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渡辺明名人、1秒間に8000万手読むコンピュータを購入しディープラーニング系のソフトも導入(2)

松本博文将棋ライター
2006年、竜王位を防衛した渡辺明現名人(撮影:筆者)

松本 今までの名人のパソコンで最新版の水匠を動かして、どれぐらいNPS出るか拝見していいですか?(Nodes Per Second=1秒間に何局面を読むか)

渡辺 どうぞどうぞ。

松本 えーと、300万と少しですね。こっちの新しいマシンだとそれが6000万とかになるわけでしょ? 十数倍か・・・。

杉村 そうですね。

渡辺 これ、計算能力でいうと、何倍みたいな言い方をするんですか?

杉村 ちょっと失礼します。スペックを見ると・・・。これ(古いパソコン)だとインテルのCore i7の6コア12スレッドで動くソフトなんですけど、こっち(新しいマシン)はCPUがRyzen Threadripper 3990Xで64コア128スレッドなので、そうすると128÷12だから・・・10倍ぐらいの頭脳があるってことですね。

松本 私はコンピュータに全然詳しくないんですけど「スレッドリッパー」という名はよく耳にするようになりました。主に藤井聡太現二冠との関連ですね。

松本 藤井二冠が自作のマシンに入れてるのも最新のスレッドリッパーですよね。けっこういいお値段で、開発者の皆さんは「高級スリッパ」って言われてますよね(笑)。AMD製のCPUで、杉村さんもそれを使われている。

松本 なるほど、普通のパソコンの10倍以上の性能ね・・・。

渡辺 そうすると単純にそれぐらいの時間が短縮できるってことですか? 同じ結論を得るのに。

杉村 そう考えていただいてもそこまで間違いはないです。ただ、たとえば以前のPCより10倍の差があるとして、じゃあ10分の1読み込ませれば同じ強さかというと、並列探索数が違うので誤差がある。たとえば7倍ぐらいの差になるかもしれないです。それぐらい時間を短縮できる感じですね。

松本 へええ。消費電力はヤバそうですけどね(笑)。ドライヤーをつけっぱなしにしてるみたいな感じでしたっけ・・・。

コーヒーをこぼしたら終了

渡辺 ちょっと電気見てきます。(メーターを見てくる)・・・まだ全然でしたね。

杉村 そうですね。まだ全然パワーを使ってないので。いちばん使ったらどうなるか試した方がいいですね(笑)

渡辺 いま家族も出かけてていないんで。いるときに各部屋にクーラーとかついたらどうなるか(笑)。このマシンって、水とかに弱いですよね。

杉村 こぼしたらたぶん終わりだと思います。

渡辺 えっ? ちょっとでもこぼしたら終わります?

杉村 ケースの上の通気口から入れたら終わりですね。

渡辺 えっ、じゃあカバーとかかけといた方がいいですか? でもかけるとダメなのか。

杉村 そうですね。熱はこもらないようにしていただきたい。

渡辺 コーヒー運んでるときにつまずいてビシャってやるの怖いな(笑)。そしたらもう終わります?

杉村 たぶん終わります。

渡辺 こえー(笑)。どうすればいいんだろう? どうしようもないんですね。気をつけろとしか・・・

杉村 そうですね。

写真:アフロ

松本(部屋に名刺を見つけて)あれ、肩書(名人・棋王・王将)を入れるようになったんですか?

渡辺 それはファンの方に差し上げる用ですね。ただ最近、地方に行っても(コロナ禍で)イベントがないので、名刺はほとんど減ってないです。

松本 なるほど。

杉村 えーと・・・(ソフトのパラメータ設定をしている)

渡辺 なんかそのへんの設定って、まったくわかんなくて。

杉村 はい、そのへんも説明させてください。

渡辺 これって、プロ棋士もみんないじってるんですかね。

杉村 いじろうとして「どういう設定ですか?」と聞かれることはあります。

渡辺 これだって、触って悪化することもあるんですよね?

杉村 あります。ただ初期設定のままだと、たぶん使いこなせてないですね。いや、面白いんですよ、いろいろな設定があって。

渡辺 ちんぷんかんぷんだな(笑)。そもそも日本語で書いてないからわからないよ(笑)

1秒間に8000万局面読む

杉村 じゃあ水匠から動かしてみますか。

松本 おっ!

杉村 はい、動きました。

松本 うおおお。なんかすごい数字(6000万ぐらい)が出てる。

杉村 さっきのNPS(300万台)と比べていただいて。

渡辺 こっちはケタが1ケタ多いんですか。すげー。

松本 15倍から20倍ってとこですか。

杉村 そうです。

渡辺 これでもう検討始めただけで、こいつ(新マシン)はずっとうなってるわけですか。

杉村 そうです。これからどんどん熱くなっていくはずです。ただ、めっちゃいいPCを買ったはずなので、そこまで熱くはならないかと。

渡辺 消費電力見てきます(笑)

杉村 で、タスクマネージャを見ると、CPUがこんな感じでいっぱい動いてると。

松本 おおお。64コア全員集合ですか(笑)

杉村 そうです。本気出せばもっといくんですけど。

渡辺 (帰ってきて)電気、そうでもなかった。

松本 よかった。

杉村 こうすると本当に最強設定なんですが。

松本 ・・・立ち上がるまでに時間がかかる感じですか。

杉村 そうですね。メモリの準備をしているので。

松本(ソフトが動いて)おおおおお。8000万!? すごくないですか?

杉村 これで何が起こるかというと(タスクマネージャを開く)

松本 おお! 128人全員集合!?

杉村 これがCPUの限界です。GPU以外のパーツが全部動いてるので、消費電力はけっこう高めに。こっち(旧マシン)だと最大12人(スレッド)ですね。

松本 藤井聡太さんもこれぐらいの数字を・・・

杉村 出してますね(笑)

松本 やっぱり。

杉村 ハードも進化してるんですけど、それにキャッチアップしてるんだったら、このスピードが出ます。

水匠は導入が簡単

渡辺 これって例えばいまから1年、2年経つと、またどんどん違ってくるんですか?

杉村 そうですね。でも従来型(NNUE系)のソフトはおそらくほぼ進化しないと思います。開発してる人が少なくなってきているので。もうひとつの新型(DL系)の方がどんどん増えていくと思うので。今度はそっちを設定させてください。

松本 こっちの方の設定が難しいと。

杉村 そうです。なかなか難しい。

渡辺 従来のソフトは今後どうなるんですか?

杉村 今後、同じ強さで残ります。

渡辺 えっ、じゃあ今後は水匠さんももう更新されない?

杉村 ほぼ。

渡辺 あっ、そうなんですね。じゃあ新しい方(DL系)ができないと、みんな困るじゃないですか。プロ棋士が。

杉村 困りますね(笑)

松本 水匠はこれまで、バージョンアップされるたびにフリーで公開されてきましたね。

松本 そして水匠はそんなにコンピュータに詳しくなくても、比較的導入が簡単でした。

渡辺 いままでは「あっ水匠、新しいの出た」って言って入れてたと思うんですよ。それができなくなるってことですか?

杉村 そうなんですよ。この設定、慣れればできるんですけど、パソコンにけっこう詳しい人でもなかなかの難易度っぽいんですよね。

渡辺 じゃあ棋士はほとんど無理だな(笑)。でもソフト開発者の方だったらできるんですね。

杉村 そうですね。これができなかったら開発できないですね。サイトの説明通りやればできるんですけど、難易度が若干高いっていう。

渡辺 読んだだけで挫折するんですか。

杉村 インストールの方法は英語で書いてあるので。

渡辺 いままでのわりと簡単なのに慣れてるとな・・・。

杉村(設定をしながら)これが簡単に動けば、私の設定が素晴らしかったということで。正直このパラメータ、私でもわからない部分はあるので。何がなんだか。これで動けばとってもよかった、という話になりそうですね。・・・ああ、大丈夫かな。3分ほどお待ちください。

渡辺 そんなにかかるんですね(笑)

杉村 最初だけですね。

渡辺 このログっていうのが出てくると、もうわけがわからない(笑)。なんだろうこれ、みたいな。

杉村 仮にこれで普通に動き始めたら、今後プロ棋士の先生にお問い合わせいただいたら、この設定を広めていこうと思います(笑)

大局観がめちゃくちゃいいDL系

渡辺 杉村さん、本職は弁護士さんなんですよね。

杉村 そうですね。

渡辺 コンピュータ関係は完全に趣味ですか?

杉村 趣味です。

渡辺 ははは(笑)。それはいつからですか?

杉村 パソコン関係自体はいろいろやってましたけど、コンピュータ将棋だと3年前ぐらいから。

渡辺 パソコン関係は若い頃からなんですね。

杉村 そうです。

渡辺 完全に趣味で、仕事にしようとかではなく。

杉村 ええ。「技巧」開発者の出村(洋介)さんなんかは「なんでプログラマにならないの?」という詳しさなんで。

(写真左の出村さん、中央の杉村さんは、どちらも弁護士にしてコンピュータ将棋開発者)
(写真左の出村さん、中央の杉村さんは、どちらも弁護士にしてコンピュータ将棋開発者)

杉村 あっちは弁護士よりプログラミングの方が詳しくてもおかしくないレベルです。私の方は弁護士の方が全然詳しいです。

渡辺 頭のいい人はなんでもできるんだな・・・。

松本 将棋の名人がそれを言うと味わい深い(笑)。出村さんはいま、北海道なんですよね。

渡辺 大学とかですか?

杉村 いえ、法律事務所で。

松本 北海道の最北に近いところ、オホーツク海に面してる町で活動されてるんですよね。尊い。

杉村 ひまわり公設事務所といって。

渡辺 地元とかではなく?

杉村 地元も近いらしいですけど、もともと法律事務所が近くになかった人のために・・・

松本 あっ、動いた!

杉村 ああ、よかった。素晴らしい。ええとですね、これがdlshogiです。これなんですけど、見ていただくとわかる通り、NPSは5万しかございません。

渡辺 はいはいはい。

松本 ほんとだ。ひえー。ほんとだ。

杉村 これで強さは水匠とほぼ互角なんです。

渡辺 なんでだろ?

杉村 大局観がめちゃくちゃいいからです。

松本 すげえ・・・。一般的に将棋は大局観が優れていれば、それほど多くの手を読む必要がない、と言われますね。羽生現九段が若き日に、キャリア終盤の大山15世名人と対戦したことをしばしば振り返って、全然読んでるように見えないんだけど、それでもめちゃくちゃ強かった、みたいなことを語っています。

杉村 いままでは大局観を読みでカバーみたいな感じだったんですけど。

渡辺 概念が全然違うんですか?

杉村 そうなんです。だいたいこれぐらいの評価値を初手で出すと。

渡辺 じゃあ全然違うんですね。従来の評価値で、1500点で勝勢みたいなのとは。

杉村 局面によってはそうですね。

渡辺 比べてけばわかるか・・・

杉村 評価値が高い局面と低い局面が従来型と結構違うので。たとえばなんですけど、四間飛車にした瞬間のdlshogiの評価値が・・・。(びっくりするような評価値が出る)

松本 すごい! これ振り飛車党の人が見たら激怒しそうですね。ひえー、驚いたね。

杉村 振り飛車を終わらせてしまったという(笑)

松本 振り飛車はいつの時代でもアマチュアからは人気が高い。しかし現在のプロ棋界は振り飛車党受難の時代のように見えます。もし序盤の精度の高いdlshogiが冷酷に「振り飛車は終わった」と告げるのなら、その傾向はさらにはっきりしていくのかもしれませんね・・・。

渡辺 もともと従来のソフトでも居飛車が上目だから、後手で角道止める四間飛車だと200ぐらい(振り飛車側不利と)出してますよね。

松本 水匠の最新のバージョンは、わりと振り飛車に優しめの数字に戻ったという印象でしたが。

杉村 たぶんponanza時代に戻ったぐらいの評価値ですね。

渡辺 振り飛車党の人もマイナスしか出てこないのには慣れてるんじゃないですか。

松本(麦茶をいただいて)ありがとうございます。はあ、冷たくておいしい。・・・そういえばタイトル戦でもコーヒーを運ぶ方がこぼしてしまったという事件がありましたね。震える・・・。

(その3以降、まだまだ続く)

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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