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百折不撓・木村一基九段(47)大熱戦を制して藤井聡太二冠(18)に会心の初勝利 将棋NHK杯2回戦

松本博文将棋ライター
(記事中の画像作成:筆者)

 11月22日。第70回NHK杯テレビ将棋トーナメント2回戦▲木村一基九段(47歳)-△藤井聡太二冠(18歳)戦が放映されました。棋譜は現在、公式ページで公開されています。

 今年度が始まる際、両者の肩書は「木村王位」「藤井七段」でした。タイトルホルダーの木村王位は1回戦シードです。

 藤井七段は7月16日、棋聖位を獲得。18回目の誕生日である7月19日、1回戦で塚田泰明九段と対戦し、勝利を収めました。

 今年度王位戦七番勝負は、木村王位に藤井挑戦者がいどみました。結果は藤井挑戦者の4連勝。8月20日、タイトルが移動して藤井新王位が誕生しました。

 本局が収録されたのは10月。対局開始前、木村九段は次のように語っていました。

木村「(藤井二冠の印象は)大変ミスが少ないというふうに感じています。序盤の作戦も完璧に近く、大変手強い相手です。王位戦で痛い目にあいましたので、できればあいたくないです」

 解説を務めるのは羽生善治九段。

羽生「『あいたくない』は、どちらの『あいたくない』なのかはわからないですが、まあでも、面白いですね(笑)」

 もう痛い目に遭いたくないのか。それとも、もう会いたくないのか。

 羽生九段もまた藤井二冠には公式戦4連敗と痛い目に遭わされました。そしてそこから王将戦リーグで1勝を返しています。

藤井「木村九段は攻守ともに力強い指し回しを得意にされている印象です。決断よく指して熱戦になるようにがんばりたいと思います」

 藤井二冠はNHK杯本戦トーナメント、4回目の出場。出るだけでも難しい本戦にデビュー以来4回連続出場というのはもちろん、なかなかできることではありません。

 一方で羽生九段は出場3回目、18歳の時に優勝。

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 羽生九段は18歳で初優勝を飾って以来、現在までに11回優勝という、文字通りケタ違いの実績を残しています。

 本局、羽生九段の解説は的確にしてアマチュアにもわかりやすく、また終始楽しそうに盤上の推移を見守っていたのが印象的でした。

 振り駒の結果、先手は木村九段。戦型は両者ともに得意とする角換わりとなりました。

 王位戦七番勝負では、木村先手の2局はいずれも相掛かり。木村先手の角換わりはありませんでした。

 組み上がってみれば、どこかで見たことがあるような腰掛銀。しかしそこに至るまでには両者細心の工夫がほどこされています。(なぜそれがわかるかというと、羽生九段の解説があるからです)

 木村九段が腰掛銀を五段目に上がってぶつけたのに対して、藤井二冠はさっと三段目に銀を引きます。戦端は開かれません。いつしか木村九段の銀も五段目から三段目にまで引き戻されました。

 角換わり腰掛銀は一気に激しい順に飛び込むことも多い。しかし本局では互いにできるだけ最善形を崩さずに手を渡し合う、ハイレベルな手待ち合戦になりました。互いに手出しができず、千日手になる変化も何度も出てきます。一般的には、もし千日手となれば、後手番の側が成功です。

 67手目。木村九段は戦機をとらえて歩を突っかけ、ようやく本格的な戦いが始まりました。先手の木村九段は4筋、3筋、5筋と歩を突いていきます。対して藤井二冠も6筋、8筋の歩を突いて反撃。盤面全体が戦場となりました。

 序中盤で惜しみなく時間をスタイルの藤井二冠。早指しの本局でも、消費時間は先行していきます。

 玉頭に突き出された相手の歩を、木村九段は銀で取るのか、それとも歩で取るのか。どちらが正しいのかはケースバイケース。常に悩ましいところです。

 本譜、木村九段は歩で応じました。

羽生「歩は強い手だなあ」

 対して藤井二冠は継ぎ歩ではなく、直接玉頭に王手で歩を打ちます。

羽生「ああー。そうなんですねえ・・・。このあたりはやっぱり、なるほど、っていうところですよね」

 両者の棋風が出た応酬が続きます。

 木村九段は王手で打たれた歩を、玉と金、どちらで取るのか。同玉ならば、飛車ににらまれている玉を前線の三段目にまで上げることになり、いかにも危なそうに見えます。

羽生「同玉はやりづらいですかね。まあ同金ですよね」

 そう解説されているところに、木村九段の手が伸びて、同玉が指されました。

羽生「ええ!? そうなんですか!? ええ・・・。これでもやっぱり木村さんらしい手ですね(笑)。へえー、そうなんですか・・・(笑)」

 木村九段らしい力強い受けが見られたという感じで、楽しそうな羽生九段でした。

 11月24日におこなわれたA級順位戦では、羽生九段の常識を超越したような手を前にして、解説の木村九段がやはり楽しそうに笑っていました。

 将棋NHK杯はこれまで、スタジオに畳が敷かれ、その上に盤を置き、対局者は畳の上に座って指すスタイルでした。しかしコロナ禍の現在。盤は机の上に置かれ、対局者は椅子に座ります。そして対局者の前にアクリル板が置かれています。前のめりになって、そこに頭をぶつける対局者もいました。

 中盤戦たけなわ。藤井二冠、木村九段はともにマスクをして、腕を組んで机の上にのせ、盤上を見つめていました。

 木村九段は強気の受けのあと、強気に攻めていきます。藤井二冠もひるまず応じ、形勢はほぼ互角のまま、いよいよ終盤戦に入りました。

 木村九段は玉頭に手厚く馬(成角)を作ります。

羽生「けっこう、木村さんの好きそうな感じの展開にはなってきてるかもしれない(笑)。最終盤で中段玉で、ややこしい形になりそうですよね」

 羽生九段がそう楽しそうに語った通り、木村九段が最も得意とする展開になってきたようです。このあたりから形勢は次第に木村九段よしへと進んでいきました。

 一手を争う最終盤。木村九段はあたりになっている飛車を逃げず、寄せ合いに踏み込みます。

「ええー、そうなんですか」

 羽生九段も驚いた見切り方。しかしその判断は正確でした。藤井二冠は飛車を取っても、木村玉はまだ詰みません。

「いかに藤井さんが詰将棋の名手でも、これはさすがに詰まないと思うんです(笑)」

 ここも羽生九段の解説通り。ただし木村九段がその一手の余裕をいかして、藤井玉をどう寄せるかといえば、そう簡単ではありません。

 もし現在のネット中継のように、画面の上にソフトの評価値、勝率が示されていれば、ここでは理論上、木村九段勝勢ということが観戦者にはすぐわかります。

 しかしNHK杯はそうした演出なしの伝統的なスタイル。視聴者が頼りとするのは、棋士の解説のみです。

 藤井二冠は最後の考慮時間を使って、あとは1手30秒未満で指すことになりました。対して木村九段は3分を残しています。

 藤井二冠が最優先で考えなければならないのは、自玉が詰むかどうかです。

「1、2、3、4、5、6、7」

「10」まで読まれると負けとなる秒読みの中。詰将棋を解くスピードは世界一の藤井二冠は「7」まで読まれて、歩を打ちました。馬筋を遮断する受けの手。もし受けなければ、藤井玉は長手順ながら詰みがありました。

羽生「局面的には先手がちょっといいはずです」

 混沌とした局面を見ながら、解説の羽生九段はそう正確に断じました。

 木村九段は藤井玉の上部に銀を打ちつけてしばり、ほぼ受けなしの形としました。対して木村玉は詰まない。ならば木村九段がすっきり勝ちかといえば、そう簡単に終わらせてくれないのが藤井二冠の終盤力です。

 藤井二冠は木村玉への王手で銀を捨てます。羽生九段もいち早く指摘していた一手ではありますが、まさに渾身の勝負手。返す刀で王手銀取りと、攻防の飛車を放つ手が見えています。藤井二冠を相手に勝ち切るのは、なんと大変なことかと思わせられた場面でした。

 木村九段もここで時間を使い切って、以下は両者ともに30秒未満で指すことになりました。両者ともに右ひじを机の上につき、マスクに手を当てています。

羽生「きわどいけど、先手がいいはずです」

 羽生九段はそうきっぱりと断じました。

 118手目。藤井七段は△3七飛と打ちました。8七にいる木村玉へと王手をかけるとともに、自玉をしばる3五銀を抜こうとしています。木村九段の主力は6五馬がいます。この筋をいかしてどう対応するか。

羽生「4七の地点に、歩を打つか、銀を打つか。銀かなあ。▲4七銀ですかね」

 羽生九段が示していたのは、▲4七歩合か▲4七銀合。どちらも常識的で手堅そうな一手です。しかし。

「20秒、1、2、3」

 そう読まれたところで木村九段の右手が舞います。つかんだのは駒台の持ち駒ではなく、盤上最強の馬でした。そして▲4七馬! 木村九段はタダで取られるところに▲4七馬と引きました。

「ええーっ!? すごい手が出たな・・・」

 羽生九段の意表も突いた華麗な馬捨てが、本局最後の決め手となりました。タダながら飛車で取らせることによって、藤井玉への包囲網は解かれません。

 手番が回った木村九段。セオリー通り藤井玉を下段に落として、着実に寄せていきます。

 追い詰められていく藤井二冠。中空を見上げ、そして目を閉じて、がくっと首を傾けます。

 せわしない秒読みの中、両対局者は口元からマスクをはずして、お茶を口にしました。藤井二冠はハンドタオルで顔をぬぐいます。

「20秒、1」

 133手目。木村九段はひときわ高い駒音で、一段目に金を打ちつけました。王手。これで藤井玉は詰んでいます。

 藤井二冠ならば1秒もかからず、自玉が詰んでいるのはわかるところでしょう。一呼吸をおいて同玉と応じ、目を伏せました。

 135手目。ピシリという駒音とともに、木村九段は再び金を打ちました。藤井二冠は目を閉じて眉を寄せ、悔しそうな表情を見せました。

「20秒、1、2、3、4」

 そこまで読まれたところで、藤井二冠は深く頭を下げました。木村九段も一礼を返し、大熱戦に終止符が打たれました。

 百折不撓の木村九段。藤井二冠に対して、初めて勝利をあげました。

「木村さんが相手にうまく攻めさせて、そのあと、うまくカウンターを決めたという感じで。会心の一局だったんではないでしょうか。受けの力強さと、決めに行くところの踏み込みの強さが非常に目立った一局だったと思います」

 羽生九段はそう木村九段を称えました。

 さてそのあとは両対局者と羽生九段をまじえての感想戦・・・というところですが、時間いっぱいの熱戦だったため、残念ながらその模様は放映されませんでした。

 3回戦に勝ち進んだ木村九段は、永瀬拓矢王座と対戦します。

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 本局が収録されたあとの11月20日。藤井二冠と木村九段は王将戦リーグでも戦っています。結果は藤井二冠の勝ちでした。

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将棋ライター

フリーの将棋ライター、中継記者。1973年生まれ。東大将棋部出身で、在学中より将棋書籍の編集に従事。東大法学部卒業後、名人戦棋譜速報の立ち上げに尽力。「青葉」の名で中継記者を務め、日本将棋連盟、日本女子プロ将棋協会(LPSA)などのネット中継に携わる。著書に『ルポ 電王戦』(NHK出版新書)、『ドキュメント コンピュータ将棋』(角川新書)、『棋士とAIはどう戦ってきたか』(洋泉社新書)、『天才 藤井聡太』(文藝春秋)、『藤井聡太 天才はいかに生まれたか』(NHK出版新書)、『藤井聡太はAIに勝てるか?』(光文社新書)、『棋承転結』(朝日新聞出版)、『など。

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