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熱唱ユーミンに主将が泣いたワケと勝因

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

師走の青空の下、ほぼ満員のスタンドがひろがる。ラグビー早明戦の試合後、ユーミンこと松任谷由実さんが名曲『ノーサイド』を熱唱する。早稲田のプロップ垣永真之介主将は涙をぽろぽろっと流した。

なぜ。垣永主将が恥ずかしそうに打ち明ける。「高校時代からよく、聞かせていただいた曲でした。ことし1年、この集客活動をがんばった1番のリーダーが試合に出られないことを思ったり、これまでのことを思い出したりしたら、なんか感極まって…」と。

そのリーダーとは、4年生のSO菱田広大くんのことである。2019年ラグビーワールドカップ(W杯)、20年東京五輪に向けての建て替えのため、現在の東京・国立競技場で行われる「最後の早明戦」。菱田くんを軸に「国立をホームにしよう。」プロジェクトが企画され、早明両校の学生に試合観戦を呼び掛けてきた。ユーミンまで引っ張りだした。

努力は実った。実数発表となった2004年以降では最多の4万6961人がスタンドを埋めた。昨年より1万5千人も多い。

さらに主将は涙のワケを続ける。

「小さい頃、テレビで見ていた満員の早明戦でプレーができた喜び。けがした1年生の早明戦。あと5週間で大学ラグビー生活が終わるんだなという感慨深い気持ち…。いろんな思いがわき出てきたのです」

試合は、早稲田が明治を15-3で下した。確かに「最後の早明戦」に両校の意地がぶつかりあった。スコアが拮抗し、必死のタックルは見ごたえがあった。でも内容はいまひとつだった。両チームともハンドリングが雑で、組織的な攻防が少なかった。

早稲田は昨年、スクラムでやられた。ことしはスクラムで勝った。勝因は、スクラムの対応力とゴール前のディフェンスである。序盤、早稲田のスクラムは、明治のヒットスピードにやられ、低くて強い相手3番の須藤元樹に押し込まれた。結果、早稲田1番の大瀧祐司の上体が落ち気味となり、ケツが少し離れた。フッカーの須藤拓輝がその大瀧に寄り、3番の垣永が孤立気味になった。

だが、4年生3人が並ぶフロントロー陣は経験値が高い。ちゃんと対応した。ポイントは、両チームの間隔を小さくしたこと、ヒットスピードを上げたことである。フロントロー陣はトイメンとの勝負に徹し、8人の結束をより意識した。

当たる前にバインディングが義務付けられても、腕の持ち方次第で両チームの距離は微妙に変わる。早稲田の須藤が説明する。

「試合中に話し合って、相手が低くなる前に鋭く当たって押し込もうとしました。去年から一緒に組んでいるので、(フロントロー陣の)固まりがしっかりしています。8人のコミュニケーションもよくとれています」

3番の垣永は「バック5がいい仕事をしてくれました」という。バック5とは、ロックと両フランカー、NO8の5人。

「僕らのスクラムはフロントローではなくて、バック5が組む感じです。僕らはバック5のため、(フロントローで)壁をつくる。バック5が押して、その重さを前に伝えるだけなんです」

この日、早稲田の一番いいスクラムは最後から2つ目、後半40分あたりの相手ゴール前の左中間の早稲田ボールのそれだった。ナイスヒット! 垣永のコトバ通り、右アップの8人の固まりで紫紺のジャージィをずるずると押し込んでいった。

あまりに押すスピードがはやかったので、NO8佐藤穣司が右に持ち出したが、あとわずかゴールラインに届かなかった。

その直後、ロスタイムの早稲田ボールのスクラム。3番垣永は相手1番に差し込まれた。それでも固まりで右から前に出て、スクラムを回すカタチで、NO8佐藤が再び持ち出し、右手一本でボールをインゴールに押さえた。

これで勝負は決まった。FW8人で奪った結束のトライである。

ほぼ満員のスタンドとスクラムに早稲田の後藤禎和監督も満足そうだった。

「いつの世でも明治のこだわりはスクラムにあるととらえて、こちらも早明戦に臨んでいます。きょうの早明戦も勝負を分けるのはスクラムだと思っていました。選手たちが精神的にタフになりつつあるなと感じることができました」

スクラムだけでなく、ゴール前の粘りは凄まじかった。とくに金正奎とCTBからコンバートされた布巻峻介の両フランカーの低く激しいタックル。ゴール前の相手上下に突き刺さるダブルタックル、結束した押し返しの力はたぶん、きつい練習の成果であろう。

早稲田は6勝1敗で関東大学対抗戦を終えた。帝京大に全勝Vを許した。全国大学選手権の第2ステージの組み合わせで、早稲田は比較的恵まれた。

後藤監督は正直だ。組み合わせを聞かれると、「本音を申し上げますと、やや良いグループに…。もうちょっと表現を変えますと…。まあ、入れたのかなと思いますので」と少し笑った。

「何を言いたいのかというと、この3週間を積極的に使って、ベストコンディションに持っていきたい。さらにレベルアップできるようにしたいと思っております」

視線の先にあるのは『打倒!帝京大』である。ポイントは、プレーの精度アップとゴール前で大きく強い相手FWをどう止め切るか。とくに勝負どころのラスト20分のゲームメイクとスタミナ、集中力となる。

歓喜の『ノーサイド』まで、あと5試合である。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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