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劇的PG やっと勝ったワセダ

松瀬学ノンフィクション作家(日体大教授)

「劇的」という言葉を使っていいのだろうか。少し悩む。ワセダがやっと勝った。もたつきながらも、ロスタイムの決勝PGで筑波大に3年ぶりの勝利を収めた。後藤監督は安どの表情を浮かべる。「失ってしまった自信を少しずつ取り戻す大きなきっかけになりうると思う」

電光掲示板はもう「44分」だった。最後にワセダが攻め込み、左隅でPKを得た。スコアは17-17。垣永主将は躊躇なく、PG狙いを支持する。難しい位置だ。キックを蹴る途中交代の浅見の両肩に手を置き、主将は言った。「決めても決めなくても、おまえのせいじゃない。思いきり蹴ってこい」と。

浅見は公式戦初出場の2年生。高校時代は試合中にゴールキックを蹴ったことは一度もなかった。だが、浅見は笑顔で振り返る。「内心、これで決まれば、おれがヒーローだなと思いました。入れるしかないんじゃないかって」。渾身のひと蹴り。右足で蹴りだされたボールはゴールポストの間に吸い込まれた。「もうサイコ―の気分でした」

昨季まで煮え湯を飲まされてきたラスト5分に得点して勝ったことは評価していい。体力、集中力、勝負への執着心が少しはアップしてきたのだろう。個人的には、最後のPGで、外れた時のケアのため必死にチェースしたフランカー布巻の執念に心がざわめく。

ワセダはFWが筑波大をセットプレーで圧倒した。ラインアウトは優位に立ち、スクラムでは電車道で押し込む、あるいは突き上げる。ポイントは右プロップ垣永だった。筑波大の左プロップは右肩をフッカーの左肩下に隠すようにして組んでくる。これに対抗するには3番が組み込み、左のフッカーを引っ張るようにまっすぐ組む。

これが当たった。ワセダは右アップで組み込んでぐっと沈む。8人で固まって押す。3番の垣永主将は胸を張る。「2週間、この組み方を練習しました。僕らはどこよりもスクラムにこだわっています」と。

FWの健闘に比べ、バックスはひどかった。確かに2日前の練習中にSO小倉が右手の骨折で欠場せざるを得なくなった。代わって、キック力のある間島が急きょ、背番号10を背負った。だが、それにしても、ラインは流れ、パスが乱れる。

バックスの個人の能力でいえば、筑波大が数段上だっただろう。でもワセダはディフェンスでは粘った。1年生のSO山沢を仰向けに倒したCTB坪郷の猛タックルはよかった。エースWTB福岡らにも早め早めのタックルでスペースをつぶした。

局面でみれば、いい場面もあり、悪い場面もあった。ただこれだけFWが圧倒しながら、たった3トライとは情けない。筑波大のディフェンスがいいことを割り引いても、5、6トライはできたはずである。

CTBからフランカーに転向した布巻の顔は厳しかった。「心から喜べません。勝って当たり前じゃないけれど、スカッと勝ってもっと上にいきたかった気分です。もっともっとチームとして上にいきたい」

『打倒!帝京大』を果たすためには、まだまだチーム力を上げなければいけない。勝って反省である。バックスのパス、ランプレーは当然として、FWとてブレイクダウンの動きをもっと徹底していかなければならない。勝負はこれから、なのだ。

ノンフィクション作家(日体大教授)

早稲田大学ではラグビー部に所属。卒業後、共同通信社で運動部記者として、プロ野球、大相撲、五輪などを担当。4年間、米NY勤務。02年に同社退社後、ノンフィクション作家に。1988年ソウル大会から2020年東京大会までのすべての夏季五輪ほか、サッカー&ラグビーW杯、WBC、世界水泳などを現場取材。人物モノ、五輪モノを得意とする。酒と平和をこよなく愛する。日本文藝家協会会員。元ラグビーワールドカップ組織委員会広報戦略長、現・日本体育大学教授、ラグビー部部長。著書は近著の『荒ぶるタックルマンの青春ノート』(論創社)ほか、『汚れた金メダル』『なぜ、東京五輪招致は成功したのか』など多数。

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