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天才・藤井聡太二冠(18)順位戦18連勝→1敗→19連勝! B級2組9回戦で中村修九段(58)を降す

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 1月6日。大阪・関西将棋会館においてB級2組順位戦9回戦▲中村修九段(6勝2敗)-△藤井聡太二冠(7勝0敗)戦がおこなわれました。

 10時に始まった対局は21時58分に終局。結果は94手で藤井二冠の勝ちとなりました。

 藤井二冠はこれで8勝0敗。順位戦の通算連勝記録を19に伸ばし、自己記録を更新しました。また順位戦通算成績は37勝1敗(勝率0.974)となりました。

 敗れた中村九段は6勝3敗となりました。

 まだ終わっていない他の対局の状況次第では、藤井二冠のB級1組昇級が決まります。

【追記】藤井二冠の競争相手となる上位陣が勝ったため、藤井二冠の今節での昇級はなくなりました。

藤井二冠、めくるめくような絶妙の指し回し

 藤井二冠、中村九段ともに、本局は年明け最初の一局となります。

藤井「今年は年を明けてからすぐに対局があったんですけど・・・(小考)。普段通り指せたのかなと思います。(年末年始は)対局がなかったんで、多少のんびりした気分ではあったんですけど、普段と同じようにネットで練習対局をしたりして過ごしてました」

 藤井二冠は自身が勝てば、他の対局の結果次第で昇級の可能性がある上で対局を迎えたことになります。その点については、やはりというべきか、これまで通り、ほとんど意識していなかったようです。

藤井「あんまり表読(ひょうよ)みはしてなかったので、特に。目の前の一局に集中しようと思ってました」

 中村九段は和服で対局に臨みました。

中村「お正月ですから(笑)。前期も最終局で降級のかかった一番だったので和服着たりとか(苦笑)。私は(タイトル戦の)立会とかでよく着てるんで。藤井さんとなかなか指す機会もないですから。自分自身、気合を入れようということですけどね。そういった意味で指してたんですけどね。途中まではまあ、よかったんですけど(苦笑)。肝心なところで集中できませんでしたね。それが悔やまれます」

 中村九段先手で10時、対局開始。

 定跡型ではない、相居飛車の戦いとなりました。昼食休憩までは比較的穏やかな駒組が進められています。

 午後になると、先手番の中村九段が金銀を中段に繰り出しました。

中村「今日はとにかく粘ろうと思って指していたんですけども。なんかちょっと、模様を張る形になってしまいまして、中央に。攻める将棋かな、というふうに思って。結果的に攻めてしまったんですけども、うまいタイミングで反撃されて。ちょっと自分の思ってたイメージと違う展開になってしまったというのが残念ではありましたね。こんなに丁寧に受けるとは思わなかったんで(苦笑)。途中から攻めが続かないような形になってしまって。ずいぶん序盤の(41手目で)▲3五歩突いてったの、後悔してました」

「受ける青春」とは中村九段の若き日のキャッチフレーズ。本局では18歳の藤井二冠がしばらく受けに回る展開となりました。

藤井「序盤は先手の方が手厚い形になって、少し自信がないのかなと思って指していました。そのあともこちらの玉がけっこう薄い局面が続いたので、どうかわからなかったです」

 中村九段の金銀はさらに五段目に進みます。そのタイミングで46手目、藤井二冠は継ぎ歩で反撃します。

中村「実際指してみると、長い時間、じっくり読んで、しっかりとこちらの手を読み切ると強く感じましたね。こちらも昭和の感覚で『まあなんとかなるかな』という感じで攻めていったんですけど(苦笑)。どうも、しっかりと読み切られてみますと、どの変化もなんか、息切れする変化が多くて。結果的に、しっかりと受けられて反撃という形で」

 盤面全体に戦いが広がり、52手目まで進んだところ、中村九段の手番で夕食休憩に入りました。形勢はわずかに藤井二冠ペースだったようです。

 再開後、中村九段もまた継ぎ歩で攻めました。これは検討陣にとって、やや意表の一手だったようです。藤井二冠は的確に対応。このあたりから次第に藤井二冠よしがはっきりしてきたようです。

 藤井二冠は8筋で歩を取り込んで相手に謝らせ、壁形にします。

藤井「8筋を詰めたところはわるくはないかな、とは思ったんですが、ただ、ちょっとそのあと、どういう方針で指すかが難しくて。本譜は攻め合いにいったんですけど、少し呼び込みすぎたかもしれないので。うーん、ちょっとそのあたりはわからなかったです」

 63手目。中村九段は角筋をいかして攻めの銀をさらに前に進めます。藤井玉をにらんで迫力十分の攻め。

 対して藤井二冠には鮮やかなカウンターがあります。それが△8五桂。8筋に桂を跳ね、根本の角を攻める順です。とはいえ、飛車先を重くして跳ねる方向が中央ではなくそっぽ。いかにも人間に指しづらい・・・。もしそれが正解と見切り、その手を指す人を見たら「天才!」と叫びたいところです。

 はたして――

 天才・藤井二冠はその桂跳ねを披露しました。

屋敷「ひえー、跳ねましたね。はあ・・・。いや、こういう手はなかなか見えませんね」

 ABEMA解説の屋敷伸之九段は感嘆の声をあげました。藤井二冠は席を立ちます。対して中村九段は顔をしかめ、頭を抱えました。

屋敷「やっぱり中村九段も頭抱えちゃいますよね」

 盤の前に一人残された中村九段。思わずつぶやきが漏れます。

中村「そうですか・・・」

 形勢は藤井二冠優勢に進みました。

 73手目。中村九段は取れる飛車を取らず、逃げられる飛車を逃げず▲6四歩。銀取りに歩を取り込みます。こちらもまた、さすが歴戦の雄と感じさせる勝負手でした。ソフトの評価値は離れていますが、時間の限られた人間同士の実戦、中村九段はうまく勝負に持ち込もうとします。

中村「(6筋の歩を切って)底歩打たないと粘れないかと思って。飛車切って飛車取る手もあるかもしれないけど、ちょっとしかし底歩が打てないとダメかと思って。とりあえず(角か銀か)どっちかで取ってくれたらいいなと思って取り込んでみたんですけどね。まあでも、ちょっとあそこでは足りないかなと思いました。(71手目)飛車走ったときに歩とか受けて弱気に指してくれればもちろん勝負になると思ってましたけど。強く銀立たれて、つらいなと思ってました。はい」

 持ち時間6時間のうち、残り時間は中村九段2時間1分、藤井二冠29分。夜遅くの順位戦、どんなドラマが起こっても不思議ではありません。

 藤井二冠は11分を使って、残りは18分。きっぱり飛車を取り、すっきり勝ちにいきました。藤井二冠は6筋の歩が切れたのを逆用します。

「強い人は歩の使い方がうまい」

 よくそんなことを言います。もっとも数が多く、もっともはたらきの弱い歩をいかにうまく使えるかに実力があらわれる。それは当然のことなのでしょうが、意識してみれば、やはり強者は一局のうちに何度もうまい歩の使い方を見せます。

 藤井二冠は△6六歩から△6八歩。中村玉の近くに2枚の歩を打ち、あっという間に寄せ形を作りました。

三枚堂「これはまた美しい寄せなんじゃないですか。作ったような手順ですね。こんなに歩をうまく使えるものなんですね」

 解説の三枚堂達也七段もそう称賛するような見事な手際のよさでした。

藤井「△6八歩という手が見えて、勝ちを意識したというわけではないですけど、少しいけそうなのかな、というふうに思いました」

 中村玉は6筋に誘い出されます。対して藤井二冠は8筋に跳ねた桂、中村玉ににじり寄る4筋のと金できれいなはさみ撃ちの形を築いています。

 藤井二冠はさらに歩を打って中村陣を翻弄したあと、86手目、馬であたりになっている飛車を馬に当て返します。

屋敷「うまい組み立てでしたね」

 藤井二冠の寄せは最後まで鮮やか。飛車をタダで取らせることによって、中村九段の馬の利きがそれれば、藤井二冠の角がはたらきだし、中村玉は受けがなくなります。

中村「いやいやいや・・・」

 この一局から、いくつも次の一手問題が作れそうです。ここまでうまく指されては、受けの達人・中村九段もなすすべなしというところでしょう。

藤井「部分的に角を出た形が厳しいので。そうですね、いけそうかなというふうには思ってました」

中村「本譜の△8五桂跳ねたりとか、△8一飛車とかまあ、そういった手もすごく気にしていたんですけど・・・。完敗という感じがしました」

 中村九段は6分考えて、飛車を取りました。あとは流れるような藤井二冠のフィニッシュを見るばかりとなりました。

 94手目。藤井二冠は中村陣一段目に飛車を打ち込みます。和服姿の中村九段。しばらくの間、じっと盤面を見つめ続けていました。そして額に手をあて、一瞬、苦しそうな表情を浮かべました。

 中村九段は正座にすわり直します。

「負けました」

 最後は13分を使い、次の手を指さずに深々と一礼。藤井二冠も「ありがとうございました」と礼を返して、一局が終わりました。中村九段は小さくため息をついて、頭に手をやりました。

 順位戦通算37勝1敗。自己記録更新の19連勝。終局後、藤井二冠は自身のとてつもない記録についての感想を求められました。しかし天才はこれまでと変わらず、自身の記録についてはさほど感心がないようです。

藤井「一度負けたときは、またここまで積み重ねられるとは思っていなかったので・・・。うーん・・・。ただ、順位戦残り2局が大事だと思ってるので、結果を出せるようにがんばりたいなと思います。(順位戦に限らず)どの対局も同じ気持ちで臨んでいるつもりではあるんですけど、やっぱり順位戦、(持ち時間)6時間というのは一番長いので、それが自分に合っているのかな、と思います」

 洒脱な人柄の中村九段。対局後の笑顔の中で、少し悔しそうな様子見せました。

中村「楽しみにしてましたので。楽しかったですけどね。まだまだしかし、いやあ・・・。ダメですね、はい(苦笑)。もう少し、いい勝負にしたかったというのが、ちょっとだけ残念なところですね」

 藤井二冠はこのあと1月17日、朝日杯の対局が控えています。

藤井「朝日杯は比較的持ち時間が短い対局になるので、集中して、いい将棋を指すようにしたいと思っています。今年も(地元の)名古屋対局を開催していただいて、自分にとっては励みになる機会かなと思っているので。いい将棋をお見せできるようにがんばりたいと思います」

将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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