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鬼才・糸谷哲郎八段(32)鮮やかな逆転で渡辺明棋王(36)に勝利 棋王戦五番勝負第1局

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 2月6日。東京・将棋会館において第46棋王戦五番勝負第1局▲渡辺明棋王(36歳)-△糸谷哲郎八段(32歳)戦がおこなわれました。棋譜は公式ページをご覧ください。

 9時に始まった対局は18時53分に終局。結果は128手で糸谷八段の勝ちとなりました。

 第2局は2月20日、石川県金沢市・北國新聞会館でおこなわれます。

糸谷八段、持ち前の怪力発揮

 糸谷八段は2016年、王座戦五番勝負に登場して以来のタイトル戦番勝負登場となります。

 タイトル獲得は2014年の竜王1期。その翌年に竜王位をさらっていったのが渡辺棋王でした。

 渡辺棋王は棋王戦8連覇中です。

 ここまでの両者の対戦成績は渡辺15勝、糸谷5勝。渡辺棋王が差をつけています。

「冬将軍」とも言われる渡辺棋王。王将戦七番勝負でも防衛戦を戦っていて、永瀬拓矢挑戦者にここまで3連勝と圧倒しています。

 最近の渡辺棋王の充実ぶりもめざましく、今期棋王戦五番勝負はおそらく、渡辺棋王乗りの声が多いものと思われます。

 第1局は当初、2月7日、栃木県の宇都宮グランドホテルでおこなわれる予定でした。しかし緊急事態宣言の影響により、2月6日、東京・将棋会館での開催に変更されました。

 本局で立会人を務めるのは木村一基九段です。

 本局がおこなわれるのは将棋会館5階の特別対局室。

渡辺「そこ(窓)って開けたままやるんですか?」

木村「締めた方がいいですか?」

渡辺「いまけっこう寒いんですけど(笑)」

木村「じゃあ、締めてもいいですか?」

糸谷「あ、はい」

 開始前、そんなやり取りが聞かれました。換気をよくするため、対局室は窓が開けられていて、渡辺棋王には少し寒く感じられたようです。

木村「1局目ですので振り駒をおこないます」

 開幕に先立つ振り駒の結果、「歩」が4枚出て第1局は渡辺棋王先手と決まりました。第2局以後は先後が交替していきます。

 午前9時。木村九段が対局開始の合図をします。

「定刻になりました。渡辺棋王の先手番で対局を始めてください」

 両対局者一礼のあと、渡辺棋王は飛車先の歩、糸谷八段は角筋を開ける歩を突きました。

 重要な分岐点となる4手目。これまでの糸谷八段はよく「後手番一手損角換わり」に進めていました。しかし本局、角筋を止めて雁木に組みます。これが糸谷八段用意の作戦でした。

糸谷「ちょっと一局やってみたかったんで」

 対して渡辺棋王は右四間飛車から左美濃に組みます。糸谷八段は居玉のまま5筋の位を取り、銀2枚を中段に並べました。

糸谷「序盤が難しくて。うーん、5筋(の位)を取る構想が無理だったか・・・。それとも金銀を繰り出していったのがちょっと変だったか。うーん、ちょっとわからなかったんですけど。その辺が反省点ですね」

 渡辺棋王は相手の5筋の位に向かって反発します。糸谷陣は金銀がバラバラで、まとめるのも難しい。渡辺棋王は自然に攻めながら桂を中段に跳ね出し、糸谷陣に拠点となるくさびの歩を打ちます。この段階では、渡辺棋王がリードを奪ったと見られました。

渡辺「ちょっと作戦勝ちかなあとは思ったんですけど。具体的にいいわけじゃないんで。うーん。そういう感じの時間帯が長かったですね」

糸谷「やっぱり苦しかったですかね。確かに薄すぎてちょっとなあ、と思って。苦しい時間も長かったと思うんですけど」

 棋界屈指の早見え早指しとして知られる糸谷八段。棋王挑戦権を得る過程でも、持ち時間を多く残して快勝する場面が見られました。しかし本局では苦境を表すかのように、消費時間は先行します。

 61手目。渡辺棋王は端9筋に角を上がります。この手自体はそうわるい手にも見えませんが、局後に渡辺棋王は悔やんでいました。

渡辺「▲9七角と出てったわりには戦果が上がらなかったんで。だったら最初から出ない方がよかったです。そこをやってったわりには、むしろ危なくなっちゃったんで。そこ、誤算でしたね」

 進んでみると、渡辺棋王の端角ははたらかずに残ってしまう展開になりました。対して糸谷八段は遊んでいた桂を交換して持ち駒に加え、中央の急所に打って反撃。迫力ある追い上げを見せていきます。

渡辺「もう熱戦だよね、これは」

糸谷「確かに。ボロ負けではないと思って、元気は出ましたね」

 86手目。糸谷八段は角を出て反撃します。持ち時間4時間のうち、残りは渡辺35分、糸谷31分。渡辺棋王は1分で相手の飛車取りに銀を打ちました。途端にコンピュータ将棋ソフトの評価値は逆転します。

 ソフトは歩を打ち捨てて角筋を変え、下段から王手で銀を打って糸谷玉を寄せる順が最善と示していました。

渡辺「(感想戦で銀を打ちながら)こうね! いやあ、これは見えなかったなあ・・・」

糸谷「決まってたら負けですかね」

 感想戦でも検討されましたがそう明快ではなく、人間同士の実戦ではなかなか選びづらい順かもしれません。

 形勢好転の糸谷八段。相手の攻めに応じながら、巧みに中段に玉を逃げ出します。

糸谷「△4四玉と逃げて『これは助かったかな』と。玉が寄らなそうだったんで。ただまあ、全然難しいと思ったんですけど」

渡辺「(相手の)玉が寄らなくなってしまって。9七角が残っちゃったんで、なかなか・・・。その角の分だけつらいかもしれないですね」

 決定的な差がついていたわけではありません。しかし流れは追い上げた糸谷八段にあります。

渡辺「ちょっと実戦的にはキツくなってんなあ・・・」

 最終盤で抜け出したのは糸谷八段でした。寄せを読み切ったあとは、早見えの雄の面目躍如。渡辺棋王の指し手を見るや、文字通りのノータイム指しで渡辺玉を受けなしに追い込んでいきます。

 攻防ともに見込みがなくなった渡辺棋王。最後は居ずまいを正したあと、投了を告げました。

 五番勝負はまず糸谷八段が先勝を飾りました。前評判からすれば、これで面白くなったと思う人が多いかもしれません。

 第2局に向けて、両対局者は次のように語っていました。

糸谷「次も本局と同じく、力を尽くしてがんばりたいと思います」

渡辺「今日は悔いが残る手を指してしまったんで、次局以降、そのようなことがないようにがんばりたいと思います」

 頭の回転も早く、ボキャブラリーも豊富な両者。感想戦では倍速再生の音声のような、早口での丁々発止のやり取りが続きました。ファンには面白く見られたでしょう。

渡辺「おかしいなあ」

 作戦勝ちにもかかわらず、なかなか明快によくする順を見つけられない渡辺棋王からは、そんな言葉も聞かれました。

 両者の通算対戦成績は、渡辺15勝、糸谷6勝となりました。

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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