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感謝に満ちた笑顔もスポーツの力!

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
ファンを感謝の気持ちで見送るセコム選手。右端が山賀総監督(撮影:長尾亜紀)

体育の日にスポーツの持つ力を考える。この感謝に満ちた笑顔も、そのひとつではないか。9日の東京郊外の日野自動車総合グラウンド。ラグビーのトップリーグの下部リーグ、トップイーストリーグの日野自動車×セコムの試合後、ラグビー界随一のエンターテーナー、“山ちゃん”こと山賀敦之・総監督を先頭にセコムのラグビー部員がグラウンドの帰り道に並んで、大きな声を張り上げていた。

「ありがとうございまっす!」

この日は午前中にひどい雨が降った。午後のキックオフの時には雨が上がり、簡素なスタンドには約400人の熱心なファンが足を運んでくれた。ほとんどがホームの日野の応援だった。試合は、日野が57-0で完勝した。

アウェーのセコムはこれで今季4連敗となった。でも、山ちゃんと、ジャージ姿のセコム選手はファンの帰り道に「花道」をつくった。「ほんとうは勝った方がいいんですけど」と、山ちゃんは苦笑いを浮かべた。

「せっかくの休み、しかも天気が悪い中、試合に来てもらったんです。いや、来ていただいたんです。ファンは大事にしなきゃ。“ヒノノニトン”と描かれたTシャツの(日野ファンの)人が多くて…。こんなにボロボロやられても、笑顔で僕らはお見送りするのです。ありがとうございますって」

セコムはかつて、トップリーグで戦っていた。だが、2006年に同リーグから陥落、不況のあおりを受け、09年、会社のラグビー部強化が中止された。事実上の“廃部”みたいなものだった。特別待遇は消え、環境は厳しくなった。それでも、山ちゃんほか、「ラグビー大好き人間」たちはラグビー部を辞めなかった。

「残ったのが16人ぐらいでした。毎月、自分たちでひとり5千円ずつ出して、自主的な活動をやっていたんです。でも、あのとき、やめなくて、ほんと、よかった。ラグビー続けていてよかったと思うんです」

ラグビーができるありがたみを知った。トップリーグのときは気がつかなかった、「スポーツができる喜び」をつくづくと知った。ファンのありがたみも。

「社員の人たち、ファンの人たち、土日を削って、応援にきてくれる。選手たちに言っているのは、セコムだけじゃなく、対戦相手のお客さんにも“ありがとうございます”って心から挨拶しろって。もう、ラグビーファンは一緒なんです。試合ができるって、もうとっても幸せなことなんです」

そういえば、この「お見送りの儀式」は、セコムのほかにも、横河武蔵野や三菱重工相模原など、トップイーストのいくつかのチームはやっているようだ。

山ちゃんは一昨年、現役を引退し、スタッフに入った。ことしは総監督。セコムの会社も方針が変わり、過日、ラグビー部をシンボリックスポーツとすることを決めた。つまり、再び、社の支援が増えることになる。

目下、セコムのラグビー部員はフルで仕事をやって、ラグビーの練習・試合に取り組んでいる。夜勤に従事する部員も多い。試合翌日の10日、勤務につくラグビー部員たちもいる。そういった職場環境も少しは改善されるかもしれない。

山ちゃんは、天然の明るさ、根っからの「元気」である。だからだろう、人気がある。女性ファンから記念撮影を頼まれれば、さらに顔をくしゃくしゃにする。

唐突ながら、2019年のラグビーワールドカップ(W杯)日本大会のレガシー(遺産)を聞けば、つぶれた右耳をいじりながら、現役時代プロップだった41歳は「そりゃ笑顔でしょ」と言い放った。

「ラグビーを通して、みんなが笑顔になるんです。試合を見て、みんなが楽しい気持ちになる。日本中が笑顔で埋まる、これって、立派なレガシーになりませんか。はっはっは」

なります、きっと。感謝の気持ちと笑顔を失わない山ちゃん。言葉を交わすと、こちらもなんだか楽しい気分になるのだった。スポーツを通し、笑いの輪、仲間の輪がひろがる。笑顔のスクラム、これもスポーツの持つ力である。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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