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「私たちを結婚させてください、それだけです」同性婚訴訟、札幌の原告が尋問で語ったこと

松岡宗嗣一般社団法人fair代表理事
原告の国見亮佑さん・たかしさんカップルと証人のたかしさんのお姉さん(筆者撮影)

「ただ、私たちを結婚させてください、それだけです。」

札幌地裁で5日、同性婚が認められないことの違憲性を問う訴訟で、原告や証人への尋問が行われた。

約3時間にも及ぶ尋問では、原告の同性カップルに対し、それぞれの出会いや普段の生活実態、結婚ができないことで直面する困難など、多岐に渡って質問がされた。

かけがえのないパートナー、死ぬまで一緒に暮らしたい

原告の一組として証言台に立ったのは、北海道帯広市在住の国見亮佑さんとたかしさんの男性カップル。2002年11月に出会い、2004年から16年間生活を共にしている。

二人の出会いは、亮佑さんが運営していた個人ホームページからたかしさんが連絡をしたことがきっかけだ。実はたかしさんは、出会う前から亮佑さんの存在を知っていたという。

幼い頃に「オカマ」などといじめられた経験から、たかしさんは同性に惹かれる気持ちを「精神的な問題」だと感じ、受け入れられずにいた。

しかし、「20年前に新聞記事で、性的少数者の人権問題に取り組む亮佑さんのことを知りました」同じ当事者の友人もいなかったたかしさんにとって、亮佑さんは憧れの存在となった。

出会ったその日から二人の交際は始まったという。たかしさんは「(亮佑さんの)明るさに惹かれました。そこから18年間一緒に過ごす中で、もちろん喧嘩もありましたが、彼は人を妬んだり卑屈になることが一度もなく、他人の幸せを心から願う人。とても尊敬しています」と話す。

亮佑さんもたかしさんのことを「かけがえのないパートナー。死ぬまで一緒に暮らしたいと思う家族です」と話す。

札幌地裁に入廷する原告ら(筆者撮影)
札幌地裁に入廷する原告ら(筆者撮影)

周りに「家族」として認められること

普段の二人の生活は、料理が得意なたかしさんが食事を作り、それ以外の家事はそれぞれが自然と分担するようになったという。

二人の両親にも関係性は伝えている。お互いの実家にいくことも、家に来てもらうこともあり、さらには両親同士も仲が良く、よく電話をしたり特産物を送りあったりしているほどだ。

「一番思い出に残っていることは」と聞かれたたかしさんは、2018年の家族旅行について語った。

「北海道が大きな停電に見舞われた2018年の年末に、私と彼、私の両親と姉夫婦、そして甥っ子の7人で温泉旅館に行きました。」

チェックアウト後に旅館の前で家族写真を撮影した際、旅館のスタッフがとても嬉しそうな表情で「これ、とってもいい写真ですよ」と言ってくれたという。

「私はこれまで結婚できなくても、私と彼と家族が幸せならそれで十分と思っていました。でも、些細な出来事だけど、その時周りから家族として認めてもらえることがこれほど嬉しいことなんだと思わされたんです」と振り返る。

“家族”として、ささやかな暮らしを続ける二人だが、この関係性を周囲の全ての人に伝えているわけではない。

亮佑さんは公立学校の教諭をしているが、職場ではカミングアウトをしていない。その理由は「学校では同僚だけでなく、保護者や子どもたちもいるので『あの学校には”ホモ”がいる』と噂が広がってしまうことが心配だから」と話す。

同僚や生徒との会話の話では「独身」だと嘘をついて過ごしているという亮佑さん。当然ながら「職場の転勤についてパートナーとの関係性をもとに配慮を求めることはできません」

二人にとって結婚とは何か。亮佑さんは「二人の関係性を端的に表せるもの」だと話す。

「私たちはいろいろな説明をしても『男ふたりの友達関係と何が違うの?』と言われてしまうことがあります。結婚というと、それだけで絆のある関係性だと感じてもらえると思います」

最後に、亮佑さんが国に求めることは何かと問われると「私たちを結婚させてください。それだけです」と締め括った。

報告集会で話す、証人のたかしさんのお姉さん。(筆者撮影)
報告集会で話す、証人のたかしさんのお姉さん。(筆者撮影)

結婚している”夫婦”と変わらない

証人尋問では、たかしさんの3歳年上のお姉さんが証言台に立った。

お姉さんがたかしさんからカミングアウトを受けたのは2002年の12月、たかしさんが30歳の時だった。

「亮佑と付き合っているということを伝えてくれて、勇気を持って言ってくれて嬉しかったです。これまで言えずに一人で抱えて辛かっただろうと思います。気づいてあげられなくてごめんねと伝えました。」と話す。

たかしさんは両親やお姉さん夫婦以外の親戚にはカミングアウトをしてないため、親戚が集まる際に「結婚しないのか、相手はいないのか」と質問攻めに合うことがあった。

「たかしはパートナーと幸せに暮らしているから、おじさんおばさん察してほしい」と思いながら、お姉さんは間に入って話題を逸らしたこともあったという。

15年ほど前に二人が参加した選挙ボランティアで、有権者を男女に分けて受付をすることについて説明を受けた際、誰かが「オカマが来たらどうするか」と笑いが起きた。

お姉さんは「身体が震えました。ふとたかしを見ると、無表情だったのを覚えています。」

「その後たかしに『大丈夫だった?』と聞くと『そんなことあったっけ』と。心配させないためにそう答えたのかなと思いますし、いつもこうした言葉を投げかけられ自尊心を傷つけられてきたのだな、と思いました。

私自身、何も知らなければ『オカマが来たらどうするか』と笑って聞いたのは、もしかしたら自分だったかもしれないとも思い、ショックを受けました」

札幌地裁に入廷する原告ら(筆者撮影)
札幌地裁に入廷する原告ら(筆者撮影)

お姉さんから見て、現在の亮佑さんとたかしさんの関係性は「結婚している夫婦と変わらない関係」だという。

「普段から亮佑に『お義姉さん』と呼ばれています。二人が一緒に暮らす中で、たかしも笑顔がどんどん増えていきました。亮佑のお母さんも、亮佑が部屋の片付けが苦手なことを心配していたけれど『たかしと暮らしていると部屋が綺麗だ』とか『料理も健康的だ』と喜んでくれて、姉としても嬉しいです。」

しかし、法律上の結婚ができないことで、例えば二人のどちらかが亡くなった時に「喪主になれるのか、税金や年金、万が一の保険の面でもみんなと同じように扱われない」ことに不利益があると感じていると話す。

「法律が差別を助長している状況だと思います。同性婚を認めて、異性愛者と同じ権利を与えてほしいです。

今日も性的少数者として生まれる人がいます。SNSを見れば、誹謗中傷もすぐに見つけられてしまうような現状の中、若い人が自死に追い込まれないように、また、たかしや亮佑が苦しんできたことを次の世代に引き継がないように、ここで断ち切って欲しいと思います」

報告会で話す原告のEさん(筆者撮影)
報告会で話す原告のEさん(筆者撮影)

「変えられない」からこそ苦しい

続いて証言台に立ったのは、北海道札幌市在住のCさんとEさんの女性カップル。二人は2008年2月から交際をはじめ、12年以上共に過ごしているパートナーだ。

交際して2年後の2010年から一緒に暮らしはじめたが、Eさんの両親が同居を許してくれず「別の部屋を借りて両親をごまかしながら一緒に生活をはじめました」とスムーズにスタートできなかった同棲生活を振り返る。

Eさんは高校1年生の時に受け取ったラブレターが家族にバレてしまい、母親からは号泣しながら「思春期の気の迷いだからじきに直るよ、きょうだいの自己形成に関わるから絶対に言わないでほしい」と言われたという。

Cさんも母親から「(あなたが)同性愛者であることを地元の人には言わないでほしい」とお願いをされた。

さらに、Eさんは初めて自分がレズビアンであることを友人や学校の先生にカミングアウトした際、友人からは好奇な目で見られ、学校の先生からも「レズビアンであることをやめなさい」と言われている。

Eさんは自身のセクシュアリティに悩み、自死まで考えたこともあった。「性的指向は変えようと思って変えられることではないので、だからこそ苦しかった」と話す。

報告会で話す原告のCさん(筆者撮影)
報告会で話す原告のCさん(筆者撮影)

“あたりまえの日々”が壊れそうなときこそ

Cさんは料理担当、掃除や洗濯はお互いの仕事が休みの時に分担をしている。二人で保護猫を引き取り育てていて、旅行が趣味で年に数回は行っている。

「異性のカップルと何も変わらない生活を送っていると思います」とCさんは話す。

引越しをして分譲マンションを購入した際、Eさんは「同性カップルでペアローンを組めるような会社は少なく、しかも公正証書などの作成が必要で時間もかかってしまうので、二人でお金を出し合って一括で購入しました」と話す。

しかし「もしどちらかが亡くなったあとスムーズに相続できるのか不安に感じている」という。

今回の訴訟を前に、二人は婚姻届を提出し不受理になった。当時を振り返り、Eさんは「直前に異性カップルが婚姻届を提出されていて、異性間と同性間で "違う"ということをまざまざと見せつけられました」

CさんとEさんがパートナーと結婚できるようになったら、社会に向けてどんな意味がありますか?と問われると、Eさんは「同性カップルでも”ふうふ”として、幸せに生活できる二人が増えると思います」と話した。

「国は私たちの存在を想定していないと言いますが、でも今、私たちはこの社会に存在しています。仕事や学校に行って、家に帰って料理や子育てをしたり、異性カップルと変わらない存在です。でも結婚ができません。

結婚は、私たちの”あたりまえの日々”が壊れそうになってしまったときに守ってくれるものだと思います。

私はパートナーと20年も30年も、一生一緒に生きていきたいと思っています。この裁判が私たちの未来を明るくしてくれる大きな一歩となってほしいと思います」

結婚ができるようになったら、何がしたいか。Eさんは「今までかけられることがなかった『おめでとう』という言葉をかけてほしいです」と語った。

札幌地方裁判所(筆者撮影)
札幌地方裁判所(筆者撮影)

当事者の「生活実態」を伝えたい

尋問では、国側からの反対尋問はなかったが、Eさんやたかしさんに対して裁判官から同じ質問があった。それは「性的指向は(自分の意思で)変えられないのか」というものだ。

二人とも「自分の意思で変えられるものではなかった」という回答をしたが、この質問にはどのような意図があったのか。

弁護団の須田布美子弁護士は「その属性が『自分で選べるもの』なのか『選択の余地はないもの』なのかによって、差別に対する判断が厳しくなったり、ゆるくなったりと変わってきます。

裁判官が『性的指向は自分で選べるんじゃないの?』という見方でこの質問をしてきたのか、それとも人権問題として厳しく判断するために、あえて『セクシュアリティは自分で選べない』と原告に言わせようとして質問したのか、どういう意図だったのかは判決を見てみないとわかりません。しかし、この論点に関心があるということは伝わりました」

同じく弁護団の加藤丈晴弁護士は、「今回の尋問では、『同性カップルも異性カップルも変わりませんよ』という生活の実態を裁判官に理解してもらいたかったのが目的の一つです。

また、結婚という制度がそれぞれのカップルにとってどういう意味を持つのかをご自身の言葉で伝えてもらいたかった」と話す。

これまで裁判を通じて、弁護団は相続や税金の控除などの具体的な不利益について提示してきた。

「しかし、『結婚があれば自分たちの関係性を説明しやすい』とか『何かあったときの保障を受けられる』など、それぞれが考える”結婚の意味”について伝えることが今回は重要だったと思っています」

手応えとして「裁判官は真剣な表情で、深く頷きながら話を熱心に聞いてくれました。当初尋問で目的としていたことは達することができたのではと思います」と話す。

尋問を終えて、それぞれの原告カップルや証人は、緊張したが自分たちの想いをしっかりと伝えることができたという。

亮佑さんは「私はいま40代ですが、私が20歳くらいの頃は『結婚なんて絶対にできない』と思っていました。でも今の20歳の当事者も同じようなことを言うんですよね。

異性愛者は好きになると結婚できますが、同性愛は結婚できない、これは明らかに差別です。

同性婚ができても(制度を使わない人にとって)世の中は変わりません。私たちの日々の生活も特には変わらないでしょう。でも、緊急時に家族として扱われたり、当事者は勇気づけられ、カミングアウトできるようになったり、自殺したいと思う人が減るかもしれません。世の中は変わらないし、変わると思います」

たかしさんは「去年2月の提訴から今日に至るまでのいろいろな思いを、今日のこの日に伝えることができました。私たちのリアルな生活実態を率直にお話ししたつもりなので、裁判官や国の代理人の方々の心に残ると良いなと思います」

次回の弁論期日は10月28日。ここで裁判は結審し、来年2月頃に判決が予定されている。

全国各地の地裁で提訴されている「結婚の自由をすべての人に訴訟」だが、最初に判決を迎える札幌地裁に注目が集まっている。

一般社団法人fair代表理事

愛知県名古屋市生まれ。政策や法制度を中心とした性的マイノリティに関する情報を発信する一般社団法人fair代表理事。ゲイであることをオープンにしながら、GQやHuffPost、現代ビジネス等で多様なジェンダー・セクシュアリティに関する記事を執筆。教育機関や企業、自治体等での研修・講演実績多数。著書に『あいつゲイだって - アウティングはなぜ問題なのか?』(柏書房)、共著『LGBTとハラスメント』(集英社新書)など

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