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魂の修猷ラグビー、躍進の理由

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

こいつはちょっとした「事件」だろう。西のみ空の九州はラグビー王国・福岡での出来事である。九州屈指の進学校で知られる福岡県立修猷館高校のラグビー部が6月、全九州高校大会県予選の準々決勝で全国選抜大会制覇の東福岡高を破り、57年ぶりに県優勝を果たしたのだった。

全九州高校大会では決勝で重量FWの佐賀工業に惜敗したが、持ち前の「低く正確なタックル」で決勝まで勝ち進んだ。ラグビー関係者だけでなく、他の修猷OB、福岡市民を巻き込んでの盛り上がり。マスコミもこぞって、「修猷快進撃」を大きくとりあげた。

1925(大正14)年創部の名門・修猷ラグビー部の躍進はなぜ、起きたのか。

「約50名のベクトルが1つの方向に向かったから」と、修猷OBの渡辺康宏監督は説明する。修猷の伝統といえば、『独立自尊』。自ら律し、考え、行動する。強豪校と比べて体格が小さくても、知恵を絞り、やるべきことを整理し、「適材適所」で集中する。

「いろんなことをしないといけないとなると、不完全燃焼をおこします。なるべく宿題を減らして、できることをやってもらう。例えば、ヒガシ(東福岡)相手だと、走ってタックルすることだけ。“とにかく、前に出てタックルしろ”と言い続けました」

もちろん、例年に比べると、タレントがそろっている。とくに高校日本代表候補のスタンドオフ古城隼人選手ら能力の高い選手がタテのライン(9番、10番、15番)に並ぶ。だがフォワードは平均体重が80キロ弱、プロップの柴尾将希主将ほかバックスからの転向組がおおい。

どうしても、強豪相手だと、スクラム、ラインアウトのセットプレーでは劣勢を強いられる。そこは日本代表同様、スピードと運動量でカバーするしかあるまい。

そして、メンタル。いわゆる「修猷魂」である。渡辺監督は東福岡戦の前日、あえて異例の3時間練習をチームに課した。30度近くの暑さの下、とくに3年生だけに過酷な“ランパス”を繰り返させた。インゴールで、選手同士の言い合いが起こった。

ある3年生が大声で喝を入れたそうだ。「なんだ、このザマは! 3年生がやらんといかんやろ!」と。

ことしの選手間のチームスローガンが、「最狂(さいきょう)」という。つまりは、狂気を帯びたような“ひたむきタックル”で勝利をたぐり寄せ、「最強チーム」になろうとの思いが込められている。

高校生は分からない。成長の度合い、可能性は無限である。修猷館高はことし1月の新人大会福岡県準々決勝で小倉高と戦い、24-0から24-26の大逆転負けを喫した。ブレイクダウンで圧倒されたからで、その敗戦をきっかけとしてFWの動きが俄然、よくなってきたという。

「FWがしつこくなってきました。ヒガシ(東福岡)に勝ったくらいから、子どもたちがセルフマネジメントできるようになったのです。僕がチームを盛り上げる必要がなくなった。ウォーミングアップはもう、彼らにまかせてもいいぐらいです」

実は県予選準々決勝で、東福岡はレギュラーをほとんど先発メンバーから外してきた。これで修猷魂に火がつき、アップセットにつながった。メンバー編成はどうあれ、勝ちは勝ち、この勝利は大きな自信となる。

東福岡とて、修猷との敗戦で何かを学んだだろう。高校日本代表候補が10人以上もいる「才能軍団」である。王者のプライドも意地もある。こんどはシャカリキになってかかってくるに違いない。

それは修猷もわかっている。渡辺監督はこう、漏らす。

「ヒガシが高級スポーツカーなら、うちは軽自動車みたいなものです。その軽自動車をいっぱい繰り出して、あっちこっち走り回り、低いプレーをやっていきたいと思います」

王者・東福岡だけでなく、小倉高も筑紫高も福岡高も、いる。修猷館が「激戦区・福岡」に火を付けた。

勝負は、秋の全国大会(花園)の県予選となる。意気と努力。夏場の鍛練の質量が勝敗を左右することになる。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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