葉だったからだが、昨年度、NECから移籍してきた村田は日野でプレーするうちに考えが変わってきた。

 「“All for One”って、本当はひとつの目標のためにという解釈を聞いた時、これはいい言葉だなと思ったんです。いろんな背景を持った日野のみんなにとって、ぴったりだと思ったんです」

 確かに日野ほど多様性に富んだチームはないかもしれない。チーム59選手中、プロ契約選手と社員選手が混在する。チームの強化策として、積極的に国内外から補強してきた。サントリー時代にTL優勝経験を持つフランカー佐々木隆道らに加え、今季は2015年ワールドカップ日本代表のフッカー木津武士(神戸製鋼)、元トンガ代表のニリ・ラトゥ、元ニュージーランド代表のSHオーガスティン・ブルらが加入した。特別な輝きを放つ新人ウイング竹澤正祥(日大)も加わった。

 まさに多士済々。ひとつにまとめるのは難儀かもしれないが、そのベクトルがひとつに向かえば、とてつもないパワーを生むだろう。目標のOneは「ベスト8」という。ひとつにまとめるためのキーワードを問えば、村田主将は「リスペクト」と即答した。

 「うちのチームにはリーダーがたくさんいるので、頼るところは頼って、自分らしくリードし、みんなにそれぞれの限界を突破してもらいたいのです。僕は周りの意見を聞くというより、リスペクトの気持ちを忘れずに泥臭くやっていくことが大事だと思います」

 村田主将はNEC時代、社員選手としてハードワークしてきたので社員選手の気持ちは分かるだろう。トップリーグのレベルの高さ、厳しさも肌で知っている。だから、「こんなチームでトップリーグを戦っていけるのか」とチームメイトにハッパをかけ続けてきた。『現状不満足』をモットーとする29歳。「誇りと覚悟を持ってシーズンに臨む」と言い切るのだった。

 「トントントントン、日野の2トン」のキャッチコピーで知られるCMのごとく、日野は近年、トントン拍子で強くなってきた。1950年創部。昨季はトップリーグ入れ替え戦に初挑戦し一発でリーグ昇格を決めた。就任5年目、53歳の細谷直監督は硬い顔つきで口を開いた。

 「常にチャレンジですね。日々、足を止められない。コツコツ、コツコツ、しっかり積み上げていくことが大事ですよね。あまり焦らず、しっかり一段、一段、(階段を)上がっていきます」

 チームが一番成長した部分を聞けば、細谷監督は「プレー面でないところでいうと、競争心です」と言った。

 「いろんなところから選手が集まっているため、競争度は確実に高まっています。もちろん日野のスタンダード、ラグビーのポリシーをしっか理解してもらって、日野のカラーでプレーしてもらいます」

 日野カラーといえば、チーム理念として、『知力、スピード、フットワーク』を掲げる。プレースタイルでは、安定したスクラム、ラインアウトのセットプレーを基盤とし、バックスがワイドに展開していく。加えて、我慢強いディフェンス。当然ながら、トップリーグのチームはフィジカル、フィットネスが高い。いばらの道となるかもしれないが、細谷監督は「これまで体感したことのない領域の戦いが待っていると思う。でも、フィジカルのところで絶対、逃げちゃいけない」と語気を強めた。

 日野自動車は創業の地でもある東京・日野市と地域に密着したチーム作りを進めてきた。ことしから、日野自動車という社名を使わず、「日野レッドドルフィンズ」を新たなチーム名とした。英断だろう。

 細谷監督は「将来的なビジョンを見据えてのステップだと思う」という。

 「地域一体との方向性は同じでも、やっぱり日野市の力の入れ方が変わってくるでしょう。僕らの意識も変わります。スローガンのAll for Oneの“One”は、ベスト8の目標だけでなく、地域、日野、ステークホルダー、チームといった意味もあるでしょう」

 企業名を外したラグビーチームがどう、地域の人々を巻き込んでいくのか。市民のトップリーグの観戦機会の拡大や、ラグビー教室、交流イベントの開催なども検討されていくだろう。また新しいスタジアム建設の構想も浮上している。

 地域との一体化も、チームをひとつにするのも、一番の特効薬は日野がトップリーグで勝つことである。村田主将も、細谷監督も、「わくわくしている」と漏らした。フレッシュな日野レッドドルフィンズがトップリーグに多大な刺激を与えるのは確かだろう。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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