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リオ五輪、「柔道衣」に託すメーカーの願い

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
日本代表着用の柔道衣を広げるミズノ社の上村隼人さん

リオデジャネイロ五輪がやってくる。前回ロンドン五輪で金メダル1個と惨敗した“柔道ニッポン”はリオで復活を期す。全日本柔道連盟のオフィシャルスポンサーであるスポーツ用品メーカーの『ミズノ社』もまた、技術の粋を極めたトップモデルの柔道衣で「ニッポン復活」を後押しする。

「気持ちよく一本をとってもらえるよう、選手にとって着心地がいい柔道衣づくりを目指しています」。ミズノ社のグローバルアパレルプロダクト本部の上村(かみむら)隼人さんはリオ五輪用の真っ白い柔道衣を右手で触りながら、そう言うのである。たかが柔道衣というなかれ。他社との競争もさることながら、メーカーの使命感が頭をもたげるのだった。

昨年4月、国際柔道連盟(IJF)により、柔道衣の規定が「より組み合うことができるよう」に改められた。具体的にいえば、組み手でつかむ襟の部分が幅5センチから4センチとなり、上衣上部の1平方メートルあたりの重量が700~1000グラムから650~750グラムに変更された。

37歳の上村さんが説明してくれる。

「(襟の幅が細くなると)つかみやすいし、つかまれやすくなります。要は、一本をとったり、とられたりする柔道衣にしていく大きな流れがあります。(柔道衣が)軽くなることで、着やすくなり、動きにスピード感が生まれるようになります」

重量の軽量化を図るため、上衣の腰から上部にあたる刺し子部分の素材を、従来の綿100%から「綿80%、ポリエステル20%」の混紡の繊維となった。結果、繊維が縮みにくくなり、形態が安定してきた。綿の肌さわりを残すべく、「ポリエステルの芯に綿をまくイメージ」の特殊な素材づくりの工夫がなされている。

刺し子部分の引っ張り強度は「約9%アップ」され、従来品に比べ洗濯後の乾燥時間が「約65%スピードアップ」された。つまり規定変更に合わせた特殊製法を採用した結果、「軽量性」「強度アップ」「速乾性」の3つが進化されたことになる。

昨年の2015年バージョンより、ことしの2016年バージョンはさらに着心地がよくなっている、と上村さんは言葉を足す。

「大学の柔道部の方に着てもらって、改善を重ねました。“どうも生地として頼りなさすぎる”“もうちょっと刺し子といわれる部分を硬くしてほしい”と言われました。“生地自体の張り感、肌ざわりを残してほしい”と。主役は選手じゃないですか。4年に一回のオリンピックで戦うにあたって、選手の足を引っ張ってしまうようなものは絶対つくりたくないという思いが強いです」

トップレベルの選手になればなるほど、神経は敏感になる。2016年バージョンの柔道衣を右手で触ってみれば、たしかにツルツルではなく、ゴワッとした心地よい感触があった。軽いけれども軟弱ではない、気持ちが引き締められるような程よい硬さがある。

柔道衣の進化はパッと見ではよくわからない。2016年バージョンの進化した部分を改めて聞けば、上村さんは「一番はかたちです」と言い切った。

「同じ綿とポリの素材でも、形態が安定してきました。微妙なカッティングの工夫もあります。上衣には3つの異なる部分から1つのウエアとして作っているので、ひとつひとつの生地の寸法も変わってきます。そのの微調整には苦労しています」

メーカーにとっての一番の苦労は「採寸」である。上村さんが説明する。

「トップ選手の柔道衣は、オーダーメイドでつくっていきます。細かい対応が出てきます。生地が変わったことにより、こまかい微修正の繰り返しで…。販促担当が中心となって選手の希望を聞いて、調整していくところが一番、大変ですね」

IJFの基準が細かく決まっていくということは、柔道衣の差別化が図りにくくなるということである。それでもどう、技術の優位性を生かしていくのか、だ。そこにミズノ社の苦労と喜びがあるのだろう。襟の幅が小さくなるということは、つかみやすくなるということでもある。「これは日本柔道にはプラス」と上村さんはみる。

「一本をとる柔道の流れです。互いにつかみあって、どうやって相手のバランスを崩して、崩したところでいいタイミングでしっかり腰を入れて、足をかけて投げて、一本をとるような柔道です」

余談を言えば、2011年から、IJFの公認柔道衣の襟の下裾には「IJF公認マーク」が付けられている。オリンピック大会ではこの柔道衣の着用が義務付けられている。偽の公認マークを防ぐため、ほんものの公認マークはブラックライトをあてると中央に特殊なラインが浮き出てくるようになっている。

ミズノ社は1995年からIJFのオフィシャル柔道衣サプライヤーとなり、1997年から全日本柔道連盟のオフィシャルサプライヤーとなっている。当然、五輪は最大の商機。自社製品の優秀さをアピールしたいところである。

一番わかりやすいのは、ミズノ社の「ランバード」のロゴの露出である。国際オリンピック委員会(IOC)の五輪大会の規定によると、ウエアには30平方センチまでのロゴがOKとなっている。でも、ミズノの柔道衣の肩のロゴのサイズを測ってみると、5センチ×3センチ余で17平方センチしかなかった。

なぜ。テレビの露出を調べると、肩、袖、胸では肩が一番多かったそうだ。でも、肩に付けるロゴは最大幅が5センチと決まっている。つまり、ロゴの面積の大きさより、テレビ露出の多い位置を優先した結果なのだった。

柔道ニッポン復活をかける柔道の日本代表選手も必死なら、陰で支えるスポーツ商品メーカーもそうである。「そりゃ、喜びは、これを着て、勝ってもらうことです。結果としてメダルに繋がってくれれば」と、上村さんはリオに思いを馳せる。

「我々は陽には当たらないけれど、これ(柔道衣)が破れとかけがにつながらず、選手の方々がしっかりと全日程を終えてもらうのが一番じゃないですか」

そう言いながら、上村さんはテーブルの上の柔道衣を宝物ように畳んでいった。こころを込めて。リオ五輪の舞台裏でも、いろんな戦いがあるのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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