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作戦巧者・渡辺明名人(36)後手番で千日手模様に持ち込んで名人戦第1局1日目終了

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 4月7日。東京都文京区・ホテル椿山荘において、第79期名人戦七番勝負第1局▲斎藤慎太郎八段(27歳)-△渡辺明名人(36歳)戦、1日目の対局がおこなわれました。

 対局開始に先立つ振り駒の結果、「と」が5枚出て、先手は斎藤八段に決まりました。

 戦型は矢倉へと進みます。

 斎藤八段は39手目、左側の金を5筋に上がります。バランスを重視したいわゆる「土居矢倉」(開き矢倉)の構えです。

 一方の渡辺名人は金銀4枚を集結させた銀矢倉の堅陣で相手の動きを待ちます。

 渡辺名人が昼食に頼んだ握り寿司はさび抜きで、これは若い頃から一貫して変わらないスタイルです。

 午後は互いに模様をはかり合う序盤戦が続きました。後手の渡辺名人としては相手に時間を使わせて、さらには千日手に持ち込むことができれば成功です。

 現在の名人戦七番勝負の規定では、1日目16時以降に千日手が成立すると、1日目はもう指し直しがおこなわれず、封じ手もなく、2日目朝からまた対局が始まります。

 前例としては2019年名人戦第1局(千日手局)▲佐藤天彦名人-△豊島将之二冠(肩書はいずれも当時)があげられます。1日目15時2分に佐藤名人が最終手を指して千日手成立。当時の規定では15時以降に千日手となればそこで1日目終了でした。当事者の佐藤名人、豊島挑戦者はその規定を知らなかったそうです。

 本局は有名となった過去の例を踏まえた上で、渡辺名人と斎藤八段の間では駆け引きがあったかもしれません。

 17時過ぎ、斎藤八段は端1筋から動いていきます。対して渡辺名人は落ち着いて穏やかに収め、依然、千日手の可能性は残されています。

 18時前。斎藤八段は記録係に消費時間を尋ねました。

斎藤「全部で何分使ってますか?」

記録「全部で4時間と25分使っています」

 ほどなく、記録係がまた時間を告げます。

記録「斎藤先生、残り4時間と30分です」

 名人戦の持ち時間は各9時間。斎藤八段の持ち時間は折り返し地点を過ぎました。記録の声を聞いて一呼吸おき、59手目、斎藤八段はじっと1筋の飛車を九段目から八段目へと上げます。これも手待ちです。

記録「渡辺先生、残り6時間です」

 渡辺名人は時間で少しリードしました。まずは名人の作戦巧者ぶりが発揮された展開といってよさそうです。

 18時30分。立会人の中村修九段が声をかけます。

中村「それでは定刻となりましたので、次の手を封じてください」

渡辺「封じます」

 渡辺名人はすぐに応じて、60手目を封じ手としました。別室で封じ手を記入し、封筒に収め、また対局室に戻ってきます。

 斎藤八段は2日制のタイトル戦は初めて。一方で渡辺名人は2日制の竜王戦、王将戦、そして名人戦で、何度も封じ手を経験しています。

 斎藤八段は2通の封筒にサインをします。初めての経験で、その後どうしたらいいのか迷ったのでしょう。中村九段の方を向き、そこで対局室では笑いが起きました。斎藤八段は封筒を渡辺名人に返し、それから渡辺名人が中村九段に預けるのが手順です。

 なごやかなムードの中、1日目の対局は終了しました。

 明日2日目は朝9時に始まります。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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