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異次元の天才・藤井聡太二冠(18)逆転で三浦弘行九段(47)に勝ち順位戦通算40勝1敗&22連勝達成

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 5月13日。東京・将棋会館において第80期順位戦B級1組1回戦▲藤井聡太二冠(18歳)ー△三浦弘行九段(47歳)戦がおこなわれました。10時に始まった対局は0時26分に終局。結果は109手で藤井二冠の勝ちとなりました。

 藤井二冠はB級1組で白星スタート。またC級1組在籍時から継続している連勝記録を22に伸ばしました。これは森内俊之現九段の26連勝に次ぐ史上単独2位の記録です。また藤井二冠の順位戦通算成績は40勝1敗(勝率0.976)となりました。

藤井二冠「本局も苦しい時間が長かったかなと思いますし。B級1組でまた今後も厳しい相手が続くと思うので、よりいっそう気を引き締めていかなければいけないな、というふうに思っています。それ(順位戦22連勝)に関しては自分としてはまったく意識していないことなので、また、次の一局に新たな気持で臨めればと思います」

 藤井二冠は2回戦で稲葉陽八段と対戦します。

これも勝つのか、藤井聡太

杉本「いやでも、すごい将棋でしたね」

 本局が終わったあと、藤井聡太二冠の師匠・杉本昌隆八段がそう語っていた通り、なんともすさまじい一局でした。

 10時、対局開始。後手番の三浦九段が誘導して、戦型は横歩取りとなりました。午前の段階で大駒が中段でぶつかり合う、激しい変化に突入しています。

 午後からはスローペース。両者時間を使い合って読み合い、局面は大きく動きながらも、均衡を保って推移します。

 三浦九段は飛車を左右に大きく使って、千日手含みで動きました。わずかながら勝率が低い後手番で千日手に持ち込めば、成功といえます。

 先手番の藤井二冠は千日手にはせず、打開して攻めていきます。

三浦「千日手の筋はちらついたんで、打開されてもまだ難しいとは思ってたんですけど。別に、そこまでよしとは思ってなかったんですけど」

 形勢はほぼ互角。ということは、後手番の三浦九段がうまく立ち回ったといえそうです。

 49手目。夜戦に入って最初の一手で、藤井二冠は中段に飛車を打ちます。夕食休憩の40分をはさんで、消費時間は57分。いかにも苦心したという一手でした。しかしこの手を境に、「勝率」として表示される将棋ソフトの形勢判断は、次第に三浦九段よしに触れていきます。

藤井「途中から飛車交換になりやすい形になって、ちょっと判断が難しかったんですけど。そのあと、こちらが(▲8五飛と)一方的に飛車を手放してからは苦しくなってしまったのかな、とは思います。こちらは▲3九金と寄ってしまっているのが攻め合いに弱い形で。本譜も飛車交換になったあと、▲5六馬に△2二金と引かれてみるとちょっと、思わしい手段が見えなかったです。玉が薄い状態で飛車を手放してしまっているので、苦しいのかなというふうに思っていました」

 ABEMAで夜に解説を務めたのは、杉本八段と本田奎五段。

杉本「見るたびに(形勢表示の)パーセンテージが下がっていくので、悲しいなと思って見てました」

 とはいえ、依然難しい中盤戦。形勢は三浦九段よしですが、そう簡単には決まりません。両者ともに上着を脱ぎ、ワイシャツをひじまでまくっての戦いが続きます。

 73手目。藤井二冠は自陣に桂を打ちます。相手の角筋を止めながら、機を見ての反撃を含みとした攻防手でした。

 持ち時間6時間のうち、残りは藤井33分、三浦1時間16分。形勢も時間も三浦九段がリードしています。しかしここは難しいところでした。

 三浦九段は17分考えて桂を打ち、さらには金を前に進めて攻めていきます。しかし局後、この順を悔やみました。

三浦「妥協すればやや模様よしかな、という手順もあったんですけど、ちょっと踏み込んでいった先に誤算がありまして。うーん、でも誤算があって、本当になにもなかったかどうかまではわかんないですけど。ちょっと違う手順で、模様のよさを具体的に結びつけようかなと思った手順が、あまりよくなかった可能性もありますね。なんかあったかもしれませんけど。(踏み込む順とは5四に)桂馬を打って△5五金とか。そこまで無理をしない方がよかったか。ただちょっと・・・。じっくり指して、指せそうな手順もあったんですけど、ただ、はっきりよくなるかどうかまではわかってなかったので。うーん。踏み込んでいったのがちょっと、そんなに成算があったわけではないので。うーん。あまりよくなかった可能性があるなと思っています」

 三浦九段がわるくなったわけではありませんが、藤井二冠にもチャンスが出てきました。

 78手目。コンピュータ将棋ソフトは、当たりになっている金をじっと逃げる手を最善と表示しました。しかし人間の目には、いかにも指しにくい一手です。三浦九段は16分考えたあと、その一手を指しました。

本田「へええ・・・」

杉本「ああ・・・!」

本田「いやあ・・・」

杉本「いやあ・・・! いや、神が2人いましたね。藤井王位・棋聖も相当すごいけど、これはこれで神でしょう」

本田「いやあ、そうですね、これはもう・・・」

杉本「これはすごいね!」

 80手目。三浦九段は五段目に角を出ます。藤井玉をにらみながら、いくつかの攻め筋を生じさせる、なんとも味のいい一手です。ここは藤井二冠どう受けるのか。そう思われたところで、藤井二冠は自陣一段目の飛車を五段目に浮きました。なんと受けるのではなく、反撃に出たのです。

杉本「うん? 指しましたね・・・。これはまた・・・。これが・・・。これがまた神の手だったりするんですね? すごいね。ん? なんだこれ? なにが起きたかよくわからないね。なにも受けてないですね。いやあ、これが・・・。これが神返しですか」

 藤井二冠から、おそるべき勝負手が飛び出したかのように見えました。しかしこれは受けが難しいから、苦し紛れに相手を惑わそうという一手ではありません。「勝負手」というよりは「最善手」と表現した方がよさそうです。

三浦「飛車を浮かれて、本譜・・・。うーん・・・。もうちょっと細かく指した方がよかったかなと。うーん・・・。踏み込んでいった先が、必ずしも成算があったわけではないので。まあ・・・。これで勝てればいいかな、という手順で踏み込んでいったんですけど、うーん、ただ、的確に、そのあとはいやな手順を指され続けたような気がしますね。読み切れてなかったんでまあ、無理をしない方がよかったかな、とは思ってます」

 藤井二冠が手段を尽くし、難解な終盤戦に入りました。わずかにリードを保っている三浦九段。残り時間が切迫する中で、最善の攻めを考えます。藤井二冠の飛車を歩で取るのがいいのか? それとも桂を金で取るのがいいのか? それとも・・・?

三浦「残り何分でしょうか?」

記録「18分です」

 三浦九段は残り17分まで考えました。そして86手目。三浦九段はどの駒も取りませんでした。代わりに駒台に置かれている飛車を手にして、大きく息を吐きながら、藤井玉のすぐ近くに打ち込んでいきます。

「50% - 50%」

 三浦九段の一手で、形勢表示は互角に戻りました。残り12分の藤井二冠。わずか1分で当たりになっている金をかわします。これが最善の受け。

杉本「いやあ、来ましたねえ、これは・・・!」

 杉本八段は進行手順を振り返りながら、手にした大盤用の駒を落としそうになりました。

杉本「すみません、興奮してます」

 藤井二冠が追いついて、流れはもう逆転ムードです。

 三浦九段は縦に2枚飛車を並べて藤井玉に迫ります。対して藤井二冠は2枚の金で防戦。飛2枚と金2枚が接近戦でせめぎ合う、ちょっと見たことがないような形が出現しました。

 92手目。三浦九段は飛車を1枚切って攻め続けます。

杉本「これは、ついに逆転しましたね! ・・・あくまで評価値を見たらですけど(笑)。これはちょっと頭抱えるでしょう」

 中継画面には頭に手をやる様子の三浦九段の様子が映されます。対して藤井二冠は扇子でリズムを取り、平静な様子で読みふけります。

杉本「藤井王位・棋聖の苦しい時間が長かったけど・・・。ついに逆転しましたね」

 三浦九段の攻めが一段落し、ついに藤井二冠に手番が回ります。残り時間は藤井4分、三浦7分。

 大盤の検討ではずいぶん前から、6筋の歩をじっと突き上げる手順が検討されていました。途中で打った攻防の桂を使いながら、相手玉に確実に響く、いかにも本筋という一手。藤井二冠が、もし逆転するのであれば、この筋を実現させるよりないであろうと言われていました。そしてその手が、ついに実現しそうな段階を迎えました。

杉本「ここは私は▲6五歩を・・・。いろんな弟子たちに伝えてきた気がするんですけど」

本田「歴史上、いい手だということですね」

杉本「ここを突かなきゃダメだぞ、と」

 ほどなく、藤井二冠は着手。杉本師匠が示した手をそのまま盤上に表しました。

本田「おお・・・!」

杉本「(小さな声で)ほら! ・・・これでもう、私、満足です。ここで帰ってももう、私はいいです」

 形勢ははっきり、藤井二冠よしとなりました。

藤井「ずっと苦しいのかな、というふうに思っていたんですけど、▲6五歩から▲6四歩で攻め合いの形になったので、難しくなったのかなと思いました」

 三浦九段は藤井玉に迫り、上下はさみうちの形を作ります。しかしこれは形作り。三浦玉には即詰みが生じていました。

藤井「(107手目)▲6三歩成までいくと、勝ちなのかなと思いました」

 詰将棋を速く正確に解くことにかけては世界一の藤井二冠。残りわずかな時間でも読み切って、109手で大熱戦に終止符を打ちました。

杉本「すごい将棋でしたね」

 師匠だけではなく、世界中の将棋ファンがそう感嘆したであろう、逆転の名局でした。

 三浦九段と藤井二冠の対戦成績は、これで1-3となりました。

 藤井二冠は史上単独2位の順位戦22連勝を達成。いよいよ森内九段が持つ、空前にして絶後とも思われた大記録、26連勝に迫ってきました。

 藤井二冠のデビュー以来の順位戦通算成績は40勝1敗(勝率0.976)。これまでの将棋界の常識では、ちょっと考えられない数字です。異次元の天才はこの先、どこまで突き進んでいくのでしょうか。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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