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夢つなぐ、釜石ラグビー

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

「カ~マイシ」。試合後の秩父宮ラグビー場の場外エリア。凍てつく夕暮れの寒さの中、釜石シーウェイブス(SW)応援団の“釜石コール”が突如、飛びだした。

ざっと150人。被災地釜石の復興を応援する『スクラム釜石』の事務局長、前身の新日鉄釜石V7に貢献した高橋博行さんが、釜石SWの選手たちを前にして、応援をリードする。「ソ~レ。フレ、フレ、カマイシッ。フレ、フレ、カマイシッ」

社会人ラグビーのトップイーストで釜石SWは三菱重工相模原に12-24で敗れ、優勝を逃した。でも、ひたむきなプレーは観客の心をつかんだ。7勝2敗のリーグ2位となって、11季ぶりにトップリーグ入りを懸けたトップチャレンジに進む。釜石SWの三浦健博ヘッドコーチは声を張り上げた。

「応援、ありがとうございます。次の目標はまず、お正月にラグビーをすること。1試合1試合勝って、また正月にラグビーをお見せしたいと思います」

主将のナンバー8須田康夫も、応援団に頭を下げた。こう、言った。

「ファンのみなさんも一緒になって、僕たちと感動を共有しましょう」

この「熱」は何なのだろう。復興のシンボル、釜石SWは間違いなく、昨年よりレベルアップした。戦力は整備され、個人もチームも強化された。とくにディフェンス。元ウェールズ代表の英雄、WTBシェーン・ウィリアムズら三菱重工相模原の強いランナーに突破される場面もあったが、システムは最後まで崩れなかった。しつこく、激しいタックルで何度もゴール前の窮地をしのいだ。

でも、強力FWの三菱に圧力を受け、セットプレーでは後手を踏んだ。ラインアウトがひどかった。三浦HCはこう、総括した。「三菱さんの方がFWでは上だったと思います。(ダメージが)ボディーブローのように効いてきて、それが12点の点差になったのかなと思います」と。

ただ集中力は切れなかった。後半開始直後にノーホイッスルトライ。ノーサイド寸前には、スクラムでコラプシングの反則を奪い、PKからの速攻でバックス井上益基也がトライを返した。最後の意地だった。

ラグビー界の“レジェンド”、43歳のロック伊藤剛臣はこの日もフル出場した。からだを張った。元気だった。

伊藤は試合後、「まだ試合ができる。幸せです」と顔をほころばした。三菱に敗れたとはいえ、昨年(19-52)と比べると、チームの成長の跡は示した。

「昨年はぼろぼろにやられたけど、ことしは(勝利が)見えてきた。もう射程圏内にきている。あとは日々、向上するだけです」

釜石SWは、各地域リーグの2位によるトップチャレンジ2(12月14日、23日)を1位で勝ち抜けば、トップリーグ自動昇格を争うトップチャンジ1(来年1月12日、18日、25日)を戦うことになる。

SHの球さばき、SO周辺のディフェンス、プレーの精度、バックスの決定力アップが課題だが、何よりラインアウトの修正が急務であろう。でも、「チームの雰囲気がいい」と百戦錬磨の伊藤は言い切る。

「勝つチームというのは、個人同士の信頼感があるわけです。それが生まれつつある。これだけファンに愛されているチームもそうないでしょ。うれしいですよ。(TL昇格の)可能性はあると思います」

釜石SWの拠点の岩手県釜石市は、ラグビーの2019年ワールドカップ(W杯)日本大会の試合会場に立候補している。復興のシンボルの釜石SWがTLに昇格するのが一番わかりやすいメッセージとなる。

もちろん、現状ではTL昇格はかなり難しい。だが勝負に絶対はない。TLへの夢はつながっているのである。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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