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芸術もスポーツも。己の限界に挑むヨロコビ。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
魂を込めた自らの作品といっしょの岡部文明さん(15日・国立新美術館で)

芸術の秋、スポーツの秋である。週末、東京・六本木は総ガラス張りの国立新美術館でひらかれている『独立展』をのぞいた。「ピエロの画家」として知られる元ラガーマンの岡部文明さんの楽しい絵を見るためだった。

独立展の2階の展示コーナーに入ると、なぜかパッと空間が明るくなった。壁には、水色を基調とした100号のピエロの絵と、ピンク色をベースとした130号の絵が上下に飾られていた。どちらも、真ん中にピエロが笑いながら踊り、周りには無数の人や動物たちが戯れている。愉快なのだ。

「ピエロは人間を凝縮したものだと思います」と岡部さんは言う。ピエロを主題に描き始めて約43年。

「最初はピエロって楽しいな、絵を描くって楽しいなというヨロコビだけでした。喜怒哀楽のヨロコビですね。それから、どんどん描き続けていくうちに世の中のことが気になりだして絵にも取り入れていったんです。イカリやカナシミ…。でも、この歳になって、ピエロの原点、真髄に戻ったんです」

真髄は、話を聞かなくても、絵を見ればわかる。ピエロのミッション。「人々に笑ってもらうこと」である。みんなに幸せな気分になってほしい。共存、共生、つまり平和を実感してほしいということだろう。

ピンク色を基調とした130号の絵のタイトルが『鳥と戯れるピエロ』。「これは、いままでの長い道のりの中でうまく描けたという作品ですね。“ヤッター”って。思い通りに描けた。さらにもっと楽しい絵を描くぞ、世界中の人に見てもらうぞって」

岡部さんは来月、68歳の誕生日を迎える。高校時代、ラグビーの練習中に首を骨折し、車いす生活を送りながらも絵筆を握り続けてきた。故郷の福岡にやってきたサーカスとの出会いが人生を変えた。光が見えた。道化に徹しながらも、どんな人のココロも豊かにする姿に感銘を受けたのだった。

以後、絵を必死に学び、欧米やロシアを旅して、約5百人のサーカスのピエロと交流を重ねてきた。ピエロを主題に創作活動を続け、2011年ラグビーワールドカップ(W杯)期間中には開催地ニュージーランドで個展を開いた。地元で絶賛された。

じつは、大ケガからのリハビリ中、病院に見舞いにきて勇気づけてくれたのは、来日中のラグビーNZU(ニュージーランド学生選抜)の選手たちだった。キラキラ輝く思い出である。岡部さんはスポーツを通じた人の輪、「スポーツの持つチカラ」を信じている。

芸術の持つチカラも、スポーツの持つチカラも「生きるヨロコビ」だと思っている。スポーツのチカラを聞けば、岡部さんは「(絵の持つチカラと)よく似ていますよ」と柔和な笑みをうかべた。

「ぼくはガッツでラグビーをやっていました。絵を描くときも同じです。絶対、完成させるぞ、いい絵を描いてやるぞって、そう目標を持つんです。ラグビーもそうでしょ。例えば、ジャパンなら、絶対相手に勝つぞって目標を持つでしょう。目的意識ですか。さらに上を狙う、さらに自分を高めようとする姿勢、それだと思います」

すなわち、自己実現、進歩するヨロコビである。「成長していくということですか」と確認すれば、岡部さんは「いや、人は成長しないといけないのです」と言った。

「スポーツのチカラとは、人間の極限に挑むことのヨロコビでもあるのでしょう」

絵を愛し、スポーツをラブし、己の道をどうどうと生きる。3年後、日本に思い出のラグビーW杯がやってくる。

「昨年のラグビーブームを、2019年に向けて、もっともっと大きくしていってほしい。おもてなしが大事ですね。盛り上がるようにしてほしい」

独立展は24日(月)まで。芸術の秋、スポーツの秋、人生のヨロコビと楽しさを描いた岡部さんのピエロの絵に触れてはいかがでしょうか。ココロがおどります、きっと。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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