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夢挑戦の源。サクラセブンズのタグ3人組。

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
笑顔の山口真理恵、鈴木彩香、鈴木陽子(左から:撮影:齋藤龍太郎)

年の瀬の吉日。2016年リオデジャネイロ五輪の出場権を獲得した7人制ラグビーの日本代表女子『サクラセブンズ』の鈴木彩香、鈴木陽子(ともにアルカス熊谷)、山口真理恵(ラガール7)の3人が、思い出のタグラグビーの祝賀イベントに参加し、喜びを分かち合った。

「これが私の原点ですね」と、26歳の鈴木彩香は顔をほころばす。リオ五輪の切符を獲得したあと、ひざの手術に踏み切った彩香はリハビリを終え、横浜市鶴見区の入船小学校の砂地の校庭に駆け付けた。一緒に試合はできなかったけれど、子どもたちの溌剌プレーをじっと見つめていた。

「ずっと一緒にタグをやってきた子もいるし、初めて見た子もいます。これまで支えてくれた大人の方もいらっしゃる。みんなが入り混じって真剣にやるのが、タグラグビーのいいところですね。自分もこういうところで育ったんだなってうれしくなります」

タグラグビーとは、タックルの代わりに腰に付けたタグ(ひも)をとる球技である。いわば鬼ごっことラグビーのミックス版か。だれもができる楽しいスポーツなのだ。

鈴木彩香は鶴見区の汐入小学校3年の時、同級生の山口と一緒にタグラグビーを始めた。もう15年以上も前の話である。26歳の山口は「楽しかったですよ、タグは。いろんな年齢幅で、男女関係なくプレーできるので」と感慨深そうだった。

4つ下の22歳、鈴木陽子も「自分たちの原点を思い出します」と喜んだ。山口と鈴木陽子は、子どもたちに交じって笑顔でプレーした。当然ながら、動きは際立っていた。

3人とも汐入小学校時代、タグラグビーチームのメンバーとして日本一になった。その3人がいまは、サクラセブンズのメンバーとして活躍している。不思議というか、運命というか、なんという奇跡だろう。

そのタグラグビーを指導してきたのが、「タグラグビーのおじさん」こと、鈴木陽子の父の鈴木雅夫さんである。無垢なる情熱の固まり。感激屋で、よく泣く。56歳。「みんな立派になって、もう涙、涙、涙ですよ」としみじみと言った。「(ラグビーの)タネをまいて、ちゃんと育った。これまでは僕や周りの人が大事に大事に育てている花みたいな感じでしたけれど、いまはみんなが見てくれる花になったんです」。そう。みんなのサクラセブンズである。

ラグビー界にとって、歴史書に太字で書き込まれる1年が終わる。どんな1年でしたか、と聞けば、鈴木彩香は「やっぱ、常に苦しみがありました」と本音を漏らした。年明け、十字じん帯断裂の大けがを負いながらも、懸命にリハビリに取り組み、五輪予選ではサクラセブンズに復帰した。根性の人。

「100%思うようにできない自分と、その中でどうやったら前を向いていけるか、どうやったらチームに貢献できるか、というのを常に考えていました。裏方というか、チームを支える側に回って、今まで感じたことのない喜びとか、悔しさとか、嫉妬とかを味わいました。2016年に100%、力を発揮するために、この1年があったんじゃないかなと思います」

では、その2016年は。

「仲間や多くの人がいたから、がんばってこれました。だから、2016年は、そんな自分を支えてくれた人たちのために活躍している姿を見せたいなと思います。やっとスタートラインに立ったんです。もうラグビーだけじゃない。謙虚さとか、自分の感情をコントロールできるかとか、そんな人としての真価が問われるような気がします」

どんな1年でしたか、と同じ質問をぶつけると、頑張り屋の鈴木陽子は「我慢の1年でした」と漏らした。「チームとしてはいい雰囲気でしたけど、個人としては試合になかなか出られなかったし、小さいけがを積み重ねてしまって・・・。我慢して、我慢して、それでも結果を出させてもらった1年でした」

目標は子どもの頃から、「世界で一番のプレーヤー」である。さて、2016年は? 「もちろんオリンピックが一番の目標です。金メダルが目標です。日本代表になって、試合に出るのが一番なんですけれど、個人としては世界一と思われるプレーヤーを目指して頑張りたいです」

いまやサクラセブンズで一番の人気選手といわれるのが、キュートで俊足の山口である。こちらも同じ質問。今年は?

「勝負の年だったと思います。プレッシャーやいろいろなものがあって、最後に勝ててチームのオリンピック出場を決めることができました。たぶん、(ワールドシリーズ)昇格戦で優勝したのが大きかった。そこで自信もついた。ワールドシリーズに出ているチームはオリンピックに出る力がある、ということですから」

メディアに引っ張りだこである。サクラセブンズの人気は。

「しっかり結果を出して、注目されているということは大きいですね。でも自分がこれから本番の舞台に立つためにはしっかり力をつけないといけません。これからが本番の戦いです。どの選手にも言えることでしょうが、謙虚になって頑張って、気を引き締めていかないといけないと思います」

これまた、3人に同じベタな質問。来年を漢字一文字で。鈴木彩香は「真剣勝負の真、真実の真」。鈴木陽子が「挑戦の挑む。オリンピックにも世界にも自分にも」。山口が「希望の希です。希望を与える選手であって、希望をつかむ選手になりたいんです」

タグのあじさんは優しい声でそっと言うのである。「オリンピックが僕らの夢でもあったんです。サクラセブンズには、オリンピックを心から楽しんでほしいですよ」

この日は、その3人の五輪キップ獲得を祝って、ざっと100人の子どもたち、おとなたちが集まった。まず3人はみんなの手でつくる花道でグラウンドに入ってきた。拍手の渦、歓声、笑顔の波。3人はちょっぴり照れながら、はしゃぐように笑った。

子どもたちとのQ&Aは聞かせた。「好きな食べ物はなんですか?」と子どもの声。鈴木陽子が「牛タン」と言えば、鈴木彩香は「干し梅」、山口は「中トロ」。なんとも個性的な答えに、子どもたちからは笑いと驚きの声がもれたのだった。

素朴な質問が続く。「どうやったらタグをとれるんですか」と聞かれると、鈴木陽子はこうやってと実演してみせた。父親のタグのおじさんが大声で説明を加える。「こうやって、相手のおへそにおでこをつけるつもりでいけば、タグに手がとどきます」と。

「いいパスを放るにはどうすればいいんですか」と女の子。鈴木彩香は両手で三角形をつくり、「これ、な~んだ?」と聞く。「おにぎりー」の声。「そうです。こうやって、常にボールをもらう前に両手でおにぎりをつくって、いいコーリングして、いいキャッチができたら、いいパスができます」。うまい。これはラグビーにも通用するパスの真髄である。

「どうすれば、足が速くなりますか?」とこれは男の子。山口は「えーっと」とちょっと考え込んだ。「とにかく、いっぱい走ることです。走り込むことです。いっぱい走れば、足が速くなります」。拍手喝采。

3人は子どもたちからお祝いの花束をもらった。最後。鈴木彩香が子どもたちにエールを送った。「リオデジャネイロと東京オリンピックにつながるよう、頑張っていきたいです。みんなで夢を追い続けましょう」。右こぶしをちょっと挙げ、小声で「オ~」。

子どもたちは笑って、声を合わせて「オオ~」と張り上げた。夢を追いかけて。子どもたちに元気を与えた半面、実はサクラセブンズの3人は勇気の源を思い出したのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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