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桜戦士の覚悟・堀江翔太「会場どよめくスクラムを」

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

いざ決戦まで1週間となった。ラグビーのワールドカップ(W杯)イングランド大会のカウントダウンが始まった。日本躍進のカギはずばり、スクラムである。そこで取材ノートをひっくり返し、スクラムに賭ける最前線(フロントロー)の選手たちを魂のコトバを紹介する。まずはフッカーの堀江翔太。

「全然、違いますね」。W杯でのスクラムに向けての自信のほどを聞いたら、29歳の堀江はそう、即答した。

「実は4年前、スクラム、ラインアウト、とくにスクラムには自信がなく、不安なままやっていた。無理やり、自信があると思いこむようにしていました。でも、今回は違う。4年前の僕より、はるかに成長した姿を見せることができるかなと思います」

たしかにスクラムではフィジカル(とくに足腰)、体格、ストレングス(とくに体幹のつよさ)、腕力、テクニック、頭脳、パワー、連携、チームワーク…と、いろんな要素が求められる。だが、一番大事なものはといえば、タフなメンタルである。

スクラムは心の持ち方が大事なのだ。負けるかも、と思ったら、絶対負ける。勝つと思っても負ける時があるけれど、勝つと思わなければ、絶対勝てない。とくに最前線でからだを張るフロントロー陣はそう、なのだ。

4年前のW杯ニュージーランド大会。日本代表はスクラムで負けた。1分け3敗に終わった。堀江は屈辱を胸にひめ、世界最強リーグのスーパーラグビーに挑戦した。日本人選手のスーパーラグビー第1号はパナソニックのチームメイトのSH田中史朗だけれど、FWとしてなら堀江が第1号となる。

堀江は、チャレンジングなラグビー人生を歩んできた。「勇気なくして栄光なし」がモットーである。大阪・島本高、帝京大のときはそれほど目立った選手ではなかったけれど、大学卒業後のNZへの「ラグビー留学」が飛躍の契機となった。このとき、ナンバー8からフッカーにポジションを替え、帰国後、パナソニックで活躍する。

この4年間もそうだ。スーパーラグビーのメルボルン・レベルズで堀江は成長した。なんといっても、スクラムの対応力がついた。例えば、ジャンケンでいえば、それまで「グー」だけでなんとかしようとしていた。相手が「チョキ」なら勝てる。「グー」なら互角。でも「パー」を出してきたなら負ける。

でも、「グー」も「チョキ」も「パー」も出せるようになった。相手が「グー」なら「パー」を出す。「パー」なら「チョキ」。「チョキ」なら時には「チョキ」で相手の出方をうかがって、勝負どころで「グー」を出すのである。これが経験、対応力。

ついでにいえば、英語力もついた。レフリーとコミュニケーションがスムーズにとれるようになった。これは大きい。スクラム戦のカギのひとつは、レフリーを味方に付けることである。レフリーの笛の傾向をつかみ、軌道修正するのだ。W杯の試合中、スクラム前後の堀江とレフリーの動きにご注目あれ!

堀江は今季、パナソニックの主将としてトップリーグの連覇に貢献した。その直後に予定していたスーパーラグビーでの3年目のシーズンを断念した。首の神経系のけがを抱えていたからだ。手術に踏み切った。なぜ? それはW杯で日本代表の桜のジャージィを着て、プレーするためだった。

リハビリは順調だった。7月のパシフィックネーションズカップのカナダ戦で実戦復帰した。もう指のしびれはない。恐怖感もない。華麗なフィールドプレーも、巧みなスクラムもラインアウトも問題ない。

心身ともに準備OKなのである。メンタルでいえば、堀江は時折、チームのメンタルコーチと連絡をとってきた。日本出発直前の合宿中には、「チョーキング」の対処法を指導された。チョーキングは野球やゴルフでは「イップス」とも呼ばれるもので、試合のプレッシャーに圧され、自身のパフォーマンスが低下したり、コントロールできなくなったりする現象を指す。

堀江によると、実例として、メンタルコーチは先の世界陸上選手権100メートル決勝のボルトとガトリンのレースを取り上げたという。ボルトが優勝、好調だったガトリンはラストで失速したのは、このチョーキングによるものだったと指摘した。

「どんな一流選手でも、レースのレベルが高くなればなるほど出てくるものだそうです。(対処法としては)練習から本番のパフォーマンスをできるようにすること。それと意識です。不安を取り除くため、ひとつのことに集中する。メンタル(コントロール)のため、自分の中にルーティンワークを持っていれば、(不安を)乗り越えられる。それって、僕自身が持っていた考えと、おうてました」

このほか、対処法としては、大きくゆっくり呼吸をするとか、プレッシャーを受け入れてポジティブに向けるとか、がある。そういえば、チョーキングとは関係ないが、日本代表FWはスクラムで組とき、吐く、吸う、の呼吸のリズムも一緒になっている。

日本代表の選手はよく、「感謝」というコトバを口にする。英国出発直前、「もちろん周りや選ばれなかった選手たちへの感謝の気持ちはあるんですけけど」と堀江は言った。

「僕らができることは、結果を残すことが一番だと思います。イメージとしては、スクラムでは最悪、南アフリカ相手にイーブンに持っていきたいですね」

わが耳を疑った。あの強豪南ア相手に最悪、イーブン?

「はい。そうです。イメージではありますよ。たぶん、(南アは)フィジカルな部分から、こちらを崩してこようとするでしょうから。そこはしっかり耐えて、80分間、トータルで互角以上のスクラムを組みたい。僕らが1本だけ押しても仕方がない。耐えるところはしっかり耐えて、相手が崩れたときは一気に押せるような…」

いいぞ、いいぞ。堀江は自信に満ちた笑顔を浮かべ、ぼそっと漏らした。

「会場がどよめくようなスクラムを組んで…。“日本人はやるな”と思われたい」

いざ激突。29歳の覚悟。ホンモノの「ジャパンウェイ」をスクラムで見せてやる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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