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王者・渡辺明名人、若き藤井聡太棋聖へのリターンマッチ決定 棋聖戦挑決で永瀬拓矢王座に逆転勝利

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月30日。東京・将棋会館において第92期ヒューリック杯棋聖戦・挑戦者決定戦▲渡辺明名人(37歳)-△永瀬拓矢王座(28歳)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は19時51分に終局。結果は129手で渡辺名人の勝ちとなりました。渡辺名人は藤井聡太棋聖(18歳)への挑戦権を獲得。前期五番勝負で敗れた渡辺前棋聖は、今期挑戦者の立場でリターンマッチの舞台へ名乗りをあげました。

 五番勝負第1局は6月6日、千葉県木更津市・龍宮城スパホテル三日月でおこなわれます。

 終局後、渡辺名人は以下のように語っていました。

渡辺「昨年、棋聖戦敗れてしまったんで、リターンマッチという形で今年も出場できるっていうのはすごいうれしく思います。昨年は反響が大きいシリーズだったんで、今回もそういったシリーズになるようにがんばっていきたいと思います。(現在はタイトな日程で)ここの連戦は来週(名人戦第3局)含めてけっこうきついところだったんで。いやあ・・・きついっす(笑)。(藤井棋聖には)昨年のシリーズでも終盤力は見せられたんで、そこは警戒して指していくことにはなると思います。昨年、やっぱり反響が大きかったんで、それ以上の内容を目指していきたいかな、という感じですかね」

渡辺名人、辛抱実らせ逆転勝ち

 渡辺名人先手で、戦型は相掛かり。現代将棋の最前線です。

渡辺「研究課題ですね」

 まだ序盤の23手目。渡辺名人は桂を跳ねた手を局後に悔やみました。

渡辺「桂跳ねた手がよくなくて、飛車寄られて模様がわるくなちゃったんで」

24手目、永瀬王座が横歩を取ったところで、渡辺名人の手が止まりました。この早い段階での長考は、事前の想定からはずれたのではないかと推測もされたところ。渡辺名人は感想戦でそのあたり、正直に申告していました。

渡辺「ちょっと序盤で失敗してしまって、粘る方針だったんですけど、なんかそれでも除々にわるくなっていってしまったというか。そういう感じですね」

 棋聖戦挑決の持ち時間は各4時間。渡辺名人はそのうちの51分を割いて、25手目、角を上がります。以下、渡辺名人は横歩を取って7筋にいる飛車を攻撃目標として前線をします。

渡辺「ここからはちょっと粘る方針で。先手番なのに粘る感じになっちゃんたんで」

 午後の戦いに入って32手目。永瀬王座は38分考えて端9筋、狭いところに角を打ちつけます。渡辺玉を間接的ににらんで厳しい手ですが、その角はすぐに取られそうでもあります。

永瀬「かなりギリギリなんで・・・」

 あまり成算は持てなかったという永瀬王座。以下は火花散る決戦となりました。

 永瀬王座が角金交換の駒損ながら相手陣を乱したのに対して、渡辺名人はどうまとめるか。

 本譜、渡辺名人は5筋に自陣角を打ちました。しかし局後の検討では、8筋に角を打つ順が優ったと結論づけられています。後手からは飛車も切って踏み込んでくる順はあるものの、しっかり受ければ大丈夫で、むしろ渡辺名人の側がよかったようです。

渡辺「(▲8八)角? なんだこれ(笑)じゃあどっちが騙したんだ(笑)」

永瀬「角もあるんで成算が持てなかったです」

渡辺「さすがにこちらがわるいんだろうという前提でやってるんで。本譜は▲5八角で悪化したのか」

 渡辺名人は形勢を悲観していためか最善手を逃したようです。しかしそれでもまだ、そんなに差がついていたわけではありません。

渡辺「いろいろ考えて本譜はいちばんわるくなっていった」

 と渡辺名人。2枚の角を打って粘りに出ましたが、永瀬王座は渡辺陣に金を打ち込んで角を1枚取り、駒得を実現。このあたりから次第に永瀬よしがはっきりし始めます。

 やがてコンピュータ将棋ソフトの形勢評価では永瀬王座は大優勢。あるいは勝勢といってもよいほどの差が開きました。渡辺名人は時おりがっかりしたような仕草も見せました。

永瀬「チャンスがあったかなと思いました」

 終局直後、永瀬王座は控えめに、自信があったことをのぞかせました。

 しかし将棋は逆転のゲーム。人間同士の戦いでは、最後までなにが起こるかわかりません。特に両対局者ともに時間が切迫しての終盤では、数々のドラマが起こってきました。

 永瀬王座の攻めに応じながら、渡辺名人は少しずつポイントを返していきます。

渡辺「まあなんか、混沌とはしてますかね。ごちゃごちゃしてきたからまあ・・・。わるいんでしょうけど、その前を思うと」

 81手目。渡辺名人は飛車取りに銀を出ます。残り時間は渡辺12分、永瀬15分。この局面で永瀬王座の手が止まりました。

永瀬「▲7五銀とされて指し手が難しいのかな、と思いました」

 82手目。永瀬王座は貴重な6分を割いて、馬を盤上隅から中央に引きつけます。「駒は中央に」という格言にも沿った、いかにも筋のよさそうな一手。しかしそれで形勢が一気に巻き戻ったのですから、将棋は難しいというよりありません。コンピュータ将棋ソフトの見解では、代わりに自分の飛車を逃げながら相手の飛車にぶつける強手があり、そう指せば依然永瀬王座有望だったようです。

 85手目。渡辺名人は歩のたたきの王手をかわしながら、4筋に玉を逃げます。

渡辺「難しくなったのは▲4八玉とかわしたあたりで」

 このあたりでは形勢は逆転。渡辺名人が優位に立ちました。この先も両者秒読みに追われながらの最終盤は続いていきます。「勝ち切るまでは大変だった」という渡辺名人。しかし誤ることなく、次第にゴールへと近づいていきます。

 129手目。渡辺名人は永瀬玉の腹に銀を打ちます。セオリー通りの着実な寄せで、永瀬玉に受けはありません。対して渡辺玉に詰みはありません。

 残り2分の永瀬王座。盤面ではなく、しばし中空を見つめていました。

「これより一分将棋でお願いします」

 永瀬王座はマスクをつけます。ここ一年ほどは、この動作が終局の合図になる場合が多くなりました。

「30秒」

 永瀬王座はがっくりと首を落とし、ひたいに手をやりました。

「40秒」

「50秒、1、2、3、4、5、6」

 そこまで読まれたところで永瀬王座は「負けました」と投了を告げ、一礼。棋聖挑戦権を争うにふさわしい大熱戦が幕を閉じました。

 大一番を逆転で制した渡辺名人。

渡辺「いっときはかなり苦しかったんで、そのへんはちょっとまだあまり実感は湧かないところではありますけど」

 永瀬王座は残念ながら2年連続の挑決敗退となりました。

永瀬「押し切れた局面はあったのかなと思うので、そのへんは残念です」

 両者の対戦成績は渡辺名人16勝、永瀬王座5勝となりました。

 さあいよいよ、藤井棋聖と渡辺名人の五番勝負が始まります。

渡辺「非常に注目度が高いタイトル戦になると思うので、張り切って臨みたいと思います」

 昨年はコロナ禍の影響で日程が延期され、準決勝、挑決から番勝負開始まで非常にタイトなスケジュールが組まれました。今年は本日の挑決から6月6日の第1局までは例年通りの余裕があります。

渡辺「今年は日程的にも通常通りですし。準備する期間とかもあると思いますし。立場が違うということもありますけど、昨年よりいい将棋が指せるように準備して、せいいっぱい臨みたいと思います」

 昨年の五番勝負は藤井聡太七段(当時)の史上最年少17歳挑戦に始まり、名局が続き、最後は史上最年少17歳戴冠と、将棋史に残る名シリーズとなりました。

 今年は立場を入れ変えて、若き18歳の棋聖に、現役最強の挑戦者がリターンマッチを挑む構図です。

 両者の過去の対戦成績は藤井棋聖5勝、渡辺名人1勝です。

 藤井棋聖は今期防衛を果たすと、棋聖2期、王位1期でタイトル合計3期となり、規定により九段に昇段します。21歳7か月という最年少九段の記録を持つのは、他ならぬ渡辺名人です。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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