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ラグビーの醍醐味つまった迫力ドロー

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)
(写真:伊藤真吾/アフロスポーツ)

日本のトップリーグのレベルも、ようやくここまできたか。ほぼ満員の2万余の観客もさぞ満足したことだろう。12日のパナソニック×東芝(秩父宮)。国際経験豊富なパナソニックのロビー・ディーンズ監督も「日本のラグビーが、インターナショナルレベルになった」と言った。

「とくにコンタクトエリアの攻防が凄まじかった。ディフェンスもお互い、高いレベルだった。非常に素晴らしい2チームによる、最高の試合をお見せすることができたんじゃないでしょうか」

先発メンバーには日本代表のリーチマイケル主将(東芝)ら、それぞれ4人ずつのジャパンメンバーが並んだ(うちFWは3人ずつ、しかもフロントローが2人ずつ)。南アフリカやニュージーランド、豪州の代表経験者たちも本気を出した。ひとり一人のプレーの精度が高く、強く、前に出た。からだを張った。肉体のぶつかりあい、ターンオーバー(ボール奪取)の応酬は見応えがあった。

試合をオモシロくさせたのは、ふだんのハードワーク(猛練習)と周到な準備が垣間見えたからである。鍛え抜かれた筋肉と研ぎ澄まされた技術、精神の充実(ライバル意識)。個人的には、ブレイクダウン(タックル後のボール争奪戦)とスクラムの真剣勝負がオモシロかった。

試合後の会見。「ブレイクダウン、オモシロかったですか?」とストレートに聞けば、パナソニックの堀江翔太主将は「どうですかね」と少し笑った。

「痛いんで、オモシロくはないですけど。もう必死でした。向こうもたくさん練習してきていると思うので、ぼくたちもコンタクトでは負けずに強くいこうと話してました」

パナソニックは序盤、自陣ゴール前のブレイクダウンのターンオーバーから先制トライを挙げた。ディフェンスのブレイクダウンでは、1人目のタックラーがしつこく、ふたり目の寄りがはやい。巧い。相手のボールキャリアが少しでも孤立すれば、獰猛にジャッカルを狙う。ボールを奪いにいくところと、捨てにいくところの判断がいい。

堀江はブレイクダウンについてこう、反省した。「アタックのブレイクダウンでは、ぼくらが少し抜けて、ちょっとゲインを切れても、(ふたり目が)遅くなっていた。ボールキャリアが半身になったとき、もうひと仕事、ふた仕事、できたらいいなというのがありますね。ボールキャリアとサポートの部分、もっと意識させる必要があったのかな」と。

東芝はブレイクダウンにかけていた。東芝のそれはとっても痛そうだ。犠牲的精神と献身、勇気が記者席のこちらまで伝わってくる。この日はポイント近場の「キーゾーン」で勝負をかけていた。アタックのブレイクダウンでは、パナソニックのターンオーバーを避けるべく、ボールの置き方が絶妙だった。

東芝のゲームキャプテンのロック梶川喬介は「タフな試合でした」と漏らした。

「最高の試合をしようと、最高の準備をしてきました。パナソニックのブレイクダウンにプレッシャーをかけることができた。ターンオーバーを奪うことができた。ただ、(パナソニックの)はやい2人目に対して、後手を踏んでしまいました」

東芝は最後、よくぞ追い付いた。自信のスクラムにかけた。ラスト5分。フッカーの湯原祐希がシンビン(10分間の一時的退場)からピッチに戻った直後だった。相手ゴール前の右中間の、マイボールスクラム。押した。

崩れた。コラプシング(故意にスクラムを崩す行為)の反則をもらった。こういったシチュエーションで一番注意しないといけないのは、レフリーのコールより早めに組み込む「アーリーエンゲージ」や「アーリープッシュ」などの反則である。

もう一度、スクラム。東芝FWの意志は「ST(スクラムトライ)」で一致していた。押す。崩れる。それでも押す。またもコラプシングをもらった。湯原の述懐。

「そうです。アーリープッシュは絶対、してはいけません。でも、最初の当たりで受けたら、もう前にいけないので…。そこはもう、前(フロントロー)3人はシビアな戦いがある。(足を)かいたりかかなかったり。(相手に)のっかったり、のっからなかったりの駆け引きがあります。“ぐぅぐぅで(沈んで)パーン”と組んで、“あっ、はいちゃってんなあ”“レフリーがブレイクかけないな”と思ったら、“じゃ、足を引いていっちゃえ”って」

じつはこのとき、1番の左プロップ、「まーちゃん」こと三上正貴が内側に押し込んだときに首を痛めていた。湯原が「ヨッシャ、2本、(コラプシングを)とった。あと1本でペナルティー(認定)トライと思ったときでした」と説明する。

「まーちゃんが首いったんですよ。顔面しびれたって。手をつかんで、握れるか?って聞いたら、握れる、力は入るって。じゃ、やっぱりST行こうって」

ここで相手の右プロップが川俣直樹に代わった。首を痛めた三上と、でかくてフレッシュな川俣。東芝は押し込めず、ボールを出すしかなかった。

でも最後、東芝はキーゾーンを攻めて攻めて、成長著しいフランカー山本紘史がゴールラインぎりぎりにボールを押しつけた。トライ、同点ゴール。

同点のままノーサイドである。なんだか、両者負けなくてホッとした。東芝の冨岡鉄平監督は言った。

「国内の最高峰にふさわしい試合をしようと思って、準備をしてきました。もちろん勝ちに行って、引き分けた。ただ、選手たちに対しては、最大限の賛辞を贈りました」

こういった試合を続ければ、スタジアムに来るファンはきっと、増えていくだろう。空前のラグビー人気を維持するための最善策を、両チームがピッチで示してくれた。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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